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第33話 高速手のひら返しはオタクの特権

(まさか、釘矢君の方からカラオケに誘われるとはね……)


 放課後。今日はバイトもないから、学校が終わったらいつもみたいにクラスの友達と駄弁るかと思っていたところに、LANEで倫太郎からメッセージがあった。『今日カラオケに行きませんか?』と。


 珍しく……というよりは初めての倫太郎からの遊びの誘いに、かなたはなんだかそわそわしてしまっている。


(……前のカラオケであんなみっともない声を聞かせちまったから、もう当分カラオケでの練習は一人でいいや……とは言えないし)


 長時間もの間自分のへたくそな歌を聞かされ続けた倫太郎に対する申し訳なさもあった。


(それに、彼に一曲しか歌わせられなかったし……今回は彼にもっと歌わせてあげなきゃな)


 かなたは自省しながら校門前で待っていると、見慣れた(誰よりも高くてデカい)倫太郎がやってくるのが見えた。そんな倫太郎に手を振ろうとして――


「げっ」


 今朝がた悪態つかれた、あの男子が倫太郎と一緒に歩いてくるのが見えた。

 まさか一緒にカラオケに来るつもりとかそんなわけはないだろうな、とか思っていたら、


「あ。あの、鈴木さん。し、紹介します……。あの、ま、前にちょっと話題に出してた、俺の前の席にいる人、で……き、今日一緒にカラオケに来てくれる、常鞘君です!」


 晴れ晴れとしてにこやかな笑顔で、倫太郎は雷華を紹介した。


「なんだ、お前か」


 雷華も雷華で、今朝のことはしっかりと覚えているのかかなたを見ると不貞腐れたような顔をして見せる。

 もちろんそんな表情をされて黙っている性格ではないかなたは、ずいっと雷華に迫って唸った。


「お前とはなんだい、お前とは。ほぼはじめましての人間に向かっていう言葉じゃないだろ。お行儀悪くない?」


「じゃあなんてお呼びしたらいい? お嬢様……ってか? はっ」


「私こいつ嫌い!!」


 ギャーギャーとかなたは倫太郎に非難するように叫んだ。


「こいつ絶対友達いないだろ! 性格がシンプルにカス!!! なんだってこいつと一緒にカラオケに行かなきゃならないんだい!」


「それは……その」


「俺も大変不本意ではあるのだが」

 

 雷華はやれやれといった風に大げさに腕を広げて見せる。


「お前に、歌を教えろと……こいつが、言ってきてな」


 どこか気まずそうにしている倫太郎を、雷華は指さした。

 

「……えっ?」


「あの……じ、事前に相談しなくて、ご、ごめんなさい……でも、鈴木さんが歌に、真剣に悩んでいたから、何か俺ができることはあるかって、思って……! こ、これも、俺の自己満足、にはなってしまうんですが……」


「ちょっとまて、えっと……」

 

 かなたは混乱しだす。


「……え、こいつ、そんな歌うまいの?」


「ちっ(特大舌打ち)」


「いや、というか、釘矢君……その、わ、私の、ため……?」


 この常鞘雷華という人間は、以前倫太郎が『俺、初めて昼休みに男子とご飯食べれたんですよ!』と言っていた男子のことだとかなたは悟る。

 あの時の倫太郎の話ではただ単に倫太郎を都合のいい壁扱いしかしていないような人間だし、現にこんな態度が悪く不貞腐れるようなやつと、仲良くやろう、話しかけようとするという発想がまずかなたにはなかった。

 仮に同じクラスだったとして、まあまず無視していたことだろう。

 下手すれば口喧嘩からの殴り合いに発展する可能性だってある。

 

 そんな人間の雷華に、倫太郎はどんな手を使ったのかは定かではないが、声をかけたのだ。

 あんな憎まれ口をたたくような性格が悪くてどうしようもないようなこんな男子に。


「……(ぺしぺしと倫太郎の腹を殴る音)」


「あっ、ちょ、鈴木さん叩かないで……」

 

