第42話 ライブ!
ライブまでの間、かなたは歌の練習に精を出した。
「おい、さっき指摘したところ直ってねえぞ。最初からやりなおし」
「ふぅっ……はぁっ……お、おう!」
コスプレ喫茶で”いい体験をしてもらった”お礼とばかりに、雷華はカラオケでの練習指導により一層鬼になった。
少しでも気の抜けたところがあれば容赦のない鬼のように正確な指摘をし、かなたを精神的にプレッシャーをかける。
もちろん悪意なんてものはない。
俺の指導を受けてろくでもないへたくそな歌だけは歌うなと、雷華のプライドをもかけた指導をする。
その雷華の想いを理解しているからこそ、かなたはへこたれない。
「がんばって、鈴木さんっ……!」
そしていつも近くに倫太郎が応援してくれている。かなたが歌って雷華が指導する中で、倫太郎に何かを任されることはない。
延々と同じ歌、同じフレーズを歌っているのを何時間も聞いている。
それでも倫太郎は一緒に練習に付き合っていた。
かなたを、少しでも応援したいから。
自分がそばにいて何かが劇的に変わるでないにしても。
支えてあげたいと思ったから。
「おうよっ……」
そんな倫太郎の想いも、かなたは感じていた。
倫太郎のためにも、そして雷華のためにも――ライブは絶対に成功させないといけない。
自分が思う最高の歌を。
お客様に、先輩たちに、はるにゃんに、雫に、雷華に、そして、倫太郎に。
聞かせてやるんだ。
「よっし、いくぞぉ!」
かなたは本気で、練習に打ち込んだ。
自分が思う最高で最強の、歌声を。
◇◇
ライブ当日。
「つ、ついにライブだね、常鞘くん!」
「……そうだな」
倫太郎と雷華は日本大橋にあるライブ会場に来ていた。収容人数は50人ほどの規模で、入口に飾られている特製のウェルカムボードには【ailes d’ange 3th Anniversary Live 〜流星の行方〜】と記されている。
「ほら、開場してすぐにお客さんが入ってきてる! あの人もはるにゃんさんを観にきたのかな!」
「まあ、うん」
「楽しみだね、はるにゃんさんの、歌声! 常鞘君は聞いたことあるの?」
「いや、ない」
「それじゃあ今日が初めて歌を聞くことになるんだね! それがライブでだなんて……すごいね!」
「お前なんかテンション高くてキモい」
「あ、あはあ……お、俺、ライブなんて、は、初めてだから……緊張しちゃう」
「なんで観るお前が緊張すんだよ」
「なんと言うか……こう、ソワソワするんだよね……鈴木さんが無事に歌えるかなって……」
「ガキの運動会にはしゃぐ親かお前は」
そんなことを話しながら2人はチケットもぎりのスタッフにチケットを渡し、半券とドリンク交換用コインを貰って階段を降りる。半地下のライブハウスの入り口を開くと、独特の空気の匂いが倫太郎の鼻をくすぐった。スタンディングの客席は暗く、ステージを照らす光だけが煌々と輝いている。
「こ、ここが……ライブ会場……!」
倫太郎は壁に貼られている数多のフライヤーを目で追いながらドリンクコーナーへと行く。
「おい、ここタバコ臭いか?」
後ろから妙に倫太郎の影に潜むように歩いていた雷華が聞く。
「え? うーん……いや、タバコ臭くない、かも。ほらだってあそこのポスターに書いてある! 禁煙だって」
「よかった息ができる」
すうぅっ――っと雷華は息を吸った。
「え、中に入ってからずっと息止めてたの!?」
「当たり前だろ俺がタバコの煙で喉イカれてたらどうすんだ」
「……仮に喫煙だったらどうしてたの?」
「ライブ終わるまでタオルを口に当て続ける」
「そんな避難訓練みたいな……」
倫太郎はドリンクを受け取り(例によって雷華は「よくわからんところのドリンクは信用ならん」と倫太郎のポケットに無理やりドリンクのコインを捩じ込んだ)、ふとステージを見やった。
(ステージって、意外と、距離が近いんだな……ここで、はるにゃんさんと、鈴木さんが……)
「あっ! 釘矢君!」
後ろから女子の声が聞こえる。倫太郎は、
