第41話 だからシスコンじゃねぇっつってんだろ
「はあ、ようやく落ち着いた……」
なんとかケーキセットを頼んで、はるにゃんとかなたが持ち場に戻ったところで雷華はドッと疲れたように背中を丸める。
「ど、どう? 常鞘君。ここ、すっごく楽しいところだよね!」
「俺にはわかんねえ」
「大丈夫、今は空気に慣れてないだけだから! 時期に慣れるよ!」
「別に慣れたくねえよ」
はぁ、と特大のため息を漏らしながら周りを見渡す。
客席は半数以上が埋まっている。客層は中年男性が多い――と思っていたが意外とそうではなかった。雷華たちよりかは年上だが男子大学生らしき客や、社会人らしき女性の客も散見される。一人客が多いと思ったが同性・異性同士で楽しんでいるグループ、カップルもいる。年齢層がまばらで性別も偏りがないから、高校生三人組が居たとて目立つような様子ではなさそうだ。
(客だけ見たらそこまで変に偏ってるような店ではないのか……)
ただ、先ほど見た、胸を殊更に強調するようなコスプレをする姉を見て、雷華は正直な所不安を隠せないでいた。
(もっと、こう……普通の服装じゃあダメだったのか……?)
「はるにゃんさんのコスプレ姿、どうでした? とっても可愛いですよねっ」
ぐっと前のめりで雫が雷華に語り掛ける。
「……は、はぁ?」
そりゃあ可愛い――じゃなくて。
「別に、その……普通のお店の制服でもいいじゃねえかよ、なんだってあんなコスプレしてんだ」
「? それはだって、好きだから着ているんじゃないんですか?」
あっけらかんとした顔で雫は言う。倫太郎もそれに同調するように頷く。
「い、いや、そういうことじゃなくて……」
「自分の好きな服を着ることは、とても大切なことなんです。女の子にとって」
桃色のセーラーカラーを指で摘まみながら、雫は言う。
「この服も……頑張って今日、家から着て電車でやってきたんです」
「そりゃあ随分と目立っただろうよ」
「はい、なので釘矢君と一緒に電車に乗ってもらいました」
「は?」
「う、うん。最寄りの駅の路線が同じ方向で俺がちょうど通り過ぎる駅にいるって話を、前にしてて……それで、飴川さんにお願いされたって感じ……」
「わざわざ、駅まで迎えに行ったってこと? お前が? なんでまた……。電車くらい一人で乗って来いよ」
「目立つ格好になっちゃうから、色々な、人に目を付けられることがあるので。へへ」
「……」
雫に言われ、雷華は察する。
短いスカート、オタクっぽい服装をした、女子高生がもし一人で立っていたとしたら。それが人の往来が多い電車の中で……。
「……今のは俺が悪かった」
「そ、そんなに謝らなくてもいいですよ」
でも、なおさらどうしてそんな危険な目に遭う危険があるのがわかって、そんな服を……、と、雷華は思ってしまう。
「好きな服を着るっていうのは、そういう意味でとっても大切なことなんです、私にとって」
雫は雷華の顔を見つめる。
推しの弟を愛でるようなとろんとした瞳ではなく。
一人の女子高生として。
一人の、好きなことをしたいという純粋な思いを抱えた、人間として。
「誰になんと言われようとも、自分の好きを貫く。それって、とっても素敵なことじゃないですか?」
「……」
倫太郎は雫の言葉が真に理解できなかった。
怪訝そうな表情をしている。
「あ、あの、つ、常鞘君。お、お姉さ――は、はるにゃんさんのこと、し、心配されてたと思うんですけど……」
倫太郎は言葉に詰まりながらも、でも、それでもはっきりと、自分の伝えたいことを雷華に伝えた。
「はるにゃんさんは、とっても頼りになる人だと、思います。ほら……」
倫太郎が向けた視線に目をやると、そこにははるにゃんの姿がいた。
パフェを載せたトレイを手に持ってお客様の方へ向かっていくのが見える。
雷華はそれを見て、反射的に不安になる。落としたらどうするんだとか、客に迷惑がかかるんじゃないか、とか。
その不安が的中するように、はるにゃんとすれ違うようにキャストがやってくる。そのキャストはいつになく急いでいるのか目線が泳いでしまっている。
「あっ」
とっさに雷華が立ち上がりそうになる。
でも、はるにゃんは、
「はいっ、どうぞ!」
ぶつかる一歩手前でするりと体を反転して、やってくるキャストの通り道を作ってあげる。そのキャストは(わっ!)とはるにゃんが向こうからやってくるのを時間差で知って、それを事前にはるにゃんが勘付いてくれたことも時間差で知った。
(ご、ごめんなさいはるにゃんっ……!)
振り向きざまに手を合わせ、それをはるにゃんは、
(大丈夫だよっ!)