 かなたの必死の照れ隠しを雷華は寒々とした顔をしながら(目の前でイチャつくの勘弁願いたい)と心の中で呆れていたところ――


「あ、そうだ、鈴木さん。常鞘君って、はるにゃんさんの弟さんなんですよ」


 倫太郎が特大の爆弾をノーモーションで投げつけてきた。

 

「お、おい! お前――」


「えっ!?!!??!? まじで!?!?!?!?!?!?!?」


 突としてかなたは雷華にグイグイ迫った。


「あっ!? お、おおおー! 確かに顔の雰囲気が割と似てるかもしれん!」


「や、やめ、やめろ――」


「そうだそうだ! はるにゃんもよく弟のこと話してたわ! 声楽やってたって……なるほどねぇ! まさか同じ学校に弟さんがいるとはねえ!!!!」


 さっきまで雷華にいら立っていた気持ちが一気に消え失せ、かなたはわははと軽快に笑う。

 はるにゃんの弟だったら、さっきまでの態度が反抗期を迎えた弟のように思えて微笑ましくなってしまうから不思議だ。

 

「なーんだ! なーーーーんだ! じゃったらもういいや! はるにゃんの弟さんなら丁重に扱わなきゃなぁあ! 今日はよろしく頼みますわ、なあ!」


「ほら、鈴木さん、はるにゃんさんめちゃくちゃ慕ってるじゃないですか。それくらいはるにゃんさんはお店でも頼りになってる存在なんですよ」


「…………………………(本気で面倒くさい顔をしている)」


「あっはは! なんかはるにゃんの弟って考えたらそんな不貞腐れる顔もなんか愛嬌あるように見えちゃうなー! あっはは! じゃあじゃあカラオケまでの道のりの間にはるにゃんが弟さんのことを話題にしていた話を延々ときかせてあげようじゃあないか!」


「お、俺も聞きたいです!」

 

「めんどう、くせえ……」


 捲し立てる様に語り掛けるかなたとそれを止めないで急かそうとしてくる倫太郎の二人に挟まれ、雷華は魂が抜けたような顔をするのだった。


◇◇◇


「――でね、弟さんを自分の私室に読んでね、そこではるにゃんはコスプレ喫茶で着るコスプレ衣装を初めてお披露目したんだよ。きっとはるにゃんはきれいだよっていう感想が欲しかったんだけど弟さんはシャイだからそのまま逃げる様に部屋を出て行ってね。まあ後でLANEを通じて『まあいいんじゃない』って実に質素な返事だけが返ってきたんだって。いやぁ、もっとお姉ちゃんのことちゃんと面と向かって褒めなきゃだめだよ?」


「……………(虚無の顔になっている)」


「あっはは! まったくお姉ちゃんに対してずっとツンツンなんだからぁ!」


 電車で日本大橋のカラオケ店まで移動する間、かなたは延々とはるにゃんが語っていた弟の話をしゃべり、そのすべてに心当たりがある雷華はそれを死んだ目で聞かされていた。


 倫太郎も倫太郎で、かなたのしゃべりに聞き入り、

  

「常鞘君って、お姉さんとすごく仲が良いんだね! 俺、一人っ子だからそういうのがすごく羨ましくて……」


 と純粋な目で言い、それをはっきりと否定することもできない雷華は『耐えろ、耐えろ俺……』と心の中で今すぐにでも逃げ出したいのを必死にこらえていた。 


「というわけで君のお姉さまが働くコスプレ喫茶のライブを大成功に収めるためにも、ここで君が張り切る番だというわけだな!」


 かなたは会話のノリで雷華にコスプレ喫茶で働いていることを明かした。普段は学校の誰にも言わないが、はるにゃんの弟とあっては伝えなければ無作法というものと考えていたようだ。


