第43話 天国と地獄と
「お前なんで勝手にどっか行くんだよ俺を一人にさせんじゃねえ殺すぞ」
「いででででで」
合流した雷華におなかを摘ままれていると、急に会場の明かりが消えた。
ステージだけが光っていた。
そこに、ジングルが流れる。
観客席がやおら歓声を上げる。小さなライブハウスが、観客たちの地鳴りの声でジンジンと振動する。
「う、わ」
その振動が、倫太郎の体を振るわせる。高揚感、期待感、それがドキドキとした心臓の高鳴りに還元される。
強制的に興奮させられている。そうさせるように演出されていて、そうさせるようにライブハウスの構造になっている。
それが、心地いい。
無理やりなまでに意識を高められるのが、気持ちいい。
体も心も全部もっていかれるんじゃないかという、昂り。
カラフルなムービングライトがステージを駆けまわり、期待を煽って煽って、そしてもどかしさを覚えそうになるその瞬間――
「みんなー!」「おっまたせー!!」「やっほー!!!!」
ailes d’angeのキャストたちが、各々の一番大好きなコスプレ姿で、ステージ袖からやってきた。
わぁぁぁぁぁぁぁ!!!! と大きな歓声が上がる。キャスト全員がステージ上に勢ぞろいしたところでその高まったテンション、ボルテージそのままにいきなり曲が流れる。
「「「せーのっ!!! 聴いてください、ハレルヤで、『あなたに出会えたこの喜びを』!!!」」」
そこからの記憶が、倫太郎は覚えていない。
顔なじみのキャストたちが、それぞれのパートごとに歌う。
そのたびに歓声が上がり、気が付けば倫太郎も声を上げていた。
周りの熱に圧され、キャストの名前を叫ぶ。
冷静に考えれば恥ずかしいことなのかもしれない。
でも、その恥ずかしさは、このライブハウスの中では無粋だった。
「「あなたに伝えたいこと たくさんあるんだよ 知ってる?」」
かなたとはるにゃんがデュエットするパートになった。
かなたが居ること。ステージで歌っていること。ああ、よかった。楽しそうに歌ってる。
はるにゃんも一緒にいる。本当にこの二人は仲が良いんだな。お互い背中合わせで、目だけを合わして、歌っている。
大きなはるにゃんと小さなかなたのギャップも良くて、おちゃめに笑うかなたとそれを優しい目で見つめるはるにゃんという関係性が尊い。
とか。
そんな言語化をする余裕なんて倫太郎にはなかった。
「やっ……やばいやばいやばいやばい!!! か、かわいいいいいい!!!!!!!!! かわいいですよこころんさーーーーーーん!!!!!」
目いっぱい、目いっぱい叫んでも周りの観客の声にかき消される。だから安心して、思いの丈をかなたに向かって叫び続ける。
「かわいいー!!! はるにゃんさんも素敵でーーーす!!! 最高ーーーー!!!!!!」
隣で雄たけびをあげる倫太郎を見ながら雷華は、
(こいつが横にいると冷静になるな)
姉を目線で追いながらちょっとだけ出そうになった声を、なんとか抑えることに成功していた。
◇◇◇
全体曲が終わると、次はソロ曲の流れになった。
固定のファンなのだろうか、大きな歓声を上げたり喜びを爆発させている。
推しが歌って踊っている姿を見られることに無上の喜びをかみしめていて、ライブハウスは最初の勢いそのままに熱を保ち続ける。
「ほ、ほら! 常鞘君! はるにゃんさんだよ!」
「……わかっとるわ」
はるにゃんのソロ曲になり、慈しみにあふれた優しい曲を懸命に歌う。
極力歌の邪魔にならないように声を抑えているものの、間奏時に雫からの『ありがとうー!!! 愛してるぅーーー!!!!!』という声が上がる。
