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第25話 てんやわんや、春

「いやー、今日楽しかったなー! 釘矢君のおかげでいろんなところ行けたし、次は君が行きたいところを誘ってみたまえよ」


 喫茶店から出て、帰りの電車までの道を三人はかなたを先頭に歩く。夕方の日差しに照らされたかなたが後ろの倫太郎に振り返り、にかっと笑う。


「え、あ、お、俺、ですか……!? ど、どうしようかな……どこ、行ってみたいかな……」


 とっさに言われて逡巡しながらも倫太郎は、自分が言い出すよりも先に次の予定の音頭を取ってくれるかなたに感謝していた。引っ込み思案の自分は、遊びに行こうと誘う勇気がなかなか出せない。でも、かなたは当然といった口ぶりで遊びの予定を入れてくれる。


(本当にありがたいけど……でも、行きたい店が、思いつかない……せっかく、誘ってくれているのに、ああ……)

 

 なかなか次の言葉が出てこない倫太郎に、かなたはつかさずフォローを入れた。


「ふむ、いろいろ悩んでいるようだね。それだったらUG行かね? ほら、服ってそのトレーニングウェアしかないんでしょ? せっかくだったら服屋で色々似合いそうな服選んであげようぜ、雫!」


「わぁ、それすごくいいかも! 釘矢君ってすっごく体おっきいから、男の子っぽい派手な服も似合うかも!」


「おお、いいじゃんいいじゃん! UGにあるかわかんねえけど革ジャンあったら着させてみてえ。ぜってえかっこいいから!」


「グラサンも付けたりとかね!」


「やばすぎ! あ、釘矢君。もちろん君がどんな服を着たいかが大事だからそこらへんは君の意見をちゃんと聞かせてもらうよ。ふふ、どう?」


「あ、は……はい! お、お願いします!」


 ファッションセンスというものに全く自信がない倫太郎にとって、女子である二人に服屋で選んでくれるのは願ったり叶ったりだ。


(す、すごい……お、俺が望むようなお店を考えて選んでくれてる……)

 

「おっけー決まり! じゃあ次の土曜日……はシフトあっから日曜でいい? 雫は確か日曜日オッケーだったよね」


「うん、大丈夫だよ! 楽しみだなぁ、釘矢君の服選ぶの!」


「こんどは昼ごはんは彼にパンケーキうまいところ教えてやろうぜ、男の子は多分いかんだろうし」


「いいね! あそこ、11時からずっと並んでるから早めに行かないとだね」


 かなたはスムーズにサクッと予定を決めていく。そんなかなたの後姿を、頼もしい小さい背中を、倫太郎は呼び止めた。


「あ、あの、鈴木さん!」


 胸が高鳴る。自分も、かなたに返したい。

 もっと、かなたが自信を持ってくれるように。

 自虐しなくなるように。

 単なるエゴかもしれないけれど、でも。


(心からの、本心の言葉を伝えるんだ。鈴木さんに。俺が鈴木さんを褒めたいと思っている、一番のことを!)

 

「うん? どしたん?」


 雫は倫太郎に期待を寄せる。

 一体どんな言葉でかなたを褒めるのだろうか、と。


 ――予定を決めてくれてありがとうございます!

 ――本当にいつも頼りになります!

 ――鈴木さんは俺の理想の友達です!


(かなたちゃん、ただの誉め言葉だと軽くいなしちゃうからねぇ。さあて、どんなことを言うのかな……)

 

「……その、あの、えっと、う、と、あの、えっと」

 

「いつも以上にどもってるなぁ。どしたん話きこか? うんうんそれは彼氏が悪いねぇ。俺だったらそんな気持ちにさせないのになぁ」




 



「あの……鈴木さんは……めっちゃ、可愛いです」






 

 

