第40話 初めてのコスプレ喫茶で緊張してるのかな?♡ 可愛いね♡
土曜日。
オタクの街である日本大橋に、雷華はいた。
地下鉄に乗って改札を出て、約束していた地上の出入口へと向かって階段を歩いている。
ちょうど集合時間ピッタリで、倫太郎との待ち合わせ場所に着く。
目的は――姉が働くコスプレ喫茶”ailes d’ange "だ。
(……はあ)
雷華はため息をつく。
姉のコスプレ喫茶に行くとて変に気合を入れた服を着ても気だるいと思っていたから、服装もSNSで流れてきた韓国系ストリートスタイル(淡い色のパーカーにデニムパンツ)のポストを髪型からそのままそっくり模倣していた。韓国アイドルさながらの出で立ちだが、特に韓国が好きという訳でもなく、これからコスプレの女であふれる店に行く人間の服装とは誰にも思われないだろうというただそれだけの理由だった。
自分から望んだことではあったのだが、こうして”あの場所”へと向かっていると考えると、色々と思い悩むところはある。
(姉、ちゃんとコスプレ喫茶で仕事できてんのかな……嫌だな、身内の人間が職場で叱られたりするところ見たら……)
家では大学のテスト当日に寝坊して雷華にたたき起こされたり、着替えた服を平気でリビングに置いてそのままにしてしわくちゃにしたり、ダイエットしたいって言ってるのにお菓子を食べたり……雷華はこのところ姉が家でぐうたらしているところしか見ていなかったら、ものすごい不安だった。
(俺が小さいころは、なんかすごいちゃんとしてる凄い人だと思ってたんだが……歳重ねると、いろいろダメなところ見えてきたんだよな……)
だからこそ、こうして倫太郎の伝手で姉のコスプレ喫茶に潜入することができたのは好都合だった。
一人ではこのオタクの街に行くことはできなかっただろうから。
倫太郎というコスプレ喫茶に通うオタクが近くに居れば、面倒なことがあれば倫太郎にすべて押し付ければいい。
自分はただ”姉を監視するために”コスプレ喫茶に来た、というスタンスは確保できる。
弟が自分のコスプレを見に来た、という”誤解”を姉にされる心配はないということである。
(しかし、姉もどうしてコスプレ喫茶なんかに働きたいって思ったんだか……)
そう思いながら階段を上り切った。
地下鉄の出入口のすぐ近くのコンビニ。そこに確かに倫太郎はいた。見間違いようもない、バカみたいに体がデカい。
そして、その倫太郎の近くに……
赤色の髪型をした、白色と桃色のセーラー服のように薄い生地で豊満な胸の形がふっくらと見え、すらりとした白い脚を曝け出すミニスカートを履いた少女がいた。
そしてその少女は、実にニコニコと幸せそうな表情をしながら倫太郎と談笑している。
(な、なんかやばい女が釘矢の近くにいる……?)