「わぁぁっ……はるにゃんさんの声って本当に心がふわふわとして、穏やかな気持ちになるよね……! 常鞘君は、どう思うっ……!?」
雷華は腕を組みながら、姉の歌う姿を見ている。
まさかここが歌の上手い下手の評価を下すような場所ではないことは雷華は分かっていた。
それに、ライブに行く前に親からも『あの娘の歌がどんなだったのか家に帰ったら聞かせてくれ!』『お姉ちゃんの歌声、しっかりと覚えるのよ!』と言われ、そこで『音程が全然あってなかった』というような冷徹な答えを求めているわけではないだろうから、雷華は姉の歌声を聞いて自分の心に込み上げてくる感情が何かを、つとめて冷静に感じようとしていた。
たどり着いた答えは――
「姉が……周りから、愛されてるなとは、思った」
倫太郎に聞こえないような小さな声で、耳を紅くしながら雷華はつぶやくのだった。それに倫太郎は「うんうんうんうん!!!」と雷華が「うぜえ」と言われるまでずっと頷き続けていた。
「……で、次か」
はるにゃんのソロ曲が終わった。その次が、とうとう――
「うん。鈴木さんの、出番」
「……お前が緊張してどうすんだ」
「えっ……え?」
「手が震えてる。別にお前がステージに上がるわけでもねえだろ」
「……その、この震えって……緊張、じゃ、無いと思う」
「……?」
アナウンスが入る。次はかなたの出番だが、機材の調整で数分程度間があくとのことだ。
その間に、倫太郎は思いを吐露する。
「……すごいなって、思うんだ。こんなに大勢の人の前に立って、歌を歌うなんて」
手の震えは、感激だった。
「常鞘君も、文化祭で独唱するのだって、そうだし……飴川さんも、学級委員長としてクラスメートの前に立って話すことだって……俺には、絶対に出来ない。怖い、から。情けないけど……」
陰キャで、引っ込み思案で、人前に立つことができない。
だからこそ、それができる皆のことが、すごいと思う。
「だから、心の底から、声を出して……鈴木さんを、応援したいなって、思うんだ……!」
「……そうか」
その倫太郎の実直な思いに、雷華は思う。
(……こんだけ想うような人間に応援されるっていうのは、まぁ……表現者冥利につきるわな)
「あっ! そろそろだって!」
次の曲が始まる、とアナウンスされ、倫太郎は嬉しそうに声を上げる。
◇◇◇
「さぁ、こころんちゃん! 行っちゃってー!」
先ほど歌を追えてさわやかな汗を流しているはるにゃんに背中をたたかれ、かなたは「しゅっ」と息を吐く。
「ちょっくらっ……勝鬨っちゅうもんを……ぶち上げにいきますわぁ!」
こころんはずっとずっと、緊張していた。最初の全員で歌う曲だって足がふわふわとしていた記憶しかない。ちゃんと歌えていたかどうか覚えていない。
みんなで歌うとあって、ちょっとしたミスもごまかせられたのかもしれない。
でも、次のソロ曲に限っては、そうじゃない。
成功も失敗も、大成功も大失敗も、全部自分だ。
歌ってやるんだ。
私の、最高の、歌を!
「いっきまーす!!」
「「「いってらっしゃい!!」」」
他のキャストたちからの声援を背中に受け、かなたはステージへ向かおうとして――
「うおあぁっと」
足にケーブルがひっかかってしまった。とはいってもコケるなんてことはなくて、ステージ袖から上がるところからは観客からこけそうになったところは見えない。
あぶなかったぁ……! とキャストたちが胸をなでおろし、かなたは(いや、私ドジっ子すぎんか?)と心の中で苦笑いする。
そのちょっとしたトラブルのおかげだろうか、心にちょっと余裕が生まれた。
こんな小さなトラブルでも関係ない。
私が歌うのは、私が歌いたい、曲だ!