とウィンクで返す。そうして颯爽と客のテーブルに着いて、にこやかな笑顔でパフェを提供する。
「パフェ、私が盛りつけたんですっ!」
提供された女性客が嬉しそうな声を上げる。彼女もまたはるにゃん推しなのだろうか、優しくて温かみのあるはるにゃんの笑顔に日々の疲れが癒されているようだ。
ライブ観に行くよ! 歌楽しみにしてるね! という客の熱い声に、はるにゃんは自信を込めた笑顔で答える。
「……見てくださいよ、私の推しのまぶしい姿を」
いつの間にか雫はドヤ顔で机に膝をついて親指をはるにゃんに向けていた。
「安心感があるんですよ、はるにゃんにを見ていると……。頼りがいのある人だってほかのキャストさんから信頼されているところとか……いいですよね……毎回毎回来るたびにそれを再認識されるから来るのがまるで飽きが来ないんですよ……」
熱い口調で姉のすごさを語る雫に、雷華は面食らってしまう。
正直――ここまで”ちゃんとしている”とは思わなかったから。
「きっと、好きなモノに囲まれているからだと、思います……」
倫太郎が言う。
「お、俺も……この場所に居ると、不思議と話せるように、なるんです。キャストの人たち、とか……。それは、どうしてかっていうと……好きなモノに囲まれているのって、とっても、気分が、高揚、する、から。きっと、は、はるにゃんさんも、お、同じだと思います。自分の好きな服を着ると、普段よりも、ずっとずっと……元気が、でる、というか……その、もっともっと、出来るようになるんです」
「……」
「つ、常鞘君が、家でみるお姉さんの姿は、お、俺には分からないですけど……でも、とても、頼りになる人だと、お、俺は、思います」
雷華は、家の外での姉の姿を知らない。
倫太郎と雫のほうが、むしろ姉のことを深く知っているのでは思ってしまう。
それが雷華は、なんか……嫌だった。
「……俺も、姉のことを、もっと、知れたら」
と雷華が思いを吐露しようとしたところで――
「お待たせしました! ライカ様! ケーキですよ!」
はるにゃんが今日一番の笑顔でやってきた。
「うわぁ!?」
さっきまで姉のことを話していたことで恥ずかしさが最高潮にまで膨れ上がり、雷華はいつにもなく素っ頓狂な声を上げてしまう。
「どうぞ、ライカ様の……大好きな、モンブランですよ?」
姉から”様”付けされるという初めての経験で、そしてキャストとして”奉仕する”立場として雷華にふるまう姉の姿に、雷華は動揺を隠せないでいた。
「そして……ご注文の”萌え萌えキュンキュン♡ラブコール♡をっ……一緒にさせていただきますね!」
「は?」
なにそれ? と雷華は倫太郎の方を見る。
「あっ。あの、それ、お、俺がこっそり頼みました。せ、せっかくなので……はるにゃんと萌え萌えコールしたらどうかな……って」
「いやだからそれはなんだって言ってんだよ。なに、萌え萌えコールって」
「え、えっと、はるにゃんさんと一緒に、ケーキを美味しくする、ま、魔法をかけるんですよ」
「何言ってんのお前?」
「な、なので、はるにゃんさんと……『萌え萌え~キュルルンきゅるるん、おいしくなるビーム×2~!』ってやるんですよ」
「お前マジで何言ってんの???????」
「あいたたたたたたたた」
雷華は倫太郎の片耳を引っ張ってブチ切れているが、一方で雫は歓喜の叫び声を上げ、はるにゃんは雷華と一緒に掛け声をできる喜びでウキウキとせわしなく待っていた。
「み、耳がみっつになった……」
「なるわけねえだろくたばれお前まじで」
「で、でも……せっかくだし……はるにゃんさんの”好き”を体感するのに、ほら、ピッタリじゃん、ね?」
「耳四つにされてえのか」
「あだだだだだだだだだだだ」
「お、おもしれえことやってんじゃん。ほら、やってみなはれよ」
さも当然化のようにやってくるかなた。そのトレイには倫太郎のオムライスと、雫のプリンアイスが載せられていた。だから別に私が来てもいいでしょうよ、とかなたは雷華にニヤリとする。それに雷華は無言でにらみ返す。かなたはケラケラ笑って意にも介さない。
「さあさあお客様ぁ、やっちゃってくださいよぉ」
「おっ……推しと推しの弟様との萌えコールがこんな至近距離で見られるなんてっ……! 私、生きててよかったぁ……!」
「それじゃあライカ様……ご一緒にお願いします♡」
弟とコールできるのがうれしくてうれしくて仕方ないというはるにゃんの表情に、雷華は拒否をすることが出来ない。
「ぐっ……ぐぅぅぅっ……!!」
雷華は苦しい顔をしながら、はるにゃんに促されるように両手で♡を作る。
「それじゃあ、いきますよっ! もーえもえもえ♡」
「もっ……もーえ、もえ、もえっ……!」
「愛情込めた♡」
「あいじょうっ……こ、こめ、たっ……!」
「ラブの力でおいしさアップアップ♡」
「らぶのちからで、おいしさ、あっぷ、あっぷっ……!」
「せーのっ♡ おいしーくなーれっ! ぎゅるるるる~んっ♡」
「おっ、お、おいしく、なぁれっ……! ぎ、ぎゅるるるぅぅんっ……!」
「わぁっ! これでモンブランがもっともーっと、おいしくなったよ!」
「こ、殺せ、誰か、おれをっ……」
雫は恥ずかしがる雷華の顔に「綺麗……」とうっとりとしていて、倫太郎は雷華がコスプレ喫茶の醍醐味に染まってくれたことにニコニコとし、はるにゃんは弟と一緒にコールできたことに飛び跳ねんばかりに喜んでいた。
その後ろでキャストたちが、こころんと一緒に「あれが弟さんなんだ」「やっぱ似てるなぁ」とほほえましい顔で見つめ、周りの客も初めてのコスプレ喫茶にてんやわんやになっている雷華の姿にほっこりとしていた。
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