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2019年10月20日 東京スタジアム

 夢だと、分かる。


 楽しいこととか、嬉しいこととか、そういうのが起きた日の夜に、必ず見る夢だ。


 でも、夢の世界に居る自分は、それが夢だと思わない。


 現実だと錯覚する。

 

 目の前のテレビには、ラグビーの試合が映し出されている。画面を見ただけで分かる。2019年10月20日、東京スタジアムで行われた試合だ。

 今自分がいる場所は、自分の家じゃない。

 ”先輩”の家だ。ソファーで隣に座って、お菓子を食べながら一緒の画面を見ている。

 中学の頃、こうしてラグビーの試合を見ながら先輩から色々教えてもらっていた。

 懐かしい。

 あの時は確かに、確かに、楽しかった。

 先輩とラグビーをするのが、楽しかった。


「おい、倫太郎。61分のこのシーンよぉく覚えておけよ」


 2019年ラグビーワールドカップ。

 日本が予選グループを当時世界ランク1位のアイルランドら世界クラスの相手に全勝し、日本中が夢の世界一に……と注目した決勝トーナメントの試合。相手は優勝候補のラグビー強豪国、南アフリカ。

 2015年に日本が劇的な勝利をおさめた相手に、2つ目の勝ち星を誰もが期待していた。


「日本の5番のタックル。お前背が高いから、低い相手にそのままタックするとああやってハイタックルのファウルもらうからな。このプレーで、日本はだいぶ苦しくなった」

 

 試合は、南アフリカがペナルティーキックを決めて3-14と日本を引き離したところだった。


 画面越しから見ても、日本の選手の焦り、緊張が伝わってくる。

 日本を応援する会場の観客も、前半の拮抗した試合で興奮していた面持ちからだんだんと現実に引き戻されていく。南アフリカが強豪国たる所以の強さを目の当たりにし、言葉を失う。

 

「で、こっからくるぞ……!」


 先輩は画面に釘付けになる。何度となくリプレイしたシーンだが、先輩は見飽きたりないとばかりに夢中になる。

 先輩の目線は、日本の選手ではなく、南アフリカのスクラムハーフの選手に目を奪われていた。


 172センチの小柄な選手。


 金髪をなびかせながら、その選手は味方のパスをもらい猛然とゴールへと向かって走り、襲い掛かる日本の選手を片手で封じトライを決めた。


「かっけえええっ……何度見てもほれぼれするっ……!」



 先輩は興奮しながら体を揺らしている。日本が敗れたその試合でMVPを獲得することになるその金髪の選手は、先輩のあこがれだった。


 小さな体でも、日本の屈強な選手に猛然と立ち向かい、日本の攻撃のチャンスを次々とつぶしていく。

 スクラムハーフはパスを回すのが仕事だが、隙あらば自分から仕掛ける強かな攻撃性を併せ持つ。

 無尽蔵のスタミナで走り回り低いタックルで日本の攻撃の手を次々とつぶしていき、日本のファンたちを絶望させていく。

 自分よりもはるかに大きな相手であっても、決してひるまずにアタックするその精神性はその選手の最たる強みだ。

 他の試合で、ヒートアップした199センチ121kgの相手選手に胸倉をつかまれても決してひるまずに爽やかな笑顔を見せていたシーンは、その選手の恐れ知らずさをよく表していた。


「世界一を取るには、あのスクラムハーフよりも強くならねえとな……」


 南アフリカはこの大会の優勝国となった。日本が世界一位となるためは、日本の夢を打ち砕いた南アフリカを倒すためには、あの選手を越えなければならないと、先輩は思っている。


 中学三年生の先輩の身長は158センチで、同年代の中学男子と比べると背は低い部類に入る。フィールド中を走り回り相手に果敢にタックルする姿は、まさに先輩が尊敬する金髪の選手と重なって見えた。

 小学校の頃バスケをしていて、その瞬発力やパス精度の高さはチームのスクラムハーフとして、また精神的支柱として頼りになる存在だった。

 そんな先輩が、自分に語り掛ける。


「やっぱり思うぜ。ラグビーには身長なんて関係ないんだって。俺、あの選手を超えてやるんだ!」


 俺は、心の底から言う。

 

「先輩だったら……なれますよ! 絶対に!」


 そうだ、先輩なら花園だって、大学選手権だって……日本代表だって、なれる。

 そして、夢だったラグビーワールドカップで、スクラムハーフの9番を背負って夢の決勝の舞台で――

 

「俺の選手生命を奪ったお前がそれを言うのか?」


 七馬先輩が俺を見る。七馬先輩の表情は、暗い闇に埋もれている。

 見えない。

 違う。

 俺が、直視できないからだ。


 七馬先輩の夢を、壊してしまった罪悪感で、俺は、俺は――

 




 

 

 倫太郎はベッドから起き上がる。

 動悸が激しい。

 目が回る。

 冷や汗が流れる。


「おぷっ……」


 悪夢を見たとき、決まって吐き気が来る。

 楽しかった思い出までを吐き出す様に。

 倫太郎は急いでティッシュ箱をつかんで外装の口をびりびりに破り、吐しゃする。

 何度かの嗚咽を経て、ようやく落ち着いてきた。吐しゃ物まみれになったティッシュ箱をビニール袋に詰め、乱暴に床に置く。


 苦しい。

 苦しい。


(これは、俺の、罪だ)


 初めてかなたと出会った時も。ailes d’angeのキャストたちに褒められた時も。

 雫と、雷華と友達になった時も。

 ライブを楽しんで、4人で、かなたと2人きりで、プリクラを撮った時も。


 幸せな思い出が増えるごとに、この夢を見ては思い知る。

 

 自分が、先輩の夢を奪い去ってしまったことを。


(俺は、人を傷つけるような人間なんだ)


 倫太郎は自分の太い腕を、忌々しく握る。


(人を傷つけてしまう、こんな、体で……スポーツなんて、するべきじゃないんだ)

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