「みんなー! おっまたせしましたー!!!」
わぁぁぁぁ! と歓声が上がる。
常連の客がこっちを見てくれているのが分かる。あ、あの人来てくれてるんだな、とか、絶対来るねって言ってくれた人も来てくれているのを見て、心からホッとする気持ちになる。
(お、雫と……ママおるやんけ! うわひっさしぶり! 相変わらずお綺麗で……。そして釘矢と常鞘もおるなー、後ろにいる。あはは、背え高いもんなー)
「次から私が歌うのはねぇ……あれ、なんかお客さんたち、めっちゃ私の服見てる? えーもうやだー。これ? そうそう、私が結婚を前提として付き合っている神楽桜やんやの衣装でしてー」
即興のMCすらやる余裕すら出ていた。
それもこれも、きっと――自信を持っているからだ。
あれだけ練習したんだ。
練習通りに歌えば、最高の歌が、歌えるはず! と。
この時のかなたは、何となく、思っていた。
多分このライブ、成功するだろうな、と。
その裏で。
観客も、舞台裏で見守るキャストたちも、音響の担当者も、気が付かなかった。
さっき転びかけたケーブルがつながってるプラグが、ぬけかかっていることを。
「この衣装、とってもかわいいですよね! 明るい学生みたいなセーラー服と清楚と格式ある巫女の服が組み合わさった服で、これ動きやすいんですよー!」
ステージの上でテンション上がったこころんはくるりと回ってみせる。初お披露目のコスプレ衣装とあって観客たちは驚きの歓声で溢れる。
「えっ、まって、や、ヤバい……本当にやんやみたいだ……ウィッグも付けてる、あ、たしか先輩のキャストの人に借りるって聞いてた、けど……ここまで完成度が高いなんて……! や、ヤバいよ常鞘君! 完成度ヤバい!」
「はよ歌えよあいつ」
「歓声もすごいよね……こ、こんなにたくさんの人が、こころんさんのことを応援してくれているんだなぁ……」
「スルーするな」
こころんはひとしきりやんやの可愛さを言い尽くした(時折『結婚式いつー?』『神前式? 人前式?』とノリのいい観客の掛け声もありつつ)後、ステージ袖にいる音響の担当者に合図を送る。
担当者は頷き、プロンプターにカウントダウンの数字が映る。5、4,3,2,1……。
「それじゃあ行きますよー! 『気まぐれロマンティカ』!」
イントロが流れ、おお! と観客の歓声がさらに大きくなる。
こころんはマイクを握り直し、息を吸って、そして、歌う。
もちろん、緊張していた。
心臓が、張り裂けそうになる。
周りの目線が自分だけに集中している、その一挙一足を、見られているのを理解している。
コスプレ喫茶で働いている時の接客とはまるで違う、リアルの、今という時間、絶対に後に戻ることができない、恐ろしささえ覚える。
テンションを無理矢理にでも上げて、いざステージに立って、観客たちの声が耳に入る。
『本当に、アイドルみたい!』
アイドルか。
これが、アイドルなのか。
私が、アイドルになれているということなのだろうか。
小さいステージだけど。ほとんど知り合いしかいないようなライブだけど。
それでも私は、少しでも、アイドルに――”あの子に、近づけたのかな”。
(だったら……うれしいな)
かなたは、心の中で優しく、微笑んだ。
「Star Gaze……貴方と初めて出会った時から 運命はきっと回りだしたんだね」
アップテンポの歌いだしを、こころんは難なくこなす。
とん、とん、とん。
リズムは音源に合っている。
「たくさんの星たちが 輝いている まるでこの奇跡を 祝福しているみたい」
頭に浮かぶのは、大好きな神楽桜やんやのこと。
小さくて、無垢で、甘えん坊で、そして誰よりもみんなの幸福を願っている。
唇に付いたケチャップをぬぐってあげたい。抱きかかえてその子ども体温を全身で感じたい。
きれいな髪の毛を優しくなでながらよしよししてあげたい。
大切にしたい。
本気で、願っている。
やんやと結婚したい。
幸せになりたい。
夢中になって歌う。頭に思い浮かぶ幸福のイメージがそのまま口に直結されているような感覚になる。
練習よりも、もしかしたらうまくできているのかもしれない。
楽しい。楽しい。楽しい。
(やば、楽しすぎてウケる! うおおおおー!!)
