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第2話 マゾに目覚めさせちゃった……

 

「……ギルドってビルの三階にあるんですね」

 

「うん。一回がラーメン屋で二階がカードショップ。んで四階がポップアップストア」

 

「オタクの全てだ……」

 

 とんとんと軽快な足取りでビルの薄暗い階段を歩く。そのあとをついていった先が、こころんと名乗る少女が言うギルドだった。

 

 店の入り口の扉の上に、こう書かれていた。

 

 コスプレ喫茶 ailes d’ange(天使の羽)

 

 こころんが扉を開ける。


 店内はメイドカフェによく似ている。だが、メイドカフェとは何かが少し変わっていた。

 

 「「いらっしゃいませ、勇者様!」」

 

 倫太郎を出迎えたのは――まるで魔法少女のような出で立ちをした女性や、ゲームで出てきそうな学園モノの制服、猫耳+猫のしっぽ+和服メイド服なんていう、様々なコスプレに扮した女性たちだった。

 

(メイドカフェ、ではない……?)

 

 「買い物行って来たついでにこの人にお店の場所どこにあるか聞かれたから連れてった! んで私案内しまーす」

 

 こころんは女性のキャストたちに軽快に声をかける。こころんはその背丈のせいもあるが、他のキャストたちと比べても幼く見えた。

 

「こころんちゃんよろしくー!」「お買い物もありがとう! 助かるよぉー!」

 

 妹かのように誉めそやされ、こころんもまんざらでもない風に鼻を高くしている。

 

「それでは勇者様、こちらへ!」

 

 店内には男性客のほかにも女性客の姿もちらほらと見える。それなりに人気があるお店なのかもしれない。

 

「まず、このカフェのコンセプトについてご説明させていただきます!」

 

 案内されるがままに椅子におずおずと座った倫太郎に、こころんは一枚の紙を見せた。

 

 こころんと一緒に読み上げていくうちに、倫太郎はだんだんとこの場所が理解できた。

 

 このコスプレ喫茶は、いわゆるコンセプトカフェの一種であり、独自の世界観、設定をモチーフとしている。

 ここでいうなら異世界を舞台にしたカフェだ。

 

 こころんが差し出した紙には、『ここは、とある異世界のギルド。日々冒険に明け暮れる勇者や魔法使いがひとときの安らぎを求めにやってくる。そこなんと。異世界のゲートが開き、あなたは偶然ここに行き着いたのです!』と記されていた。要はそういうコンセプトだ。

 

 店内を見渡せば、宝箱や剣の模型が飾られていたり、クエストボードには今月のイベントの案内やメニューの紹介などが張られている。

 キャストたちがライブハウスでライブをする――だなんていうイベントもある。倫太郎の知らない世界がそこには広がっていた。


「私たちキャストは、私たちとは異なる世界から来られたお客様に触れられると……冒険者様のあまりの強さにすぐやられてしまいます。ですから、おさわりは絶対、ダメですよ!」

 

「あ、は、はい」

 

 おさわりどころか女性に話しかけることすら苦手なので、そんなことをするなど思いもしなかった。

 

(でも、触ったらどうなんだろう……)

 

「出禁になるからな」

 

 急に耳元でこころんが低い声で囁いた。

 

 「っ!?」

 

「あっはは! すっごい顔してる!」

 

 いたずらな笑顔で笑っている。こういうところがこのこころんと名乗る少女の茶目っ気なのだろうか。倫太郎は女子が急接近してきて心臓がバクバクとしている。

 

「ということで冒険者カードに名前を書いてね」

 

 要はメンバーカードのこと。倫太郎は名前を正直に「釘矢倫太郎」と書いた。

 

「あっはっは! いやあのさ、そういうことじゃなくてね。ええと、じゃあこれでどう?」

 

 新しいメンバーカードに、こころんは面白そうにペンを走らせる。倫太郎のぎこちない文字とは違って、丸っこくて女の子らしい可愛い文字。

 

「りんりん……こうだ、こうしよう! 勇者、リンリン様!」

 

「え、あ、は、はい……」

 

(なんだろう、この妙な感じ……)

 

(はっ! これって……あだ名なのでは!?!?!?!)

 

 これまで友達のいなかった倫太郎にとって、あだ名というものに憧れがあった。それがまさかここで叶うとは……と感慨にふけっていた。

 

「……えっと、どした? おーい、おーい」

 

「あ、す、すいません!」

 

「あの、超適当に書いちゃったけど……嫌だった?」

 

「嫌全然! むしろ、めっちゃうれしいです!」


 元スポーツ少年だったこともあり、はきはきと元気よく答えた。周囲のキャスト、客たちはその声に少し驚いて、そしてほほえましそうに笑う。

 

「すげえいい声で言うじゃんね」


「あっ、あ……ありがとう、ございます」

 

 恥ずかしさで体を小さくしてしまう。でも、いつもよりもちょっと心地よかった。

 

「リンリンっていう名前、一生大切にします……」

 

「う、うん……」

 

 そこまで大事にされるとは思わず、こころんはちょっとだけ引いた。

 

「と言う訳で長々と説明してしまいましたけど、こちらのメニューより一品ご注文ください!」

 

 メニューとしては普通の喫茶店とそこまで変わらないように見える。

 メニューの真下に「特別ボイスプラン 幼馴染ボイスや後輩ボイスなど、様々なコンセプトで冒険者様にご提供します」というよくわからないことが書いてあること以外は。

 

「えっと、じゃあ……アイスコーヒーで」

 

「ボイスはいいの?」

 

「え、あ、えっと」

 