そう思っていると、目ざとく倫太郎が雷華の姿を見つけた。
「あっ! つっ、常鞘君! こ、こっちだよ!」
白のモックネックシャツに紺のジャケットを羽織り、無駄なアクセサリーのないファッションを身にまとっている。体の大きさだけでも十分なインパクトがあるから、これくらいのシンプルさでも十分なのだろう。プロスポーツ選手がビジネススーツを着るだけで見栄えが良くなるのと同じことだ。
「こ、これ……ま、前に、鈴木さんと、あ、飴川さんに選んでもらって……」
「飴川?」
「あ、えっと、あの、き、今日になっちゃって、申し訳ないんだけど……あの、い、一緒にコスプレ喫茶に行きたいって、ことで、お、俺の友達の……飴川さん!」
そういって倫太郎は、その隣にいた美少女を丁重に紹介する。
「初めまして。飴川です。B組の常鞘くんですよね?」
「……はぁ、どうも」
女子生徒のことなど誰一人として興味もないから、飴川雫が同じ学校にいることは知らなかった。
礼儀正しく頭を下げる雫の佇まいや声のトーンは清楚で落ち着いていて、口うるさい女が嫌いな雷華にとっては特段嫌う要素はない。
ただ、その雫の格好があまりにも奇抜すぎて雷華は口を出さずにはいられなかった。
「ずいぶんと……面白い服を着てますね」
それは雷華なりの皮肉だった。
厚底のブーツを履いて自分よりも少し背が大きくなっている雫に少し気が障ったのもあるが。
「あっ……ありがとうございます! 私今日初めて着たんです! 病みかわ系地雷ロリータで、こういうフリルレースドレスってなかなか着るの恥ずかしくて……ものすっごく可愛いんですけど、ほら、スカートとか短いじゃないですか。でも、このおっきなリボンとか、メイドさんみたいなヘッドドレスとか、やっぱり日本大橋だったら着れるかなって思ったんです! 今日、常鞘さんが来られるって聞いて、常鞘さんはおたくじゃない一般の人だってかなたちゃんから聞いていたからどう思われるかなって思ったんですけど……褒めてもらえてすっごいうれしいです! ウィッグも不自然じゃないですよね!? へへへ、今日一番の自信はここなんですよ!」
「……」
皮肉がまるで効いておらず、雷華は苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「というかなんだこいつ、なんで来てんだよ」
雷華は倫太郎に囁く。
「あはは、ごめん……でも、ぜひ常鞘君に合わせたいなって思って。ほら、事前に言うと絶対常鞘君拒否するでしょ?」
「あ?」
「あっ、ご、ごめん。鈴木さんが言わないほうがいいって言ってたけど……さ、さすがに、拒否なんてし、しないよね」
「は? するが?」
「す、するんだ……」
「まあ、もう、来たものは仕方がないけど……というか」
「じーっ……」
雫は、雷華の顔をじっと見つめていた。
「あの、なに?」
イラっとして雷華は雫をにらみ返す。
顔をジロジロ見られるのはよくあった。自分の顔がある程度整っていることは自覚しているし、将来的に舞台の上で立つ以上普段から身だしなみには細心の注意を払っている。
ただそれは自分の夢を叶えるためであって、他人どもに好機な目で見られるために整えているわけではない。
顔が綺麗だとか、そんなことを赤の他人どもに言われて何も嬉しいわけが――
「は、はるにゃんの顔……やっぱり面影ある……」
雫は両手を頬に添え、うっとりとした目を浮かべていた。
「は?」
「目元とか、顔の輪郭とか……似てる……血を感じます……」
どういうことだ? と雷華は無言で倫太郎に説明を求める。
「雫さんはコスプレ喫茶の箱推しなんです。全てのキャストのことが大好きで、ほらこんなにチェキも……」
倫太郎は雫にアルバムを見せるよう促す。雫はウキウキな表情でバックからミニアルバムを取り出しはるにゃんのページを捲った。
「なにこれ」
「コスプレ喫茶のチェキを集めてるんです! えっと、ここ、ここからこのページまでが推しゾーンなんですけど、こことかこの写真とか、この角度からだとさらにはるにゃんを感じれます……!」