ウィッグから伝う汗が、ライトの光でキラキラと散る。
「こころんさんっ……! すっごい、すごい……! 歌、ものすごくうまくなってる!」
倫太郎が感激したような声を漏らす。
「……まぁ、下手、ではないわな」
ぶっきらぼうに雷華は言う。
(……本番で練習でやってきたこと全部がだめになることなんてよくあることだけど……よくもまぁ、歌えているもんだ。最初テンションが高くてどうなるかと思ったが……それが全部プラス方向に働きやがった)
最後の流しの練習でも、ここまで完璧にはいかなかった。それが本番で花開く。
本番は、良い方にも悪い方にも味方する。それを雷華は何度もコンクールで経験してきた。
もしも、その悪い方向に流れてしまって、自分が歌いたいように歌えなくて、それがトラウマにでもなってしまったら。
たとえ短い期間の付き合いだけの関係だとしても、ちょっと……どころではないくらいにやかましくてうるさくて面倒くさいやつだとしても。その苦しみを味わってほしくないと、表現者の一人として雷華は、ひそかに祈っていた。
「ふん。当たり引きやがって」
雷華は舌打ちをする。
(努々忘れるんじゃねえぞ、その幸運を)
一方の雫と母はというと……
「きゃぁあああああ!!! こころんちゃんかわいいー!!! こっちむいてー!!! さいこうー!!!」
「すっごい明るい子になったわねぇ……おばさん、感激しちゃう」
わいわいと雫は母親の肩を抱きながら幼馴染の歌声に大いにはしゃいでいる。
「えまってまって!? ものすごく歌上手じゃない!? ガチで練習してるって言ってたけど、本当に頑張ったんだぁ……!」
他の観客もまた、こころんの歌に予想以上の衝撃を受けているのか盛り上がりがさらに高まっていく。
「こころんちゃんってこんなに歌が上手だったんだ!」「すっごい楽しそうに歌ってる! 推しぃー!!」「歌うのが大好きなんだなぁ……」「笑顔だ……! 素敵な笑顔……!」
こころんは、あっという間に感じる。
熱中するがあまり、自分が2番サビを歌い終えることを意識するのに時間差があった。
(あ、これで……Cメロのあと、最後のサビで、終わる)
寂しく思うと同時に、全開で歌ったから喉が限界を迎えそうになっているのも感じていた。
(アイドルって、これを何曲も、それも踊って歌うんだよね……すごいなぁ、本当に……)
自分は歌を歌い切るだけでも魂を削る思いだ。
こんなちっぽけな人間が灯せる火なんて、やっぱりちっぽけだ。
だから、そんな小さな火でも、最後の最後まで――燃やし尽くしてやる!
「私がどんなにワガママをいっても離さないでね 絶対だよ 恋しい人」
ここからの歌詞だ。ずっと、練習してきた――この歌で、一番思いを込めた歌詞。
ラスサビに繋がるフレーズで、この曲が、自分とやんやが繋がるのだと思うに至った、このライブで一番魂を込めるところ。
(このために練習してきたんだ! ここで……全部、出し尽くすっ!)