「……ライブ、ねぇ」


 雷華は顎に手をついてため息をつく。


「ほら、君のお姉さまも出演するんだからもちろんくるんだよね?」


「……それは、まぁ」


「んだよぉ恥ずかしがるなってぇ!」


「おい、お前。こいつ黙らせる方法ないのか」


「あ、あはは……」

 

 そうこうする間にカラオケ店に着き、かなたが先頭となって部屋まで案内する。

 

「さあ、着いた着いた! 弟さん、どうぞ上座へ!」


 雷華はどかっと乱暴に座り足を組む。


「あ、あの、常鞘君、フリードリンクなんだけど、何か欲しい飲み物ある?」


「いらねえよ。衛生状況も知らん何が入ってるか分からんもの飲めるか」


 カバンからいつものお気に入りの天然水のペットボトルを手に取り、これ見よがしに飲む。


「それで? 何の曲を歌いたいって?」


 色々とあきらめたように徒労がこもった息を吐きながら、雷華は言う。


「あー、きまぐれ乙女のランデブーって曲。だいぶ前のドラマの主題歌になったやつで最近になってアニメのED曲でカバーもされていてね、弟君はこれ知ってる?」


 かなたは座りながら、慣れた手つきでカラオケのリモコンで曲を検索した。その真向かいに同じく倫太郎も座る。


「弟って呼ぶな。名字で呼べ。そして知らん」


「じゃあ常鞘で。というか常鞘って流行りの曲とか聞くのかい。ショート動画でこの曲少し話題になってたけど、常鞘ってショート動画とか見なさそう」


「知らん」


(……姉から勧められたロックバンドの曲、普通に聞いてるってこと知られたら死ぬほど面倒くさいことになるだろうし黙っておくか)


「じゃああれか、オペラの曲とかクラシックの曲とかずっと聞いてるのか。ごめん、私全然声楽のこと分からないんだけど、オペラの曲歌うのとこういう最近の曲みたいなのってやっぱり歌い方違うの?」


「オペラ歌手目指そうとしてる奴がポップスの曲なんか教えられるのかって言いたいんだろお前は」


「そんな卑屈にならんでも」


「マイクを使わないオペラと、マイクを使うポップスではそもそもの前提条件が違う。だが、声を出すときの姿勢を矯正するくらいはできる。初心者はよく目線を落として歌いがちだし、肩ひじも張る。そんな状態でハリのある声を出すことはできないということくらい、ポップスをやっていなくても分かるだろう」


「……な、なるほど」


 かなたは自分がそんな歌い方を無意識のうちにしてしまっていたことに気が付く。

 歌うときの姿勢だなんて、考えもしなかった。

 

「とはいえ、そんなそれよりも重要なことがあるんだが……」


 雷華は首をくいっと動かし、かなたに指図する。

 

「まあこれはお前の歌を聞いてみなければ分からない。歌え」


「……うーっす」


 一度雷華に姿勢のことを言われてしまうと、いざ歌うとなったときに姿勢がおかしくないかと間違っていないかと不安になる。

 マイクを手に取り立ち上がり、その視界に雷華が足を組んでこちらを見ている。

 倫太郎よりもずっと背が小さく他の男子と比べても小柄に見えるのに、その雰囲気、出で立ちは形容しがたいいオーラのようなものを感じる。

 

(ああ、くそ、いざとなると緊張するな……歌が上手い奴の前で、歌歌うの)

 

「自信もって、鈴木さん!」


 目の前に座る倫太郎と、目が合う。

 自分を励まそうとしている倫太郎の顔が、自分のためにわざわざ雷華に頼み込んだ倫太郎の想いが、かなたの心臓をドクンと高鳴らせる。

 倫太郎が近くにいてくれるのなら、この緊張も、きっと――


「俺も、タンバリンで応援するから!」


 倫太郎が手に持とうとしたタンバリンを、雷華が無言で引きはがす。

 

「リズム狂うからやめろ」


「はい……」


 その一連の流れにかなたは思わず笑ってしまった。自然と、こわばった顔が緩んでいた。

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