第26話 守りたい、この笑顔……
かなたを可愛いと褒めたのが後になって冷静になるととんでもないことを言ってしまったのではないか? と倫太郎が今更ながら夜な夜な悶絶してから数日が経った。
そんな倫太郎の心境を反映するかのように、空は朝から雨模様だった。
昼休みになり、皆がそぞろに机に集まっては弁当を食べ始める。
(鈴木さんが教えてくれた倉庫の屋上……あそこにいけばぼっちだと思われないで済むからありがたかった、だけれど……)
だが、今日の雨では屋上には上がれない。
(寂しいけど、一人で食べようかな……)
別のクラスであるかなたや雫を誘う訳にもいかない。
(……こ、このクラスでも友達が、いたらな……。誰か声をかけてきてくれないかなとか、そんな都合のいいことばっかり考えたらダメなのは、分かっているけれど……)
倫太郎は、かなたと出会う前によく食べていた場所(屋上に向かう階段の踊り場)に行こうかと席を立とうとした。
「おい、ちょっといいか」
え? と倫太郎はびっくりする。
倫太郎の席(倫太郎は背が高いので後ろの窓際の席が指定席になっている)の前には、席替えで新しい人が座っていた。
話したことはない。ただ、名前は知っていた。
その前の席の男子、常鞘雷華が、倫太郎の方を振り向いたのだ。
「あ、は、……はいっ!」
雷華は、同性である倫太郎が思わずドキッとしてしまうほどに端麗な顔立ちをしていた。
はっきりとした二重の瞳、彫刻刀で美しく形どられたかのような輪郭と鼻梁、月のように白い肌、そして砂糖菓子のように甘い童顔。
低い背と細い体、色つやのある長い前髪という中性的な見た目という、正に見目麗しいイケメン男子だ。
そんな雷華は、倫太郎の机にタオルを置く。
「え?」
「ちょっと借りるわ」
そして、そのタオルの上に顔を、突っ伏した。
「え、え?」
倫太郎は慌てていると、彼を弁当に誘ってきた男子(雷華と同じ陸上部)がこちらをうかがっている。
倫太郎が怖くて近寄れないが、友達とささやきあう声は聞こえてくる。
「あいつ、釘矢を魔除け扱いしてるのかよ!? 怖いもん知らずすぎる。いくら追っかけの女子がうざいからってそこまでするかよ……」
そういえば、と倫太郎は思い出す。
陸上部たちとご飯を食べている雷華が、昼休みに時折女子たちに声を掛けられていたことを。
顔の良さに加え、ピアノや声楽を嗜む芸術家な一面もある。中学の頃には文化祭で独唱を披露して、ほとんどオペラを知らない生徒が大半であるなか圧倒的な声量と美声で万雷の拍手をかっさらったという逸話を持つ。
今は陸上部に所属しているが、これは将来声楽家として活動していくうえで体力を付けなければならないからという理由のようで、週に何度か陸上部を休んで学校外の教室に通って声楽のレッスンを続けている。周りの学生たちが将来の夢があやふやなまま学校生活を過ごしているのとは裏腹に、雷華の大学の志望校は決まっていた。東京藝術大学声楽科。
すでに中学で全国コンクール入賞の経歴を持つ雷華は、この高校生活の道筋は決してゆるぎないほどに固まっていた。
確かな才覚があり、麗しい美貌を兼ね備える雷華は特に女子からの人気は高く、昼休みなどに女子から熱烈なアピールを受けている。
ただ、雷華自身はそういうのに一切興味がないのか、うざったいように扱っていた。
そんな中、学校で一番と言ってもいいほどに恐れられている倫太郎が自分の席の後ろに居る。
つまり、倫太郎が近くに居れば、女子とて近づけはしないだろうということだ。
「すー、すー……」
このまま昼休みが終わるまで寝ようというのか、寝息すら聞こえてきた。
その寝息ですら聞き入ってしまいそうになる。
清らかで涼しい声。天然の美音で奏でるそれをこんな間近で聞くことができるのは、雷華を追っかける女子たちには垂涎モノだろう。
ふと教室の外に目を向けると、こちらを恨めしそうににらんでいる女子たちがいた。だが、倫太郎と目線が会うと怯えたように顔を背け、そのまま立ち去ってしまった。
雷華は完全に寝入っている。おそらく昼休みが終わるまでこのままなのかもしれない。
「あいつ、大丈夫かよ……釘矢に殺されるんじゃねえのか、あんなことして……」
同じ陸上部の男子たちは、恐れおののきながら離れていく。
一方の倫太郎はと言うと……
(ひ、昼休みに同性と一緒にご飯食べるのなんて初めてだ!)