観客たちのボルテージも最高潮になる。
こっからだ。
こっからだ。
こっからが、本当の、表現したい、最高の、最高の――
ブツン。
音響が、消えた。
無音。
「え?」
こころんは、思わず、声に出してしまった。
その「え?」という声だけが、その声だけが、ライブ会場に響く。
一番後ろの席でこころんの歌声に耳を澄ましていた店長は、事の事態を察知しすぐさまバックベースに向かう。
無音になったステージに、こころんは佇む。
観客の誰もが、思った。
音響のトラブルだと。
原因は分からない。ただ、盛り上がっていたライブの雰囲気が、一変してしまったのは事実。変えられない、現実。
冷たい空気が、流れてしまっている。
観客たちは、戸惑っている。
もしかしたら――これもまた一つの演出なんじゃないか、とか。
こころんが何かを言うまで、待っておいた方がいいんじゃないか、とか。
誰も口を開かなくなってしまったライブ会場で、その次の言葉が、出てこない。
一度火が消えてしまった空気は、張り付いたように鎮まってしまっている。
「っ……」
そんなステージに、こころんは一人、残されていた。
焦りの表情で舞台袖を見る。音響の担当者が見るからに焦っているのが見える。
一旦、ここで打ち切るか? やり直すか?
でも、すぐに直るのかもしれない。
本当にそうか?
捌けてしまってもいいのか? わからない、どうすればいいのかわからない。
この、冷えた空気の中で自分が何をすればいいのか分からない。
分からなくなってしまった、急に。
どうして、どうして、あんなに自分、楽しく歌ってたじゃないか。
それがこんなトラブルで、トラブルで……震えてしまっている。
目線が、痛い。
悲しいトラブルに苛まれて大変そうだと、憂いている顔。
不安な顔。
悲しい顔。
おかしいだろ。
ここからが一番の盛り上がりどころじゃなかったのか。
私は、何をしている。
なんで、なにも言わないで、突っ立っているんだ。
……ああ、そうか。
(私……震えてる、の、か……)
本気で震えると、声も出なくなるんだと、こころんは――かなたは、思う。
その思いすら、口に出せない。
自分が、こんな空気を切り裂くように声を出せたら。
みんな、大丈夫だよって、言えたら。
素知らぬ顔で、笑顔で、なあ。
笑ってみせろよ、なぁ!
アイドルにあこがれてたんだろう!? じゃあやれよ! 意気地なし!
(でき、ないぃっ……)
怖くて怖くて仕方がない。
震えた体で、声がまともに出る気がしない。
早く、この場から消え去りたい。
嫌だ、こんな、どうして、私が、こんな、目に、なんで、私が、私が、私が――
……悪い子だから?
「こーこーろんっ! こーこーろんっ!」
「っ!?」
重苦しい静寂に包まれていた会場の――奥から、声が飛んできた。
一人の、男子の……声だった。
「こーこーろんっ! こーこーろんっ! こーこーろんっ!」
声の先を見て、こころんは、その声の主がすぐにわかった。
(……釘矢君!?)
「こーこーろんっ! こーこーろんっ! こーこーろんっ!」
倫太郎は声を張り上げる。
冷え切った気まずい空気を、切り裂くように。
こころんを、助けるために。
誰よりも頑張って、努力して、この舞台にいるこころんの努力が、報われてほしいから。
だから、怖くても。
沈黙の中なから一人声を上げることに恐怖を覚えても。
不格好な声でもいい。
情けない声に聞こえてもいい。
「こーこーろんっ! こーこーろんっ! こーこーろんっ!」
すべては、こころんのために。
大切な、友達のために。
倫太郎は、恥ずかしさで目をつぶりながら、叫ぶ。
「こーこーろん、こーこーろん、こーこーろん」
突然コールをした雷華に一瞬驚いたが、その意図を組んだ雷華はコールに加わる。
「っ……! こーこーろん! こーこーろん! こーこーろん!」
不安で、焦燥で、怯んでしまっていた雫も、倫太郎と雷華の声が聞こえ、勇気を振り絞ってコールに加わる。
「こーこーろん!」
雫の母もこころんを元気付けようと精一杯声を上げる。
「そっ……そ、こーこーろん!」
「こーこーろん!」「こーこーろん!」
居心地の悪い鎮まりに堪えかねていたのは、観客も同じだった。誰かが声を上げ、それに同調するように加わる。