そう言って雫はチェキに映る姉の顔と自分の顔を交互に見比べ、きゃっきゃっとはしゃいでいる。
「……」
雷華が絶句しているのも構わず、雫は目を輝かせながらしゃべりまくる。
「かなたちゃんからはるにゃんの弟様と一緒に行かない?って言われた時は天にも昇る気持ちでした…… はるにゃんの血筋の方と一緒に話せるだなんて……。今日も釘矢君と舞っている間、本当に幸せな気持ちでいっぱいで……会えるんだっていうその奇跡が、たまらなくうれしくてっ……!」
雫はランランと輝かせた瞳で雷華を見つめては顔を赤らめ、本当に嬉しそうに顔を綻ばせている。
「同じ学校で同級生と聞いてものすごくびっくりしたんですけれど、でも、なかなか話しかけるタイミングもないじゃないですか、違うクラスですし。でも、今日こうしてお話できてすっごいうれしいですし、やっぱり私の予想した通りでした……! はるにゃんと同じ、優しい瞳をしています!」
「や、優しい瞳……? 俺が……?」
「はいっ! とっても美しくて、見惚れてしまいそうですっ……!」
姉のことを引き合いに出され、雷華は咄嗟にそれを否定することができなかった。
「はぁ、そうですか……」
雷華は顔を背ける。
顔の良さを褒められて嫌な気持ちにならなかったのは、雷華にとってこれが初めてだった。
◇◇◇
立ち話もそこそこに、倫太郎と雫は雷華をコスプレ喫茶へと案内する。
「「「おかえりなさいませ!」」」
「……う、うわ」
ailes d’angeに入店し、さっそく雷華は面食らった。外では絶対に着られないようなコスプレ衣装、不自然なまでのビビットカラー、そしてごてごてと取り付けられているアクセサリー類。
それを見にまとったキャストが雷華を満面の笑みで出迎えてきたのだ。
「リンリン様! お久しぶりっ!」
そのうちの一人のキャストのほむら(今日はお腹まわりが露出したチアリーダのコスプレをしている。付け襟だけを首に巻いて鎖骨回りもスッキリとしている)が人懐っこそうに倫太郎に近寄ってきた。そのほむらの姿格好に雷華はおっかなびっくりするが、
「あっ、はい。大学のサークル活動で忙しかったって聞きました。今は落ち着いているんですか?」
倫太郎は動揺せずにいつも通りな感覚で会話をする。
「うんっ! おっきな大会終わったからしばらくはバイト入り放題!」
「確か、し、少林寺拳法? をされていたんですっけ。こう、戦ったりとかするんです?」
「あっはは! それやる人もいるけど、私は演舞だね! ほら、こうやってご主人様が腕掴んで来たらこう体を回して床に伏せさせるのよ! 今度されてみる?」
「け、警察呼ぼうかな……」
「冗談だよ、じょーだん!」
ほむらを前にしても動揺することなく当たり前のように会話をする倫太郎を見て、雷華は(いやその前に格好に突っ込みいれろよ!)と心の中で叫ぶ。
一方で雫はというと、ダークスーツの男装姿のキャストと楽し気に会話を楽しんでいた。
「アメリア様、本日はとっても素敵な衣装ですね。愛くるしくて可愛らしくて、素敵です」
「ありがとうございますっ……! カナデさんもスーツ似合う! ポニーテールも凛々しくてかっこいいです!」
「ふふ、いいでしょう? これ『夜に喘ぐ乙女のノクターン』っていう漫画のキャラクターなんだけど」
「あっ! スマホの広告で出てくるえっちな漫画の!? あれって私すごく興味あるんですけど、その男のキャラクターのコスプレなんですか! うわ、かっこいい……!」
「ふふ、でしょう?」
「でも、おっぱい全然出てないのすごいです! どうしたんです?」
「コスプレ用の下着でね、全身のタイツみたいなもので、胸を押し付けてスリムに見えさせるの」
「そういうのがあるんですね! 完全に女性たちを食い散らかす悪い男みたいになってます!」
「あの漫画すっごく面白いからぜひ、と思ったんだけどあれ成人向けなんだよね。大人になったら……ね?」
「はい! エロ漫画読める年齢になるのが本当に待ち遠しい……!」
(……え? これ、俺がおかしいのか……?)
