第19話 好き♡好き♡大好き♡
「お待たせしましたぁ!」
漫画を読んでいた倫太郎はこころんがやってくるのに気が付き、すぐさま漫画をしまった。
「あ、は、はいっ」
「どうぞ、こちらオムライスです」
テーブルに置かれたオムライスの表面は焼き加減が絶妙できめ細やかで、ケチャップでペイントするにはこれ以上適したものはない。
「それじゃあリンリン様、イラスト描いちゃいますね!」
「お、お願いします」
(なんだろう、猫とかかな……)
こころんはケチャップでイラストを描いていく。
それは実に手慣れた動きで、確かに懸命に努力したのだろうというのが伝わってくる。
真剣な眼差しで、一心不乱にケチャップ片手にオムライスを見つめるこころんの顔に、思わず見とれてしまいそうになった。
「じゃんっ! 出来ましたぁ!」
いつの間にかこころんの顔に夢中になっていた倫太郎は我に返った。
「あ、は、はい! あ、ありがとうございます!」
(へ、平静になれ、俺……俺がこころんさんの顔見るのに夢中になってただなんて悟られないように……)
「……え、これって」
キャラクターの絵であることは間違いない。ただ、特徴的な髪型と……傍らに描きこまれた文字ですべてを察した。
「これ、こころんさんの推しのキャラ……?」
テンセグでこころんが大好きな神楽桜やんやだった。
「推しじゃねえよ嫁だよ。んで、どうよ私の絵。ちょっとへたくそだろ」
「い、いやそんなこと! すっごい特徴捉えてます!」
「あ、そう? 一応予防線としてやんや、って描いててよかったー。ほかのお客さん、テンセグやってる人そこまで多くないから君が分かるって言ってくれて助かるわ」
オムライスの絵を今一度見る。デフォルメ化されたイラストで、顔の輪郭はしっかりと丸みを帯びてかわいらしさを出しているし、特に印象的なアホ毛はしっかりと分かりやすい。
「本当に上手ですよ」
「いや、下手だわ。手振れがひでえ、ほらここのあたり線が歪んでるっしょ。なんでこうなっちゃうかなー、絵の才能ねーわ」
「俺は気にならないですけど……」
こんなに上手いのに、ストイックな人だなぁ……と倫太郎は思う。
「まあまあ、お世辞はそれぐらいにして」
こころんはぐっと、急に体を身構えた。
「このオムライスをもっと美味しくするために、これから萌え萌え魔法をかけます! ということで、一緒に振付をしてもらうんですが……」
こころんは両手でハートマークを作る。
「……えっと」
「君もやるんだよ、ほら」
ハートマークを押し付けられるように、倫太郎はぎこちなくポーズを作った。こころんの小さな手の一回りも二回りも大きく、腕のごつさもあって異様ですらある。
「で、これを左右にこうゆらゆら、と動かす。左右の端に行ったらちょっと手を上下に軽く振って……で、次は両手の人差し指を頬に軽く突き立てて……もっと肘をピンとたてて!」
「ひ、ひぃ」
「これからガチの萌えを見せてやるからな! 己が萌え萌え美少女に成るのだという自覚を持ちな!」
「お、俺は美少女俺は美少女俺は美少女俺は美少女俺は美少女俺は美少女俺は美少女……」
「ハートフルな笑顔を忘れるな! ここが萌えアニメの舞台だと心得よ! ほら次はダブルピースだ! なりたいだろう君も! 萌えアニメの萌えキャラに! 」
「は、はい!」
「そうだその意気だ! 口上はだな、『萌え萌えの魔法っ! ぎゅぎゅっと込めるよ指先に! らーぶらぶらぶゆんゆんゆん♡』」
「も、もえ、もえの魔法っ……」
「声が小さいぞ! 萌え萌え美少女になりたんじゃないのか!」
「なりたい……なりたいですっ……!」
こころんに熱血指導されるたびに倫太郎は「俺は本当に萌え萌え美少女に成りたかったのかもしれない……」と洗脳されていく。
倫太郎が振付と口上を覚えるのに夢中になっている間に――女子が一人、来店してきた。
「おかえりなさいませ、冒険者! 大変申し訳ございませんが、ただいま満席で……」
「あそこの席、相席でも良いですか?」
「あ、お知り合いなんですか?」
「はいっ♪ 同じ学校に通ってる人なんです」
その女子は、高校生でありながら大人顔負けのスタイルとファッションセンスを有していた。
若干透け気味のシアー素材で可憐さを演出しながらも落ち着いた配色のロングスカートとブーツで大人らしさを出し、女性すらも見とれてしまうほどのバストとウェストのボディバランスをしっかりと際立たせ、清楚な顔立ちを自覚しているのか派手な装飾がないシンプルなトータルコーディネート。
そんな彼女が向かう先には――
「よし、じゃあ本番いくぞ! 一回で決めるからな!」
「お願いします!」
強豪校の部活の練習みたいな掛け声をするこころんと倫太郎の姿があった。
せーの、というこころんの掛け声とともに……
「「萌え萌えの魔法っ! ぎゅぎゅっと込めるよ指先に! らーぶらぶらぶゆんゆんゆん♡ 世界一キュートな魔法で世界一おいしいオムライスに大変身♡ だって私は萌え萌え美少女っ♡ 萌え♡ 萌え♡ ぎゅるるんぎゅるるんっ、萌えビームっ!」」
こころんは大変ノリノリな笑顔を振りまいた振付で、倫太郎は恥ずかしさで目をつむりながらもキレのある動きで、萌え萌えの魔法を一緒にかけた。
「わっ、オムライスがすっごくおいしくなりましたよ! やったね、リンリン様!」
「へ、へへへっ……」
(や、やばい……俺、人生で一番気持ち悪い笑顔してる……!)
