第27話 歌が上手いって、どういうこと?
「朽ち果てた夢の残骸でツギハギだらけの爆弾を作る それが冷笑を打ち砕く僕だけの兵器でありフィロソフィー 」
そして曲が終わった。
「いや……いい曲なんすよ、これ……」
満足げにマイクを置く倫太郎に、かなたがつかさず突っ込む。
「場を温めろっつっただろうが」
「暗い曲だと思われがちなんですけど暗い歌詞の中に確かに光が見えて……こう、闇があるから光がより一層際立つというか、歌手の人がこう信じる”光”が鮮明に感じられますよね。いろんな人に共感できる歌詞だと思います」
「この歌手の人ってこんな暗い歌ばっかり歌ってんの?」
「まさにそう思われてて腹が立つっていう愚痴みたいな歌詞の曲があるくらいには」
「自覚はしているのか……」
「でも前歌ってたアニメの主題歌の時はすっごいさわやかな曲だったんですよ。青空に向かって歌え、っていう曲知ってます?」
「え、あ、あの曲歌ってた人なの!? 他の曲こんな感じなんだ。うわ、もっとさわやかな曲歌ってるものかと」
「『新シキ言ノ葉ノ秩序宣言』っていう世の中から消し去られた言葉を取り戻すっていうストーリーに仕立てたライブもすっごい良かったんですよ」
「ロックすぎる」
あまりにも想像とかけ離れた歌を歌ったので、かなたは逆に緊張がほぐれた。
(まあ、確かに、好きな曲を歌うっていうのは大事だもんな)
「よし、じゃあ歌うか! さあ聞け!! きまぐれ乙女のメランコリー!」
かなたは自分を奮い立たせるようにマイクを握る。
歌うのは一昔前に流行った曲であり、最近ではアニメのEDのカバー曲としても採用されている、アップテンポで楽しい曲だ。恋愛の曲であり、歌詞も甘酸っぱい青春漂う名曲。
「おおー!」
倫太郎は拍手して盛り上げる。
「いっくぞー!」
かなたが己を奮い立たせようとした、その時だった。
瞬間、緊張がゾッと湧いてくる。自分は一か月後、50人いる前で歌うことになるのか、と。
「メランコリーな私の声を 聴いてよ ねぇ」
自分の声が、耳をつんざく。
なんだ、この声。
(……釘矢君の目の前でカスみたいな声の歌を披露するだけだ。それの何が緊張するってんだ)
倫太郎の顔をチラ見する。
倫太郎は目を輝かせて、こちらを向いている。友達の歌声を聴く、という体験にわくわくしているようだった。
(そうだ、うん、彼なら、私がどんな声を出そうとも喜ぶだろ……かわいいとか言って……いや何考えてんだ私は。まあでもうん、それで、一旦は良い……)
それで乗り切ろうとする。
下手であっても、どうしようもなくても、歌いきれればそれでいい、とりあえずは。
『あなた、本当に可愛くないわね』
『なんでこんなに音楽の才能がないの』
『はぁ、ほんと、くだらない』
『あなたに期待した私がばかみたい』
幻聴が聞こえる。
幼いころから延々と聞かされてきた、言葉。
自尊心をゴリゴリと削られた、言葉。
それが耳にこびりついて離れてくれない。
「私がどんなにワガママをいっても離さないでね 絶対だよ 恋しい人」
かなたはかき消そうとばかりに声を張り上げる。
「おおー……!」
歌い切ったかなたに、倫太郎は律儀に拍手をする。
「で、どうだった。変でしょ、私の声」
かなたはマイクを乱雑に置く。苦虫を嚙み潰したような顔で。
「……え?」
一瞬、倫太郎はマイクの置く音とかなたの沈んだ声に怯んでしまった。
「あ、いや、なんでもない、ちょっとガチになっちゃったわ、わはは」
自分が倫太郎をビビらせてしまったことに気が付き、かなたはマイクを置きなおしながら表情をさらっと変えてへらへらと笑う。
「音程はともかくとしてさ、なんか、私の声って変だし、違和感あるでしょ? どうしたら直せるかなって思って。どうよ」
「え、いや、その……」
「なんだよ、そんなごまかさなくてもいいって。正直に言いたまえよ」
倫太郎は正直、分からなかった。
かなたが音痴なのかどうか。
プロレベルではないかもしれないけど、素人レベルだといい感じじゃないのか、あるいはそうじゃないのか、とか。
(初めてカラオケ行ったから、素人レベルがどんなものなのかさっぱり分からない……)
「か、歌詞を全部覚えてるのって、すごいと思うんですよ」
声以外のところを倫太郎は褒めようとする。事実、かなたは画面を見ずに歌いきっており、歌い間違えることはなかった。
それは間違いなくかなたの努力の賜物であるはずなのだが、
「文字覚えることくらい、小学生のガキでもできらぁ。それに仮にど忘れしても本番のステージには歌詞表示する機械のやつ(プロンプター)あるし」
かなたは気にも留めない。
へたくそな歌を歌っているのだから、これくらいの埋め合わせの努力は当たり前と、本気で思っているようだ。
(こ、声……褒める、としたら、どんなことが……あっ!)