「貴方は……初めてのご主人様ですね? まずお席に案内させていただき、そちらで説明させていただきます!」
いつの間にか倫太郎がほむらに説明をしていたのか、初来店する雷華と一緒に三人を世人席へと案内する。
先に倫太郎と雫が向かい合わせで座り、少しばかり逡巡したのち倫太郎の隣に座った。
自分が隣に座って倫太郎が何か嬉しそうな表情をしているのが妙に気に食わないまま、雷華はほむらにこのコスプレ喫茶のコンセプトを紹介される。
「ここはとある異世界でして、冒険者たちが体と心を癒すためにやってくるギルドです! お客様は”偶然”このギルドに通じるポータルを発見し、ここにたどり着いたのです!」
「……は、はぁ」
「私たちキャストはですね、お外の世界からは一風変わった格好をしています。それはもちろん、異世界と現実世界とは常識も何も違いますから当然ですよね!」
「……(当然ですよね! と言われても……みたいな顔をしている)」
「そういう訳でですね、世界線が異なるお客様に触れられてしまうと……お客様は消えちゃうんです! ですので、おさわりは厳禁ですよ!」
「……(誰がするかそんなの、という顔をしている)」
「そういう訳で、まずはお客様のお名前をこの冒険者カードに記入いただく必要が――」
「わぁーっ!!」
突然声が飛んできた。
ぱたぱたと飛んできた。どうやら今日雷華が来るということを知っていたようで、来店の数十分前からキッチン裏で待機していたようだ。
大好きな弟の雷華を歓迎するために。
「おっ、おかえりなさいませ、冒険者様!」
爛漫とした、紅潮した顔ではるにゃんは狼女のコスプレで雷華を出迎えた。
周りの客のこともありさすがに弟であることを公にするわけにもいかず、ただテンションだけは爆上がりしている。
「なっ……!?」
雷華ははるにゃん――いや、姉の姿格好を見て驚いた。
大きな胸の形がはっきりとわかるくらい薄い素材で、胸の下で紐のようなものでキュッと締めている。
それがちょっと動くだけでも胸がたゆんと揺れ、はるにゃんが無意識に胸に手を寄せるとその双丘が柔らかそうにたわむ。
「ど、どういう、服っ……!?」
「ふっふっ……どう、どう、どう? 似合いますよね、冒険者様!」
あくまで弟ではなく一人のお客様として接しようとしているはるにゃんの、そのギャップもあって雷華はまともに姉の体を直視できない。
「う、うるせえよ……」
雷華は下を向いてつぶやく。
倫太郎は雷華の耳が真っ赤になっているのが見えた。背が高いから。
「やっばぃっ……! 推しが推しの弟様ラブなのめちゃくちゃ推せるっ……!!」
雫もテンションアゲアゲでたまらないようすだった。
案内されるがままに四人掛けのテーブルに案内された。雷華と倫太郎が隣に座り、雷華の真正面に雫が座った。
「ふふ、やっぱりどこから見てもはるちゃんの面影があるな……見てて飽きないなぁ……」
るんるんと見つめてくる雫に、雷華はいつもならきつい言葉使いで怒鳴るところだが、姉が居る手前言い返せない。
ただただ恥ずかしさで目をそらすしかない。どこか救いを求めるように倫太郎に「な、何をすればいい、何を注文すればいいんだ」と助けを求める。
「なんでも好きなモノを注文すればいいと思いますよ。ほら、メニュー」
雷華に向かってメニューを向けるのは、はるにゃんの横からひょこっとやってきた小さなメイド服の少女。
「あっ、そ、こころんさ、ん、ど、どうも」
「こころんちゃんだー♪ わーい」
「イェイイェイイェーイ」
倫太郎と雫にダブルピースするかなたに、雷華は口を大きく開く。
「なっ、お、お前っ……!」
「なんだよ、居るのかよみたいな顔して。そらいるでしょうよ、こっちだってお仕事なんですから。ねー?」
「ねー♪」
かなたははるにゃんと顔を合わせて笑いあう。
「ああ、もうっ……!」
頭を抱える雷華は、オタクの世界の洗礼に早くもノックアウト寸前だった。
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