一緒に、というのをどう解釈するかは別として、倫太郎は目の前の自分の机を占拠している雷華にありがとうという気持ちを込めて席に座りなおし、弁当を取り出していただきますと手を合わせた。
◇◇
「……そういう訳で、俺、初めて昼休みに男子とご飯食べれたんですよ!」
(これ、なんて答えるのが正解なんだ……?)
雨上がりの校門で待ち合わせしていて、やってきた倫太郎がいつも以上ににっこにこな笑顔をしていて、あまりにも聞き待ち状態だったので「何かあった?」と聞いてあげると「え!? 何かあったように見えました!?」と返してきて「それ無自覚だったのかい」とかなたは突っ込んだ。
そうしてうっきうきな表情で話し、かなたはなんと返せばいいのか思い悩む。
それは一緒に食べたと言えるのか? というか壁扱いされてるけどそこは受け入れていいのか? など。
「いやぁ、男子に話しかけられたの初めてでっ……! すっごい今日うれしいんです! 良い人だなぁ、常鞘君……!」
だが、にこやかに話す倫太郎を見ると、どうしても”正論と言う名の言葉の刃”を倫太郎に向けることはどうしても忍びなかった。
「……よかったじゃん」
「はいっ!」
(守りたい、この笑顔……)
かなたは心の中で独りごちた。
「……それで、カラオケはどこに行くんですか?」
「いつもの日本大橋。姉御が割引チケットくれた」
「了解です。それにしても……鈴木さんがailes d’angeの周年ライブに出るなんて、すっごいです!」
「まあまあ、新人の賑やかし要因だけど」
話は数日前にさかのぼる。
『カラオケでライブの練習に付き合ってくんね?』
そんなかなたのLANEメッセージが倫太郎のもとに届いた。
ailes d’angeでは開業日にライブスタジオを貸し切って周年ライブを行うのが習わしになっている。今年で2周年だが、来場するファンの評判も上々で今年は少し広いスタジオをレンタルしたのだとか。とはいえ、元々30人キャパだったのが50人キャパに増えるという規模感の話であり、カラオケ音源で歌う身内感漂うライブではあるから、あまり気負いすぎるなよとは店長から言われている。忘年会のカラオケ大会のようなものだし、ただ楽しく歌ってもらえればそれでよいと。
かなたに任されたのは、最初と最後に全員で歌う歌と、中盤で歌うソロ曲だ。特にソロ曲に関しては新人の晴れ舞台とだけあって……
『お姉さま方に少しでも恥ずかしくねえところ見せたくねえのよ』
店長の言葉とは裏腹に緊張してしまっているようだ。
そんなライブが一か月前に迫ったところで、本格的にカラオケで練習しようと、かなたは倫太郎を誘ったのだった。
雫は美術部で忙しそうにしているし、同じ帰宅部の倫太郎なら都合が合いやすいだろうという判断だったのだが、その遊びのお誘いを受けた倫太郎はいたく喜んだのは言うまでもない。
「そういう訳で、カラオケで私歌うから、ぜひとも忌憚のない意見を聞かせてほしいというわけだよ」
「……カラオケって、初めて行くんですけど、俺、どうしたらいいんでしょうか……」
「私が全部やるからまあ適当にしているがよい」
そんなわけで日本大橋のカラオケ店にやってきた。学生服の男女とあって店員たちはカップルかな? と思っていたが、ちっちゃなかなたが予約と受付を済ませ、その後ろに大人しく付いて歩く大男の倫太郎の姿を見て、
『猛獣を飼いならす女……?』
とかなたに対し戦々恐々としていた。
「うわぁ、カラオケってこんな感じなんですね!」
ブースに入って、開口一番倫太郎は目を輝かせた。
「こうやって暗い部屋で歌うものなんですね!」
「いや電気消してるだけ」
かなたはパチッと電灯のスイッチを押した。
「あ、はい」
恥ずかしがりながらも倫太郎は、ブースを見渡す。マイクスタンド、大きなディスプレイ、フードメニュー……初めての倫太郎にとって目に見えるすべてが新鮮だった。
「す、すごい……ま、漫画で見たことはあったんですけど、こういう感じなんですね!」
「日本のサブカルが好きで留学してきた留学生みたいなこと言ってて草」
しかし、その倫太郎のリアクションを構成する感情は驚きが100%ではなかった。
(っ……! か、カラオケのブースって思ってた以上に密室だっ……!!)
