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第35話 婚約者に捧げる愛の歌♡

「名前が神楽桜やんやって言って、あ、これソシャゲののキャラクターのことね。そのやんやのことが私大好きでぇ……」


「ちょっとまってちょっとまって理解が全然追いついてない」


「作中の年齢は開示されてないけど多分10歳とかそれくらいだと思うんだけど、とにかくかわゆいのよ。お目目がぱっちりしててね、頬が大福みたいにもちもちしていて……」


「鈴木さん、せっかくなのでイラストとイベストのこと紹介しましょう」


「それもそうだ! ほらほら、これこれ! 公式サイトとか百億年ぶりに開いたわ。このちっこくて萌え袖ぶかぶかしてる娘!」


「な、なに、え? は、は……?」

 

 かなたと倫太郎が一斉に近づいてスマホの画面を見せてきて、雷華は思わず怖気ついた。


「生まれは華族の華麗なる一族で外の世界を全く知らなかったんだけど厄災で世界が崩壊した後に初めて自由に外を歩き回れるようになるんだけど、プレイヤー、あ、これ私のことね? との出会いのシーンはいつも守ってくれた付き人の人たちが居なくて廃墟の奥底で一人怖がってたんだけどそんなやんやに手を差し伸べて外に連れ出して、ここで初めて屋敷の閉じた世界から飛び出すんだけど……ここらへんゲームのストーリーモードの序盤の方なんだけど、外の世界って崩壊して建物やら文明やらが壊れてしまっててほかのキャラクターもその喪失感で結構暗い場面が多くて、でもやんやだけは崩壊前の世界を知らないから、純粋な瞳で、こんなにも地平が、空が広がっているんだ! って、無邪気に走り回っててね……このときのスチル絵がマジで神過ぎるんだけどまあそれは後に話すとして、そんな外の世界を楽しそうに走り回る姿を見て、他のキャラクターも元気を取り戻すんだよね。そうだ、私たちの世界はまだ終わってなんかいないって。このイベントシーンの後からだんだんと明るくなってくるんだよね。そのあとはいろいろとご都合主義みたいなところもあって文明がいい感じに発掘? あれ発掘って言っていいのか? まあいいや、なんか現代の生活っぽさを一部分だけ取り戻していって、まあ水着とかナース服とか別衣装イベントを作るためにちょっとだいぶ無理やり感があったんだけど……ここらへんはやっぱ初期のイベントの硬派で退廃した世界観の中に希望を見出すというストーリーで脳を焼かれた古参とかは、今はなんだ太刀魚収穫祭ってそんな行事やるほどこの世界余裕ないだろふざけんなって感じる人もいるんだけどまあそれはおいおいとして……まあ私的には普段真面目でツンツンしてるけどイベントでちゃっかり釣り人の服を着こんで釣りを全力で楽しもうとしてるのを隠しきれてないイブちゃんの別衣装キャラが出たときは面白すぎてガシャ回しかけたくらい面白かったけど」


「いいですよねぇ……やんやの出会いのシーン以後、スチルにキャラクターの笑顔が増えていくっていうのが……」


「え、まって、マジ!? あ、やっば思い出したらそうじゃん! 鳥肌やばぁ……! テンセグ神ゲーすぎん?」


「言ってることなんも理解できねえ」


「あっ! ごめんごめん、常鞘! まあとにかく、私はやんやと正式にお付き合いするくらいに好きで! んで、そのやんやが……私に向ける、その初めての感情っ……! 閉じこもっていた世界から手を握って連れ出してくれたプレイヤーであり、そして外の世界のこととか、草木や星座、野原を駆ける生き物、人との交流の仕方、沸き上がる感情の伝え方、喜怒哀楽を他者と共有することの大切さを教えてあげて……そしてそのプレイヤーが唯一やんやに教えていなかった『まだ早いから』って思ってたけど急速に人生経験を積み上げてきたやんやはその成長力はプレイヤーの想像をはるかに超えていて! 『ねえ、先輩ちゃん(プレイヤーのこと)……私、胸が、ムズムズするの……この感情の正体、教えて……?』って言うんだよねぇ!!!!!!!!!! 子どもっていうのは成長が早いねえ!!!!! これゲームに一切ない私の完全妄想なんだけどねえ!!!! このシーンだけアニメ化しねえかなあ!!!!!!!」


