第32話 シスコンじゃないから。ただ心配なだけだから。
授業が終わると、雷華はすぐさま椅子から立ち上がり、「取引がある」と一方的に倫太郎に言って、顎で『来い』と命令する。その頃にはもう雷華は平静を取り戻しており、普段通りの氷の目つきで倫太郎を見下した。
「う、うん」
だが、怯まずにいる倫太郎を見て、雷華は心の中で舌打ちをする。
(くそ、少しは俺をにらみ返したり怯えたりしたらどうなんだよ。それとも、俺の姉がコスプレ喫茶で働いてること、バカにしてんじゃねえだろうな……)
倫太郎はというと、雷華に対しすっかり親近感を抱くようになっていた。
(はるにゃんさんの弟さんなんだ……なんだか、一気に親近感がわいちゃうな……)
さっきまでの遠い距離感を覚えていたのが嘘のように、雷華の背中を追って倫太郎はほほえましい気持ちになりながらついていく。
(ああ、くそくそ……さっさと取引を済ませてやる……!)
いら立ちを隠せないまま倫太郎を連れて歩く雷華だったが、どこかいつも以上に視線を覚えるのを感じた。
『え? 常鞘君と釘矢が一緒に歩いてる……?』『常鞘君大丈夫かな、声かけた方がいいかな……』『あのバケモノに殴られたら常鞘君怪我しちゃうよ……!』
女子から熱視線を浴びる美男子の雷華と、女子男子問わず恐れられている強面の倫太郎の組み合わせは、通り過ぎる生徒たちの注目度を普段以上にあげてしまっていた。
(誰にも見られずにあいつと取引したかったのに、このままだとどこにも行けねえじゃねえか)
「あ、あの」
いつも以上に注目されて、二人きりになる場所を探しあぐねている雷華に対し、倫太郎はこそっとつぶやく。
「お、俺……か、隠れられるような場所、た、たくさん、知ってますから……そ、そこに、行きましょう……」
◇◇◇
「……それが、ここか」
「あ。は、はい。ここ、昼休みでも全然人が来ないところ、なので……」
倫太郎が昼休みに体育教師から逃れるための隠れ場所の一つである、プール横のポンプ室の裏手にある、大きな木に隠れて見えない隅っこ。
2人では多少スペースはあるもののじめじめしていて暗く、あまり長時間はいたくないような場所だ。
こうして2人が向かい合って立つと、198センチの倫太郎との身長差が際立って見える。
しかし雷華は意地を張るように腕を組み、大きい倫太郎は申し訳なさそうに背中を丸めていた。
「……お前、昼休みこんなところにいるのか?」
確かに周りの目を心配する必要はないのだが、雷華は別のことを心配した。
「あ、へへ……す、少し前まではここで弁当食べてて……」
「えぇ……」
泥と草木の匂いが混じる中、雷華は呆れ半分、同情半分の顔になった。
「あ、い、今は全然いいところでご飯食べられてるから、うん」
「いや教室で食えよ」
「ひ、一人でご飯食べているのを見られるの、は、恥ずかしいというか……」
倫太郎は弱弱しく言う。普段の雷華であれば「恥ずかしいとか情けない男だな」と一刀両断するところだが、取引したい内容が内容なだけに取引相手に不機嫌な気持ちにさせるわけにもいかず、
「……ふん」
肯定とも否定ともつかないあいまいな相槌しか打てなかった。
「あ、あの、そ、それで……と、取引、と言うのは」
「……それは」
普段通りの平坦な調子を取り戻す様に、雷華は一回咳ばらいをして、そして覚悟を決めて口を開いた。
「……姉が、その、お前が常連の店で、働いている、だろう。それで……」
「あ! あのはるにゃんさんですよね! はるにゃんさんすっごく接客が優しくて丁寧で、コスプレ衣装もすごく似合ってて――」
「は、恥ずかしいから言うなっ! お、俺は、まだ、行ってないのに」
「常鞘君! コスプレ喫茶行ってみたいの!? それならぜひぜひ! すっごく楽しいよ!」
「うわぁ! 急にまくしたてるなぁ!」
倫太郎が目を輝かせる様に、雷華は後ずさりしてしまう。
「コスプレ喫茶って最初はちょっと緊張するかもしれないけど、店内の雰囲気はすごく明るいし、ボイスの種類もたくさんあるし、オムライスは実際に絵を描いてくれたりするんだよ! キャストの方のコスプレも多種多様で綺麗だし、ご飯も美味しいし、周りはオタクしかいないから自分の好きに没頭できるすごいいい空間で――」
「わ、わかったわかった、わかったって!」
はあはあ、と雷華は額の汗をぬぐった。なんで早口になってしゃべるこいつよりも俺の方が汗をかいているんだ、と雷華は歯ぎしりする。
「一旦落ち着け。接客されたいとかは、あれだ。その……姉がどんな接客をしているのかを、確認するためだ。ちゃんと働いているかどうか、見定めないとだから。色々とふわふわしている人間だから、こう、あぶなっかしいところもあるし……」