扉を閉めてしまうと、周りのにぎやかな歌声はシャットダウンされ、かなたと二人きりの空間になる。室内の音だけが明瞭に聞こえ、かなたの息遣いや手と足が何かに擦る音さえも敏感に感じ取れる。
『釘矢君はかなたちゃんのことが好きなんだ?』
雫の言葉を思い出してしまう。
自分がかなたのことを好きだなんて、そんなかなたに失礼なことを考えてしまう自分が情けなくて仕方がない。
そして、それをいつまでも意識してしまう、考えてしまう自分が、もっと恥ずかしい。
(ふ、二人っきりだと思うと……ど、ドキドキが止まらなくなるっ……!)
だからそれをごまかそうと、必要以上にオーバーリアクションを取ってしまっていたのだった。
「とりあえず場を温めるかぁ」
かなたはソファに座り、それに合わせて倫太郎は慌ててかなたの真向かいに座った。
「じゃあ、初めてのカラオケ記念と言うことで……歌ってみてよ、一曲!」
そしてかなたはさっとタッチパネルのリモコンを倫太郎に手渡す。
「え……えぇ!?」
「ほら、初めてなんでしょ? 私だけ歌いっぱなしなのは忍びないしね。歌ってみたいでしょ」
「あ、そ、それは、そうなん、ですけど……い、いいんですか……?」
「いいんだよ、自分の好きな歌を聞かせておくれよ」
わくわくとリモコンを向けるかなたの顔を見て、倫太郎はさらに脈が高くなっていく。
人懐っこい、やわらかくて、そして小さな顔。
制服の、放課後でもボタンを緩めないカチッとした生真面目な姿。
――可愛い。
一度口火を切ってしまった故、倫太郎はかなたの顔を見るたびに、頭の中からその言葉があふれてくるようになっていた。
「な、なに、歌おうかなっ……!」
それを決してかなたに悟られてはいけないと、倫太郎はそそくさとリモコンを手に取って画面に向き合う。
「自分の好きな曲を唄えばいいよん」
ふと、かなたは思った。
(そういえばどんな曲聞いてんだろう……萌え曲と思ったけど、高い声だせるのかな)
(まあ高い声出せなくて困った顔をする彼の顔を見てみるのもいいか)
(声低いし、渋いアニメの主題歌とか似合いそうだなぁ)
(さあて、どんな曲で盛り上げてくれるのかねぇ。ここはオタク君の選曲のセンスの見せどころだ)
「じゃあこれ唄います!」
悩んだ結果、倫太郎はリモコンの送信ボタンを押した。
「あ、あの、お、俺がずっと好きな歌手の人で、すっごいいい歌を作るんです! サラシアメ、っていう人なんですけど!」
画面に曲名が表示される。
『爆弾を作る方法』
「……ん?」
そして奏でられる、暗い曲調。ピアノの旋律がモノ悲し気に奏でられていく。
「成し遂げられなかった夢をそんな大事そうに抱えて不貞寝して 目が覚めたら夕日の日差しで一日を不意にしたことを悟る今の気分はどうだ ざまあないぜ」
倫太郎はものすごい暗い曲と歌詞をものすごい真剣な顔で歌う。
「なんかつらいことでもあった?」
かなたがちょっと心配になるくらい、倫太郎は真に迫った顔でずっと延々と暗くてよどんた歌詞を唄う。
ただ、倫太郎自身はというと、めちゃくちゃ気持ちよく歌っていた。
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