「おおー、今の鈴木さんの解釈、すっごい心にキました……」


「だろう!? この妄想がアニメ化するとしてこのやんやのセリフでEDが入るんだけど、おそらくやんやの目がうるうるとして上目遣いで先輩ちゃんの裾をつかみながら見上げている絵を出してからのEDシーンっていう流れなんだよね、そこで流れる曲が気まぐれ乙女のロマンティカ! これよ!」


「自分の頭の中の二次創作……アニメ化されたいですよねぇ……」


「されてえよなぁ……というわけで常鞘」


「どういうわけだよ」


「神楽桜やんやが私に向ける初恋の曲ということで歌いたいんだけど……どうかな?」


「いっっっっっっっっっっっっっちミリも理解できねえけどもうそれでいいよ」


 本気の目で語る二人に雷華は気圧されつつも、真剣にそのキャラクターというものが好きなのだろうということだけは雷華はかろうじて理解した。


(まあ、オペラの登場人物に愛着を持つっていう話ならまあ理解はできなくはないが……『椿姫』で純愛に目覚める情婦のヴィオレッタとかは結構好きだけど……いやでもヴィオレッタと結婚したいとまでは思わないな……。そこまで創作の登場人物に入れ込むってそう考えたら確かに考えたこともなかったし、先生とかほかの知り合いとオペラの筋書きについて話すときにも登場人物に対してそんなトチ狂った感想なんて出てきたことないし……)


「なあ、聞きたいんだが」


 雷華は倫太郎に尋ねた。


「オタクって架空のキャラクターと結婚するもんなのか?」


「多分鈴木さんが特別なだけだと思います」

 

「いっそのこともうやんやのコスプレ着て歌っちゃおうかなぁ。確かコスプレ衣装売ってたはず」


 語りに語ってさわやかな汗をかいてコーラを喉に流し込みながら、かなたはケラケラと笑いながら言った。

 

「なにがどういっそなんだよ」


 雷華はドッと疲れた顔をして、


「え、で、でも、あの衣装って結構露出高い気がします……」


 倫太郎は別のところを心配していた。 


「言うてノースリーブっしょ? 雫が前着てた服あるでしょ、あれと部分的には一緒よ、一緒。巫女さんの衣装にセーラー服の要素を組み合わせた魔改造みたいなもんだし、わいせつ要素は一切ない。いいだろ?」


「あっ、はい」


「いやしかし、私がやんやの服を着るのか……やばい、想像するだけでニヤニヤが止まらん……」


 きゃー、とかなたは自分の体を抱きしめてくねくねと楽しそうに揺らしている。


「よーっし! 俄然やる気が出てきたぁ!」


「……まあ、もういいや。それじゃあ次は歌詞を見ていく。どう歌いたいかを一回ざっと見る。歌詞をプリントした紙があればいいが、あるか?」


「うんうん、あるある! これ!」


 かなたはバックから束になっているA4用紙から一枚ぺらっと抜き出し、それを机に置く。

 机には歌詞がプリントされていて、折り目もない綺麗な紙だ。


「用意くらいはしてるのか」


「いつでも見返せるようにねー」


(あっ)

 

 残りの用紙に記されていた、おびただしいほどのメモ書きを倫太郎は見た。


(あんなにたくさん、メモ書きして覚えたんだ……)


 かなたの努力の形跡を忘れまいと倫太郎は脳裏に刻んだ。

 

「歌詞はしっかり覚えているのはまあ当然だとして。声に抑揚がないから感情が伝わってこないのが問題だったわけだが……かといってすべての歌詞に感情をつめこみすぎるとくどくなる」


「感情をこめすぎると良くないってこと?」


「感情の起伏は波として考えろ。常に山のままだと逆に直線的になるし、聞いているほうも疲れる。谷の部分……つまり、感情表現を抑えた部分も用意すべきだ。谷の部分があるから、感情を込める山が際立って伝わる」