雷華は先ほど慌てて口に出してしまった言葉をなんとか訂正しにかかる。
このままでは自分が『コスプレしたお姉ちゃんに接客されたいけど一人じゃ恥ずかしくて行けない弟』みたいに思われるからだ。
「あ、そ、それは心配ないですよ! す――後輩の人からもすごく慕われていますし!」
「ちょっと一回黙っててもらえるか?」
「あっ、す、すいません」
(こいつと話すの、疲れる……)
雷華は口に出しかけた悪態をなんとか心の中でとどめた。
「……とはいえ、一人では行きづらいだろう、コスプレ喫茶は」
「あ、わ、分かるよ! お、俺も最初はドキドキしてて怖かったけど、でも一回行ったらあとは意外とハードルが低くなって」
「お、おまえ……コスプレ喫茶の話になると急に元気になるな……」
「あっ……す、すいません……」
「いや別に謝らなくていい……ああもう」
はあ、と雷華はため息をついた。
おどおどしていると思ったら急に距離を詰めてきたり、かと思えば退いたりするから雷華は会話のペースがつかめず調子が狂ってしまう。
「……そういう訳で、お前と……取引したいことがある」
「は、はい……?」
「……俺と一緒に……コスプレ喫茶、に……来い」
「え!?!?!!?!?!? 行く行く!!!!!!!! ぜひぜひ!!!!!! うっわうれしい!!!!!」
満開の笑顔で倫太郎は飛び跳ねる様に喜んだ。
「うるせえよ」
「あっ、は、はい……」
雷華の言葉で一瞬でしゅんとなる倫太郎。だが、雷華からのお誘いに、倫太郎は心湧きたつものを感じていた。
(や、やった……! 俺と同じ趣味を持っている人……それも、同性の、と……友達が出来たんだ!)
男友達、というものに倫太郎は憧れがあった。
俺お前の関係で、気軽に軽口を言い合い、気兼ねなく会話ができるような存在。
異性同士では話題にだすのに躊躇してしまうようなネタの話とか、同性同士でしかできないようなノリ、掛け合い。
それが叶ったと思い、倫太郎はそれはもうウキウキだった。
「……そんな反応されるとは思ってもいなかったのだが」
「え、あ、そ、そうかな!? あ、あははははは!」
上機嫌になる倫太郎を見て、雷華は一人思う。
(……多分、こいつなら、自分の姉がコスプレ喫茶に働いているってことを嬉々として周りに広めないだろう。だって、広めるような友達がいないんだから)
雷華は、自分の姉の仕事を”面白い話題”の一つとして消費でもされることに強い忌避感を覚えていた。
『あいつの姉、コスプレ喫茶で働いてるんだってよ!』『今度みんなでコスプレ喫茶押しかけようぜ!』『常鞘君のお姉さんの顔見て見たい!』『萌え萌えきゅんってやつ、みんなで言わせようぜ!』
そんな調子で姉が振り回されるのは目に見えていたから。
だから、友達もいない、コスプレ喫茶に精通している倫太郎に取引を持ち掛けたのだ。
「……で、取引なわけだから、もちろんタダとは言わない。代わりに、何か一つ、君の言うことをなんでも聞いてあげようじゃないか」
「……え?」
倫太郎はきょとんとした。
友達……なのに、一緒にコスプレ喫茶に行くだけなのに、どうして等価交換じみたことが必要になるのだろうか、と。
それは――雷華が倫太郎のことを友達だなどと思ってもいないからだ。
ただの、コスプレ喫茶に行くための都合のいい存在なだけで、それで友達になりたいなどとは雷華は考えてもいない。
この取引が完了すれば、そのあとは会話する必要もない関係になるだけ。
ここまで雷華が冷淡であるのは、何も倫太郎の性格が弱気だからとか、陰気な人間だからというわけではない。
雷華自身が、友達を必要としていないからだ。
陽キャだろうが陰キャだろうが、誰であっても同じような態度をとる。それが雷華。
「なんでもいい。まあ、常識の範囲内で」
そんな雷華の心の内を知らない倫太郎は『友達なんだから遠慮しなくてもいいのに』と思いながらも――ずっと考えていたことを、雷華に頼みたかったことを、倫太郎は勇気を出して告げた。
「なら……あの、カラオケに、来てほしい」
「……」
雷華は顔をしかめるのを、堪えた。
こいつも他の連中と同じか、俺を見世物か何かと思っていやがる、と。
(だたまあ……取引しているわけだから、タダで注文しようとするほかのやつらとは違うか。はあ、何を歌えば満足するのやら……)
「で? 何の曲を歌えばいいんだ俺は」
「あ、い、いや、その、歌ってほしいのではなくて」
「……は?」
「つ、常鞘君に、う、歌を教えてほしい人が、いるんです」
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