第4話 サプライズマッチョマン理論
倫太郎がトイレに入ったその間、キッチンの中は緊急事態で騒然としていた。キャスト全員が集まっており、誰もが不安そうにしている。
「……お尋ね者が来るってマジすか姉貴」
キッチンの棚におしりを預けながらこころんが眉間に皺を寄せた。
「店長と呼べ店長と……まあ、そういうことだ」
店長と言う30代の女性は、長い髪をかき分けながら渋い顔をする。
「要は、勝手にお酒持ち込んで出禁になったバカ客がまた来たってことなんですよね」
こころんの言葉に、店長は静かに頷いた。
キッチンの(お客様には見えない位置にある)ディスプレイには、ビルの前に備え付けられた監視カメラの映像が映し出されている。
その画面には、ビルの前で何かを飲んで不審な動きを見せる人の姿があった。
不衛生な見た目をしていて、監視カメラの方を覗いては口を開いて何かを叫んでいる。相当酔っ払っているのか、挑発的な言葉を発していることは想像に難くない。
「……おそらくすでにお酒を飲んでいることは間違いなさそうだ。話会いで解決できそうには……なさそうだ」
このコスプレ喫茶ではアルコールを提供していない。それを不満に思ったか、勝手に持参したアルコール飲料で酒を飲んで問答無用で出禁を食らったのが数日前のこと。それで逆恨みをしたか、今度は酒をたっぷり飲んで店にやって来たという訳だ。
「警察は呼んだんですか……?」
怖がるキャストが言う。店長は「当然」と答えるが、いつ来るかは分からない。
来てくれることは間違いないのだが、それがいつになるかは……。
「あっ、あいつ来るぞ!」
こころんがディスプレイを指さした。男がビルに入っていくのを階段の監視カメラは、ずんずん、と3階に向かっていく様子が映っている。
「あ、あたしっ……行きます!」
キャストの中でも一番背の高いキャスト――172センチと、成人男性と比べても遜色ない背丈をしたキャストが声を震わせながら言った。
その背丈もあるし、ふっくらしとた胸のふくらみとむちっとした太ももは確かに頼もしく見えるかもしれない。
だが、ファンシーな狐の耳を付けた黒色ドレスを着ているのはまだよいが、その顔は今にも泣きだしそうに震えていて少々頼りない。
そんな彼女の背中をポンと叩き、こころんが言う。
「はるにゃん。落ち着きな。私が行くぜ。こういう時は一番わけえ奴が鉄砲玉としていくんでしょ?」
「そんな仁義なき世界観じゃないっつうの」
店長はこころんの頭をポンと叩いてたしなめる。他キャストも慌ててこころんを止めにかかった。
「こころんちゃん、危ないよ!」「だってまだ未成年……高校生なんでしょ?」「ここは私たち大人が……」
「キャストに危害など加えさせん。私が行く」
店長はキャストらにキッチン内にとどまっておくように命じる。
「店長だけにそんなあぶないことさせたくありませんっ!」
キャストたちは多勢に無勢と分かっていても、店長についていこうとする。
「だめだ。そこにじっとしていることが、お前たちの役目だ。キャストも、お客様――勇者様、冒険者様たちには一切危害を加えさせない」
店長はキッチンを出て、入り口前に向かった。時期に迷惑客がやってくることだろう。
キャストたちは不安を覚える。店長が心配というのもある。
だがそれ以上に、お酒を飲んで暴れる成人男性が、怖い。
「……」
そんな不安がるキャストからこっそりと、こころんは抜けだした。
「こ、こころんちゃん!?」
先ほどこころんに嗜められた大きな体をしたキャスト――はるにゃんが、慌てて止めに入ろうとしたその瞬間、入り口が開いた。
「おうらぁあ! おいこらぁ、客だぞぉ、おおいぃ!」
男性が焼酎カップを片手に現れた。見るからに泥酔している。
店内の客たちは驚いてざわざわと騒ぎだした。
「な、なんだぁっ!?」「え、もしかしてやばい人きてる!?」「うわ、あの人あれじゃん、前に出禁になった人じゃん!」「これが俗にいうマジで無敵の人!?」
それを察知してかこころんは先んじて客たちを落ち着かせる。
「あー、大丈夫です大丈夫です! うちの姉貴、あーいや、ギルドのボスのね、熱烈なファンがやってきただけです、はぁい」
こころんはニコニコした顔で言うが、その実ものすごい冷や汗をかいていた。
店の入り口では、酔っ払い男をふさぐように店長が立ち、堂々と毅然とした態度で「おかえりください」と何度も言っている。
しかし酔っ払い男の男は「女が俺にさしずするんじゃねえ! ばぁかが!」とまるで意に介さない。酒でまともな思考ができていないのかときおり体をふらつかせて、勢い余って店長にぶつかって押し倒そうとしないか、こころんは気が気でない。
「こころんちゃん! 戻ってきて! お願い!」
キッチンからキャストたちがこころんを呼ぶが、
「よくわかんないけど飾ってる剣もってあいつ叩いちゃ駄目?」
こころんは戦いたくて仕方がない。
「それするとあの男の人刺激するから絶対ダメ!」
「でも、あのまま一対一でやらせていいんですか!」
「それはそうだけどっ……でも、こころんちゃんが怪我でもしたら店長さんがショック受けるよ!」
(私が傷モノになったって別にいいでしょ。私なんてただの若いだけのチビなんだし)
こころんは心の中で悪態をつく。
とはいえ、自分が加勢しに来たとしても、あの酔っ払い男を追い返す算段がまるで思いつかない。
むしろ、こういう時に”無力な女”が突然現れて、その女を庇おうとしたキャラクターが敵の攻撃を食らって……だなんていう『こういうのが嫌なんだよな、こういうのが』展開になってしまうのがオチなのかもしれない――こころんは無力感を覚える。
「おい、俺はなぁ、えぇ? 黒帯なんだぞぉ? そんじゃそこらの一般人のなあ、それもオタクみてえなよええ奴が叶う訳ねえんだよぉ!」
ひゃはははぁ! と病的な笑い声を吐き出している。
(くそ、くそ、くそ……! どうにか、どうにかならないのかよぉっ……!)
こころんが悔しさで歯ぎしりをしていると――
ガチャ
と入り口近くの扉が開いた。そこはトイレの扉だった。
思わずこころんはトイレから出てくるお客様の身を案じた。酔っ払い男がいる入り口からは距離が近い。
(や、やばい! お客様が危ない目にっ……!)
しかし、
「……え、えっと」
現れたのは、トイレで手洗いを済ませた、198センチ89キロの巨体、倫太郎だった。
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