「飴川さん!」
と声の主である雫の方へ振り向いた。
「は、早いですね、飴川さん。いつからきてました?」
「開場してすぐ! 本当はもう少しカフェでのんびりする予定だったんだけど、でも居ても立っても居られなくてカフェ飛び出しちゃった!」
「わ、わかります……なんか、ウズウズするって言うか……あ、あの、隣の方は……」
「はじめまして。雫の母です」
娘と同伴で来たのであろう雫の母は丁重に頭を下げるた。学校一の美少女と名高い娘を持つだけあって、母の顔立ちは四十路を迎えてもなお美しさを保っている。
「あっ。く、釘矢倫太郎です。あ、あの、む、娘さんとは本当によくしてくれていて、あの、いつも優しくてすごい人なんですよ、そして――」
「あっはっはっはっは! 娘に聞いた通りやわ! あんた、ほんまに腰低い子やんなぁ!」
「……え?」
クールそうな見た目だと思っていた雫の母が急に破顔して面白おかしそうに雫に笑いかける。
「でしょー? 一緒に遊びに行くときなんか、とっても頼りになるんだよ! 前コスプレしてailes d’angeに行くときなんか、駅まできてくれたんだよ!」
「あの地雷系の服着てたとき? あれ着て行ってきます言うから最初心臓飛び出しそうになったわよあれ! まあでもこの子みたいに逞しい子がおったら安心やわな!」
「でしょでしょー!」
「……あの、えっと、お、お母さんは、その、このコスプレ喫茶をご存知で……?」
「これが初めてでね! 娘が一緒に行こうよって駄々こねるから来てやったのよ。この子の推し? っていうはるにゃんと、あとそう! かなたちゃん! あの子が歌うって言うんだから来たのよ!」
かなたと雫は幼馴染だと言うことを今更ながら倫太郎は思い出す。親も顔馴染みということは家族間で深い関わりがあったということなのだろう、と倫太郎は思う。
「いやぁ、かなたちゃんが絵画教室辞めて以来だからもう5年以上会ってないから楽しみなのよ! こん子からチェキ? みたいなの見せてもらってめんこい綺麗になって嬉しかったんだけど、実際に会えるのは本当に久しぶりだから楽しみよぉ」
「それは……よかったです」
倫太郎はほっこりとする。
かなたを観たいと思ってくれる人がいることを、知ることがとても嬉しい。
かなたが愛されているということを実感できるから。
「ところで……あそこのテーブルに肘ついてるあのイケメンの子と貴方お友達なの?」
雫の母は3人から距離を取ってスマホをいじる雷華を見ながらこそっと倫太郎に尋ねる。
「あっ、は、はい! と、友達です!」
「あら元気いっぱい。あのさ、あのイケメンの子……うちの子の好みっぽくてねぇ、紹介してもら――」
「お か あ さ ん ?」
雫が聞いたことのない低い声を出した。
「あら! いっけなーい」
「そういうことはお外で言わないの! もうっー!」
「あっはっは、娘に怒られちゃった!」
「あの、く、釘矢君……い、今のお母さんの言ったこと全部全部忘れていいからね」
「あ、は、はい……」
「でもあんた、あのイケメンの子みたいな顔好きじゃない? ほら、あのアイドルと似てるって――」
「推しと好きは違うの! もうっ!」
わたわたといつになく焦っている雫は、困ったように雷華の方をちらりと見る。
雷華はいつの間にかイヤホンを付けて一人の世界に入っているようで、おそらく自分たちの会話は聞こえていないようでひとまず安心した。
「うう、うちの母親がごめんなさい……いっつもこうなんです、いい年して恋愛脳のまんまで……」
「は、はは……」
そう呆れた様な表情をする雫に、倫太郎はどこか感慨深いものを覚えていた。
「……親御さんと仲が良いのは、何よりです……ね」
「え、あ、う、うん……」
そう言う倫太郎の、どこか憂を秘めている表情に、雫は少し困惑した。
「あの、釘矢君って――」
「お! おーい! キミぃ! リンリンくぅん!!」
突としてライブ会場の隅っこから声が飛んだ。