「でも、こういう声を出せるんだって、思い、ました!」
「……そういう声?」
「な、なんというか、こう、か、かわ――」
「じーっ……」
可愛い、と言いかけたところでかなたが『可愛いって次言ったら殴るからな(拳の絵文字)』と拳を構えていた。
「あ、な、なんでもないです……で、でも! 違和感を覚えるようなことはなかったと思います」
倫太郎は、何と言えばいいのか分からない。
うまかったです、と答えるのも違うと思った。
うまいと言っても、おそらく多分、かなたには届かない。
「嘘だ絶対に変だと思ってる」
「な、なんでそんなに……」
「私、録音したんだよ、自分の歌ってる声」
背もたれに体を預け、不貞腐れたように腕を組む。
「そしたら信じられんほどに自分の声がゲロすぎた」
「……声優の人のインタビューとか自分の声にそういう葛藤とかあったって聞いたことがあります」
「情報源がオタクすぎる」
ちょっとだけかなたは笑った。そして、すぐ表情がもとに戻った。
「でもなんか私がキモってなったらキモいんだよ。なんか、こんなんで歌っていいのかって思っちまう」
かなたは、顔を伏せて、重い溜息をつきながら、言った。
「プロの人は、違うじゃん。私には、そういう特別な才能があるわけじゃない」
才能、と言う言葉を、かなたは重く重く、言う。
幻聴が、それに付随するように頭の中で反響する。
「私は、才能がある声で生まれてない。情けない声を出すしかない、変なオタク女なんだよな」
「でも、鈴木さんのことを推してくれてる人がいるじゃないですか。その人たちも好きだって思うはずですよ」
少なくとも店長やキャストの人たちはかなたの歌を楽しみにしている。それに、ライブに来る常連だってかなたのことは知っているし、歌を聞いてみたいと思っているはずだ。
そんな倫太郎の励ましを、かなたは、
「いやー、どうかなぁ。さみぃライブになっちまったらまーじで申し訳ねえわ」
受け取らなかった。
「だから、変な声だと思ったときはバンバン指摘してほしいわけだよ」
気を取り直し、かなたは再びリモコンを操作して曲を流し始める。
「し、指摘って」
どうすればいいのだろうか。何をどうアドバイスしたらいいのだろうか。
倫太郎は分からない。
(そもそも……歌が上手いって、どういうことなんだろう)
「頼むぞ」
そしてかなたは再び歌いなおした。
表情が、硬い。
(そんな、直すようなことなんだろうか。声、変えるなんて……無理じゃないか? 俺の身長が変わらないのと同じように。声だって、同じだ)
また一曲歌い終わり、かなたは倫太郎に問う。表情は相変わらず、緊張したままだ。
「で、どう? 変だった? 私の声」
「なんというか……ぎこちない、気がします」
「それは……まあ、そうなんだけど」
自分が思っている通りのことを言われ、かなたはちょっと参った。
「そうなんだよな、ぎこちない。こう……こなれてないって感じ。超上手い人ってすごいノリノリで気持ちよさそうに歌うじゃん。それになりたい」
「な、なるほど……あ! 合いの手とか、やってみましょうか。このタンバリンでシャンシャンやってみましょうか! そうしたらいい感じにノリノリになるんじゃないでしょうか!」
「あー、一回やってみっか。よろしく頼むわ」
「は、はい!」
それから倫太郎は、1時間以上のかなたの歌の練習に付き合った。同じ曲を何度も歌うかなたに、倫太郎はタンバリンや合いの手を駆使して盛り上げていく。
ちょっとした振付を提案してみて、それにかなたは面白がりながら歌う、そんなことをしてみた。