「……ふぇ!?!?!?!?!?!?!」


 かなたは素っ頓狂な声を上げてしまった。思わず周囲の人たちが振り返ってしまうほど、空まで突きあがるような声で。


「な、ななんあなななななな、なにを急にどうしてなにをいっているんだい君は!?!?!?!?!?」


「あの、こ、コスプレ喫茶の時、とか……メイド服、すっごい可愛くて似合っているし……自由気ままな態度でありながら給仕するっていうメイド服のギャップもすごくいいですし、それにメイド服の着こなし方もきちんとしていて、ボタンも全部閉めてお淑やかな雰囲気があって……ロングスカートで歩くたびにこう揺れて、ふんわりと舞っているのを見るのがすっごく好きなんです、その、鈴木さんがそういうはためく自分のスカートを見て本当に楽しそうにしているのが、見てて分かって……すっごいお気に入りの衣装なんだってなるのが、そういううれしい思いを隠さないで給仕されるっていう姿が俺見ててとってもかわいいんです。それに、オムライスの絵も可愛いし、萌え萌えの、ボイスも、ガチ恋ボイスも、声の出し方がこうオタクだからこそこうあえて狙いに行っている感が、その、あざとくてそういう小悪魔っぽいなって、思って……それに、最後まで恥ずかしがらずにボイスを言い切るっていうのも含めて本当に真面目な人だなって思いますし、そういうのが感じ取れてより一層可愛く思えるんです。先輩のキャストさんたちにも可愛がられていて、いい後輩しているなっていうのも含めて、そういう人間性というか、愛され具合がいいなって……。それと、今日のファッションもすっごいサブカル系で鈴木さんにすっごい似合うし、パーカーの猫耳とかも本当に小動物的な可愛さがあってちょっとオーバーサイズな服でぶかぶかとしているのとか袖を余らせた状態で腕をプラプラと動かして歩いているのとか元気だなって、鈴木さんが感じている楽しさがこっちにも伝わってきてそういう無意識かもしれないですけどそういうしぐさとか癖とかが可愛くて、それで――」

 

「は、恥ずかしい、から、そ、それ以上言うなぁ!」


 ハッと倫太郎は我に返った。気が付けばいつもの好きを語るのと同じノリで、延々とかなたの可愛いところを語っていた。

 雫は隣で大爆笑している。


(釘矢君、さ、さすが……! かなたちゃんが卑下する暇も与えないくらいに言葉の暴力で圧倒させる……!)

 

「ご、ごめんなさいっ……」


 リンゴのように顔を真っ赤にしながら怒るかなたに、倫太郎は平謝りした。


(お、俺みたいな人間に可愛いって言われるの、そうだよな、嫌だよな……)


「こ、こんな大衆の面前で言うことじゃあないだろっ!? び、びっくりさせるなよ……!」


「え? じ、じゃあ、お、俺が鈴木さんに可愛いっていうのは、い、嫌なことではないっていう、ことですか……?」


 暴走したら止まらない倫太郎はかなたにぐいぐいと迫る。

 そんな倫太郎に、かなたはたじろいでしまっていた。

 そもそも可愛いだとか言われるなんて全く予想していなかったから、かなたはテンパってしまっている。

 

「う、う、うるせえ!! と、というかというかあれだからな! 言っとくけどコスプレ喫茶ん時と雫と遊ぶ時くらいは化粧してるけど学校だとだるいから適当な化粧しかしてないからな! 明日学校言ってがっかりすんじゃねえぞ!」

 

「コスプレ喫茶の時と学校の時も、どっちも可愛いです……」

 

「あーっ、もう、そうじゃない! そうじゃないんだよぉ! もーっ!」 

 

「釘矢君。流石に直球すぎるよそれ」

 

「え、だ、ダメですかこれ!?」

 

「ま、なんでも冗談で躱そうとするかなたちゃんには、これくらい強烈に言ってくれた方がちょうどいいかもしれないけどね」

 

「うるせーーーーーーーーーーー!」

 

 可愛い。可愛い。可愛い。


 そんな倫太郎の声がいつまでも頭の中でハウリングして、それをごまかすようにかなたは叫んだのだった。

 


 ◇◇◇




 夜。家に戻る道を1人歩くかなた。

 信号待ちの間に、かなたは倫太郎にメッセージを送る。

 

{可愛いって次言ったら殴るからな(拳の絵文字)>


 駅で別れる間際までかなたはプンスカと怒り続けたせいか、倫太郎は即座に返事した。

 

<本当にすみませんでした>


 その返事の速さにかなたは思わずクスッと笑ってしまった。

 

(……あー、まあ、ちょっかいかけるためにあんなこと言ったわけじゃないってのは、そうなんだろうけれども)


 きっと純粋な気持ちで言ったんだろうな……というのが倫太郎の純朴な性格を知っているから、みるからに落ち込んでいそうな倫太郎がちょっとだけ可哀想だった。

 

<わかればよろし><明日からの学校もよろしくな>


 一応、別に喧嘩別れしてるわけじゃないからなというのを言外に伝えた。


<よろしくお願いします!!!>


 嬉しそうな返事が爆速で帰ってきた。それにまたちょっと笑ってスマホをカバンにしまう。

 

 信号が青に変わって、横断歩道を歩く。無意識のうちに足取りが軽くなっていて、白線の上を踊るように進んでいく。

 

 気持ちが上ずっているのに気が付いて、かなたは途端に恥ずかしくなった。

 

 これまでお客に可愛いと言われたことは多々あった。

 でも、それは自分が化粧して、可愛い服を着ていて、そしてキャストの中で一番若いからだと思っていた。


 決して”自分”が可愛いわけではない。

 

「あー、もう。なんで彼に言われただけでこんな浮足立ってしまうんだ……」

 

 冷静、冷静、冷静……とかなたは自分に言い聞かせた。

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