女性の声だというのは分かったが、やけにこう……陽気だ。
「こっちこっちぃ! いや君にはほんっとうに助けてもらったよぉ! ちょっとこっち来て来てぇ!」
「え……て、店長、さん?」
呼ばれた倫太郎は、雫と母親と目を合わせ、ちょっと首をかしげながら店長のもとへと向かう。
店長は自分専用の椅子に腰かけ、テーブルには琥珀色のボトルがドンと置かれていた。
「あ、あの、お、お久しぶり、です……」
「いやほんっとうに! ちょっとこっち、ほら、椅子座って座って!」
促されるがままに倫太郎は机を挟んで向かい合うように椅子に座る。
確かに今目の前にいるのは、このailes d’angeを経営する店長の女性であり、あの迷惑客に対し毅然とした態度で立ち向かった強い女性の姿であったはずだと倫太郎は記憶していた。
だが……今の店長は、ウィスキーのボトルをコップに傾かせて上機嫌に呷る、傍から見れば飲んだくれのお姉さんとしか見えない。
「いや本当にさぁ! キミってウチの救世主なのよ! キミおらんかったらあの迷惑客にさぁ! 店めちゃくちゃにされて大事件になってニュースに取り上げられて店つぶれる可能性めっちゃあったからな! それに3年よ、3年! 飲食を1年超えられるってだけでもとんでもねえのにそれを3年をさぁ! あのカスみてえな奴に台無しにされるって考えただけでやり切れねえよ! でもねえ! 君のおかげなのだよ! 君のおかげで今日のライブがあるわけだ! こんなにお客さん入ってきてくれてねぇ! はーもうっ……あたしの恩人なのよキミはぁ!」
「は、ははは……」
「いやもう今日はキミに乾杯させてもらおう! かんぱーい!!」
勝手に乾杯して店長はグラスに入ったウィスキーをグッと飲む。
「……あ、やばい。酔った。よし、ボトルを下げまぁす↓、お水を飲みまぁす↑」
勝手に酔っぱらって勝手に酔いから覚めた店長はウィスキーをそそくさと仕舞って水のペットボトルを一気飲みする。
「ウチさぁ。このライブがさ、生きる糧なのよ。今日のライブは音響さんとディレクター雇ってライブの段取り全部お願いしてんの。キャストの子らの負担を極力減らして、大変な所は全部外部の人にお願いしてて、で、私はライブ当日だけどなーんもすることないままここにいるってわけ。これが何を意味するかわかる……?」
「え、えっと、あ、あの」
「そう! その通り! 私は後方理解者面しながらライブを楽しめるって寸法よ! キャストの子たちが歌って踊っている様をね……私が雇った最高に可愛い子たちの美声を聞きながら、一年間の苦労とか全部昇華されるわけよ。ほんっとう飲食なんてろくでもねえ商売だし嫌になること死ぬほどあるんだけどさぁ、この周年記念のライブを経るとさ、全部、ないなるわけだよ、苦しみとかなにもかもがサ……」
「な、なるほど……」
「ウチのこころん……同級生なんだってね。あの子、相当努力してたと思うよ。このライブだって、カラオケ音源だし身内ばっかりだから気を抜いたっていいのに、全力に取り組んでくれてね。今日だって……すっごい緊張してるんだ。いい歌を聞かせてあげたいって、思ってるんだろうね」
ふふっと、店長は微笑む。
母性を想起する、温い微笑み。
「本当、良い子だよ、あの子は。普段はお茶らけているけれど、実は几帳面でお店の汚れに誰よりも早く気づいて誰にも言わないで掃除して……出来た子だよ。私の、自慢の子」
「……嬉しいです。俺。こんなに、鈴木さんがいろんな人から、愛されているの」
店長は唇を緩めた。
やおら、ライブ会場が色めき立つ。いつの間にか満員になっていたようで、ライブの開演が迫ってきているようだ。
「長居させてすまなかったね。それじゃあ、ライブを楽しんで」
「……はいっ!」
倫太郎は元気に応え、立ち去った。
その後ろ姿を見ながら、店長はぽつりと言う。
「……こころんも、いい子に好かれたものだねぇ」
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