すこしでも、かなたが楽しそうに歌ってくれるように。
だが、最後の最後まで、かなたの表情は変わらなかった。
「……あー、やっべ、喉死にそう。今日はこれくらいにするか。ごめんな、釘矢君。こんなんに付き合わせちまって」
飲み放題のドリンクを飲みほしたところで、かなたは倫太郎に言う。
「あ、いや、俺は楽しかったです。あと、ここのポテトめっちゃうまいです」
「そりゃよかった。私食べきれねえからあと全部食べていいよ」
倫太郎がポテトを食べきるまでを見届けてから、かなたは倫太郎を連れてブースを出る。
会計を済ませ(倫太郎は何度も何度も割り勘、いやポテト食べた量で言えばもっと払いますと言ったがかなたは全部無視しておごった)、いつものように駅まで一緒に歩く。
その間もずっと、かなたは自分の歌の変な所を面白おかしくしゃべっていた。それを倫太郎は否定も肯定もできないでいた。
「今日は付き合ってくれてありがとうな。喉ガラガラで明日やべえかも」
「お疲れさまでした……のど飴飲んでくださいね」
「おう。8745135123個飲むわ」
「死ぬのでは?」
そうして二人は解散する。
そうして電車に乗りながら、倫太郎は一人考えた。
(……鈴木さん、大丈夫……じゃない、よな……)
ライブを前にして緊張しているのなら、練習にとことん付き合って少しでも自信を付ける、そんなサポートはできるはずだし、かなたのためなら何十曲でも何百曲でも練習に付き合ってあげたいと思っている。
だが、かなたが抱えている問題は緊張ではなく――少し過剰と思えるような、自虐だ。
(どうすればいいんだろう。鈴木さんが……自分が歌が上手いと、思えるようになればいいのかな)
だが、それは自分がいくら上手上手だと言っても、歌になんの知識も経験もない自分が言っても何も響かないかもしれない。
いい意味で、悪い意味で、かなたはストイックだ。
生半可の誉め言葉は、逆効果だ。
(誰か、歌が上手い人に……指導してもらうとか……でも、そんな人……身近に)
「あっ」
倫太郎はハッと顔を上げた。
(……常鞘君に、カラオケに来てもらうのはどうだろうか)
前の席に座る、男子生徒。声楽を嗜む、声がとにかくきれいな人。
(そうだ、それがいい。歌が上手い人に指導されるなりして技術的なことを教えてもらえれば、鈴木さんも自信をつけてくれるかもしれない、よし!)
と倫太郎は拳をぎゅっと握ったところで――倫太郎は思い至る。
(……まてよ、常鞘君にカラオケに誘うってことは……友達に、なるってことだよな。まあそれはそうだよな、友達と行くもんだよなカラオケって)
(………………と、友達って、どうやってなるんだっけ……)
このところ立て続けに友達が増えてきたところだったが、偶発的な出会いによるもので、狙って自分から友達になってほしいと行動したことはなかった。
倫太郎は気が付く。
これまでの自分の行動は全部、受け身であるということを。
(ど……どうしよう……!)
迷う、怖くなる、失敗する自分を想像して胃がキリキリとする。
(……い、いや、でも!)
これまでずっと、かなたは引っ張ってくれたのだ、孤独だった自分を助けてくれたのだ。
自分だって、かなたを支えてあげたい。
(よし……が、頑張るぞ!)
16歳にして倫太郎は生まれて初めて、自分から友達を作ろうと決心した。
大切な人――かなたのために。
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