そのコールが、やがて全観客へと伝搬する。
「こーこーろん!」「こーこーろん!」「こーこーろん!」「こーこーろん!」
トラブルに苛まれる人を助けたい、なんてことは誰もが思うことだ。ましてやそれが、コスプレ喫茶のキャストのライブであるならなおさら。
誰もが、きっかけが欲しかった。
自分一人が声を出して、誰もノッてこなかったらと、二の足を踏んでいた。
倫太郎の勇気ある声が、
「こーこーろん!」「こーこーろん!」「こーこーろん!」「こーこーろん!」「こーこーろん!」「こーこーろん!」
ライブハウスを揺るがす大コールを産み出した。
「っ……!」
怒涛の、自分を呼ぶ声が、こころんの心臓を、震わせる。
終わったと思っていた。
何もかもが、台無しになったと思っていた。
それが、復活する。
「しゃー!!!! もっと、もっと、もっとー!!」
こころんは観客を煽る。ジャンプして、腕を振って、観客を一人残らず声を張り裂けさせる。
「腹から声出してぇ!」
ちょうだい、ちょうだい。
もっとちょうだい。
私を、燃え上がらせて。
「もっともっと! もっともっとぉ!」
「こーこーろん!!」「こーこーろん!!」「こーこーろん!!」「こーこーろん!!」「こーこーろん!!」「こーこーろん!!」
気持ちい。
やばい、やばい、やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
やばすぎて、自分が、ぶっ壊れてしまいそう。
「こころんっ!」
舞台袖から、店長の声が聞こえてきた。とっさに視界をそこに映す。
どうやら何度も何度も声をかけてきたようで、音響の担当者が今にも泣きだしそうな顔でこっちを見ている。観客のコールで夢中になっていたから気が付かなかった。
店長はステージの前のプロンプターを指さす。そこには通常歌詞が映し出されているがこころんは覚えていたから見ていなかった。
そこには歌詞の代わりにこう表示されていた。
『こころんさんの合図で2番サビ後から再開します』
「よーっし! そぉれじゃあいっくぞー!!! 声出してけーーっ!!!」
こころんは音響の担当者に向かってサムズアップする。その意を汲んで音響が、再開する。
「私がどんなにワガママをいっても離さないでね 絶対だよ 恋しい人」
もう、テンションで、上手に歌えてないのは、自分の声を聴いて分かっていた。
それはもう、あきらめた。
こんなんトラブルで、素面で歌えるわけがない。
だったらもう、全部、出してしまおう。
「素直な気持ちが止まらない あふれてくるよ とまらない どうしよう」
自分でも笑ってしまう。こんな風に歌うつもりなんてなかった。
でも、今は、叫びたい。
ありがとうっていう、気持ちを。
観客の人たちに。
雫に。雫の母に。
雷華に。
そして――倫太郎に。
(あっはは、本当に、やばい)
私を助けてくれる。支えてくれる。勇気づけてくれる。
頭の中は、倫太郎への感謝の気持ちでいっぱいで、いっぱいで、それ以外浮かんでこない。
ラスサビを歌い切って、曲が、終わった。
こころんは、観客に向かって――叫んだ。
「ありがとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
観客たちは今日一番の歓声が上がった。
その観客の一人である倫太郎は剛柔していた。
「よかったっ……よ˝か˝っ˝た˝ぁ˝ぁ˝ぁ˝……!!!
こころんが無事に最後まで歌い切れたこと、それだけで倫太郎は感情があふれて仕方がなかった。
自分がこころんを助けた、だなんて思っていない。
一度切れた緊張をもう一度張り直し、歌い切ったのはこころんだ。
自分は、ただ、応援しただけ。
一人ステージに立つ友達の背中を、支えただけ。
「す、すごいよぉ、こころんさんっ……! よかった、よかった、よかったぁ……! すごい、すごい人、すごいっ……!」
号泣する倫太郎の隣で、雷華は、
「……ああ、すごいな」
首肯した。
「あいつも、おまえも」
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