「コーヒー持ってくる直前まで受け付けてるから、頼むならそれまでにねー」

 

 そういってこころんは厨房へと姿を消した。

 

「君、ここは初めてかい」

 

「うわっ」

 

 隣に座っている男性客がにこやかに声をかけてきた。50歳くらいだろうか、このカフェの空気感にすっかりなじんでいるあたり常連なのだろう。

 

「ああ、驚かせて申し訳ない。私は魔法使いのスザクと申します。どうぞよろしく」

 

 メンバーカードを見せるしぐさはまるで名刺を渡すサラリーマンのよう。彼もまた会社の繁栄のために日々奮闘する企業戦士といったところか。

 

「あ、こちらこそ……」

 

 大人にそんなへりくだってあいさつされることなんてなかったから、倫太郎は新鮮だった。

 

(この大人の人は、学校の人みたいに俺を腫れ物扱いしないんだな……)


 そんなことを倫太郎はふと思う。

 同じ、コスプレ喫茶にいるオタクだからだろうか。

 

「こころんさんに誘われてこのギルドに来られたのでしょう。こころんさんはこのギルドの中でも新人の子でね」

 

 そう語るとスザクと名乗る魔法使いの男は、新人写真を優しく見守るかのような優しい目をしていた。

 

(結構、いい人そうなのかな……普通そうだし)

 

「こころんさんの特別プランボイスですが私は罵倒ボイスをお勧めしますね」

 

「やばい人だった」

 

「最初はやばいと思うかもしれませんがこのプランがまた格別でね」

 

「プランじゃなくてあなたに言ってるんですけども」

 

「まあまあ」

 

「まあまあで受け流していいものなんですかねこれ……」

 

 女の子に罵倒されるプラン……なるほど普通の喫茶店とは違う、これがコスプレ喫茶というものなのだろうか。

 

「いやでも……」

 

「お待たせしましたリンリン様。ボイスプランはお決まりですか?」

 

 コーヒーを持ってきたこころん。スザクおじさんは「ほら、これにしなよ、これ」と言う。

 押しに弱い倫太郎は、流されるがままにそれを選んでしまった。

 

「え、あ、あの、その……こ、これ、を……」

 

「承知いたしました!」

 

 だが、倫太郎は一抹の不安を抱えていた。

 こちとら産まれてから周りよりも背が高く、不愛想な表情と内気な性格も相まって周りから不気味に思われてきた。

 それを身長が低いこのこころんと言う子が果たしてできるのかと――

 

「君、背中を伸ばしなさい!」

 

 どすのきいた声が発された。思わずびくっとしてしまい姿勢を正してしまう。スザクおじさんはニコニコと笑っている。

 

「罵倒プラン? ふん、そんなプランを頼むだなんて、あなたってほーんと、情けない人ね! 男の子として恥ずかしくないの?」


 かなたはアニメっぽい声で堂々と罵倒し始めた。ボイスプランは基本的に決まった口上はなく、キャストたちによって自由に決められている。

 そのため、こころんの台詞は全て即興なのだ。


「それに、コーヒーだなんて、なにカッコつけてるのよ。どうせシロップたぁくさん淹れないと飲めないくせに! ほんとっ、情けない男の子なんだからっ!」


 そしてこころんは倫太郎の目の前に雑にコーヒーを置く。ギリギリ零れなかったのはさすがの力加減だ。


「メイドさんに優しくお給仕されると思った? 誰があんたみたいなのに優しくするもんですか! さ、黙って啜りなさい!」


 と言い切って、かなたは満足げに「ふふん♪」と腕を組んで見せる。


「さ、いかがでしたか? ご満足いただけ――って、ええ!?」


 倫太郎は顔をうつむかせ、わなわなと体を震わせていた。体が大きいものだから、ちょっと揺れるだけで椅子がぎしぎしと鈍い音が響く。

 

「……えっと、り、リンリン様……!? だ、大丈夫、ですか……?」

 

 なんと、倫太郎の目には涙が流れていた。

 ぽろぽろと、大粒の涙が頬を伝っている。

 

「な、泣くほどぉ!? ご、ごめんっ! う、嘘だからね!? ぜんぶ、ぜーんぶうそ! コーヒーミルクたくさん入れて良いからね! 私そんなので軽蔑するわけないし!」

 

 こころんは慌てて謝るが、しかしスザクおじさんは倫太郎の涙の正体を見破っていた。

 

 スザクおじさんは、そっと、倫太郎の肩に手を置く。

 

「君……うれしいんだね?」

 

 はい? とかなたがぽかんと口を開ける。

 

「……お、俺……初めてなんです、人から罵倒されたのは……」


 倫太郎は顔を上げ、感慨深げにかみしめる様に言う。

 

「え、あ、うん……うん? 初めて? 初めてなの?」


 こころんの問いに、倫太郎はまっすぐな目で「はい」と答える。

 

「これまで怖がられ続けてきて、怯えられてきたので…………こうして面と向かって罵倒されるのが初めてで……」

 

「そ、そっか……それで、その、今、リンリン様は今、どんな気持ちなんです……?」

 

「気   持   ち   が   い   い」

 

 倫太郎の目はギンギンと興奮していた。


「少年、わかるよ……私もね、この年になると誰かから怒られるということもなくなってきてね……。怒られる、というのは若い時にしかされないことなのだから……」


 スザクおじさんが倫太郎の肩をさすりながらうんうんと頷いている。

 

 こころんは頭を抱えた。


「……どうしよう、お客様のことマゾに目覚めさせちゃったよぉ……」

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