「はえー……」


「ざっと歌詞を確認したが……そうだな、この歌詞の中で一番強調したい、感情を込めたい部分を丸で囲め。そこに感情のトップを持っていくために、他の箇所での感情の配分も検討する」


「おけおけ。そうだなぁ……やんやが私に対してどこを一番感情込めて歌うか、か……」


 うーんうーん、とかなたは悩む。

 答えが自分の中にしかない、だからこそ誤魔化しがきかない。

 その悩みが不思議と楽しくて、むしろ心地よさすら感じた。


「あー……この歌詞かなぁ。『素直な気持ちが止まらない あふれてくるよ とまらない どうしよう』」


「それでどんな感情を――」

 

「いやこれさぁ……」


 かなたは頭を下げて、はあああ、と息を吐いた。


「恋を初めて知ったっていうやんやの感情のことなんだけどさぁ……釘矢君、やんやの超エモエモのシーンあるじゃん、第三章の……」

 

「ああ、あの……厄華ノ紅鬼『カガリビ』との決戦部隊を結集するときに、やんやが先輩に対して帯を結んでくださいっていうシーン……」

 

「まってそのシーン良すぎて思い出すだけで泣いちゃう」

 

「帯を結んでいるところを振り返って、やんやが『私、絶対生きて返ってくるからね!』っていうセリフあるじゃないですか」

 

「(鼻をすすっている)」

 

「そこ、頬が桜色に染まってて……」


「地の文も明らかに先輩に恋してるって確定的に明らかなんだよな」


「鈴木さん的にはもうそのあたりで恋をしていると」


「そうなんだけどさぁ、仮にそうだとするとあそこほんま、ライターさぁ……幼子が初めて恋が芽生える瞬間が戦地に向かうまさにその時ってさぁ……人の心とかさぁ……」

 

「そうなると……さっき鈴木さんが想像していたやんやが先輩ちゃんに言い寄るシーンってどのあたりになります?」

 

「あー……帯結んで、の決戦シナリオ後の『全校対抗! 仁義なき乙女たちのドタバタ調理実習! 先輩の胃袋を掴むのは私だ!』っていう頭イかれた追加イベントあるじゃん。決戦後で日常を取り戻した後の緩い空気感の最中にふとこう……やんやがもじもじとしながら近づいてきてっていう感じ。決戦中っていう全員が血走ってるときにそういう告白をぶちこんでくるようなタイプではないと思ってる」


「なるほど」


「なるほどじゃねえよ」


 雷華は呆れたようにつぶやいた。


「あーいやでも、やんやって幼い子だから最初はその恋心ってふわふわしているっていうか……恋を恋だと知らないんだよな。そっから先輩ちゃんに思いを吐露するところまで感情が動くってなると、何かしらのきっかけみたいなのが必要なはず」


「……やんやをいつも世話をしてる氷間ヒユウって、クールに見えて結構プレイヤーである先輩に対してアプローチかけるじゃないですか。個別イベント見ました? 寒いからって先輩のポケットに手を差し込むんですよ」


「え、まじ!? ヒユウって星3よな? 私引けてないから個イベ見てないんだけどそんな卑しい女なの!?」


「い、卑しいかは別として……でも、インパクト凄いですよ。表情一切変えないで”貴方と一緒にいると、生きたいって思えるんです”とか言うんです」


「メインストーリーであんなにつっけんどんな態度をとってんのに……二人きりになると距離近くなるのか……」


「……というような人が身近にいるとします。やんやは、いつも優しく世話をしてくれるヒユウが、普段は見せない表情を先輩と会うときだけ出すとして、それを偶然見たとして……」


「ヒユウの”女”の顔を見て、やんやが大人の階段の存在自体をそこで初めて知る、と……」


「ありじゃないですか?」


「ありありのありあり」


「早くしろ」


 しびれを切らした雷華がいら立った声を上げた。


「わりーわりー! めっちゃ今感情が沸き上がってる! よっしゃ感情込めまくって歌うぜぇ!」


 雷華のイライラを跳ね返すくらいの満面の笑みを浮かべ、かなたは意気揚々とマイクを手に取ってさっそくリモコンから曲を送信する。


「歌っちゃってください!」


 倫太郎の声援を受けながら、かなたは夢中になって歌った。

 

「どうなっちゃったんだろう 心が弾む 弾む」


 頭の中に浮かぶのは、大好きなやんやの顔。世界一可愛くて、愛くるしくて、守ってあげたい、抱きしめてあげたいロリの女の子。

 そんなロリと添い遂げたいと真剣に想い、あるいは願い、愛を紡ぐ光景が頭に浮かんではそれを歌詞にあふれんばかりに混める。

 

 感情を込めるとくどくなる――そう言っていた雷華の言葉なんて、忘れてしまう。

 

 頭に浮かんだこの”最強の二次創作”を、声に出して発散したい。今すぐにでもすべてを吐き出したい。

 

 「道を歩く 足取りが私じゃないみたい」


 愛を、やんやへの愛を、私が愛してやまないやんやの愛を、叫びたい。


「っ……!」


 倫太郎はさっきとまるで違うかなたの歌声に、思わず見とれてしまっていた。


(すっごい……ここまで、ここまで変わるんだ……!)


 歌詞に感情を込めるということの凄みを、倫太郎は全身でかみしめている。


(鈴木さん、あんなに楽しそうに歌ってる……!)


 さすが常鞘君だ、と倫太郎は雷華の方を見やる。


 雷華はというと、やはりいつも通りの仏頂面で、淡々とかなたの歌声を聞いていた。


(……リズムが一気に悪くなったな。さっきまでできてた息継ぎのタイミングもてんでだめだ。姿勢も悪い)


 雷華に言わせてみれば、へたくそな歌である。


(まあ、ようやく”歌”になった、というところか)


 最初に聞いた、あの歌詞を覚えていただけのかなたの声は、雷華に言わせてみれば歌ではなかった。


 それに比べれば今の声が乱れに乱れてテンポも何もかも狂った声を奏でる今のほうが、よっぽど”マシな”歌だった。

 

「っしゃあぁこらぁ! 歌い切ったぜ! さあどうやったらもっと最強な歌になる!? 全部教えてくれ!」


 大声で歌い切ってすっきりした顔で、さらにもっともっとうまくなりたいと願うように雷華を見るかなたの顔には、さわやかできれいな汗が一滴垂れていた。

 最初歌った時に感じていた、歌の下手さを指摘される不安はいつのまにか消えている。


「リズムがカス」


「ぐはぁ!?」

 

「あと感情をこめすぎるなって言ったよな。くどくてくどくて聞くだけでドッと疲れる」


「な……なんの反論もできんかったわ……」


「ほかにも言いたいところは山ほどあるが……ついてこれるか?」


「ふん、バカにするなよ! やってやらぁ!」


 上気した顔で言いきるかなたの表情は、とても爽やかだった。


 自分の好きを閉じ込めて評価されるよりも、自分の好きを曝け出して評価されるほうがよっぽど、清々しい。


「よーし、なんでもこいや!」

 

 好きと向き合う楽しさで目を爛々と輝かせる、幼い子どものようなかなたの姿に、雷華は昔の自分を、重ねた。


 あの時、ただ純粋に歌を歌うことが好きだった自分のことを。

 

(……ふん、随分と気持ちよく歌いやがって)


 ミネラルウォーターを一口飲んでから、さっそくかなたにみっちり指導をしてやることにした。

 

「頑張って、鈴木さん!」


 倫太郎の声援を、かなたは親指をぐっと立ててにっこりと答えて見せる。

 

(……しっかし、空想のキャラクターのことがよほど好きなんだな。そうでなきゃ、ここまで変わらない)

 

 声楽の教師の言葉を思い出した。


『”好き”という言葉を、大切にしなさい。好きであるということは、何よりの才能なのだから』


(……好き、か)


 雷華は、自分が声楽を好きになったキッカケのことを思い返す。

 



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