「ふふ、楽しそうだね」
「…………………え?」
倫太郎は突然後ろから誰かから話しかけられた。その声の主に、倫太郎は覚えがあった。
恐る恐る……倫太郎は後ろを振り返る。
そこには――
「……え、あ、あ、あっ…!?」
ニコニコと笑みを浮かべる、飴川雫がいた。
普段の制服とはうって変わった大人らしいファッションと制服では中々出せないプロポーションの良さに、倫太郎は思わず圧倒されてしまう。
「え、えっと……い、いつ、から……」
「萌え萌えの魔法っ! のところからだよ」
「全部見られた!?」
「おかえりなさい、アメリアちゃん!」
こころんがぴょこぴょこと雫――こと、アメリアに手を振って出迎えた。
「きゃあーっ! こころんちゃん今日も可愛いっー! そのネイル初めて? 青系統も似合う似合うっ!」
「ふふー、でしょでしょ!? ピンクも好きなんだけどビビット系の青も案外似合うんじゃないかなって、ね!」
「やっぱそうだよね、そういう色似合うってずっと言ってたもん私! あ! ラメもきれいだね、どこで買ったの?」
「100均! 季節の新商品!」
「へーっ、いいねいいねいいねっ! 最近ほんとすごいね100均!」
「まかせてよ、こういう安く盛れる方法なら私なんでも知ってっから!」
そうニヤニヤしながらこころんこころんは両手の指のネイルをアメリアに見せつけてはきゃあきゃあと盛り上がっている。
それはまるで……旧来の仲のような親密さだ。
「え、えっと、その、こころん、さんとは……?」
言われて、アメリアはピースした。
「幼馴染ですっ」
それに合わせてこころんもピースする。
「幼馴染だよーん」
「えっ」
初めて聞いた話過ぎて倫太郎は頭が真っ白になった。
「ちなみに私の初めてを奪ったのはアメリアね」
「えっ……えぇ!?」
「も、もうこころんちゃんっ! は、初めて接客したお客様のことだよ、釘矢君」
「えっ……あ、は、はい……」
情報量が多すぎて倫太郎は思考が全く追いついていない。
「ちな、幼いころからおんなじ絵画教室通ってたんよな。しず……アメリア様は最初からめちゃくちゃ絵の才能あってねぇ。まあ私はどんなに頑張っても絵が勝手にキュビズムになっちまったけど。あ、そだ、アメリア様、いつものでよい?」
「うん、お願いねっ。あ、釘矢君、満席だったから相席してもいい?」
「い、いい、ですけど……」
「やった♪ ありがとう!」
ものすごい自然な風に、アメリアは倫太郎の真向かいに座った。
(あ、飴川さんと学校外で会うとは思わなかった……い、いや、というかっ……)
アメリアは座りなおし、行儀よく両手を膝に置きながら話す。いつの間にか遠くの方で接客をしているこころんは、ちらりと見てニヤッと笑っている。
(い……言ってくださいよぉ……)
倫太郎は心の中で情けない声を上げた。
「あ、私のこと気にしないでオムライス食べてね? 私もケーキ頼もうとしていたから」
「あ、ど、どうも……」
「それに、せっかくこころんちゃんと萌え萌えの魔法をかけたオムライスなんでしょ? しっかり味合わないとね」
「うっ……み、見られてたのやっぱり恥ずかしい……」
(……それにしても、鈴木さんと飴川さんが幼馴染でこんなに仲が良いのって……あんまり想像していなかった……。という飴川さんってオタク趣味とか、興味あるのかな……)
「それじゃあ、指名するのもこころんさんなんです?」
「ううん? 私はね……」
すると、はるにゃんがやってきた。お盆にはハーブティーを載せている。アメリアのものだろう。
「おかえりなさいませ、アメリア様♪」
アメリアの瞳にはるにゃんが映った瞬間――アメリアの顔が普段の清楚で穏やかな表情から、一変した。
「あ˝っ♡ はるにゃんちゃんだぁ! 今日もかわいいっ♡ あ˝っ˝♡ 髪型ポニーテールにしてるぅ!!! しゅき♡」
目をギンギンに輝かせ、両手を合わせて感情を爆発させる。忙しなく体を揺らし、はるにゃんに会えた喜びでたまらないのか鼓動が速くなり、顔の血色が一気に赤くなった。
「わーいっ うれしいなぁ!」
「こ˝え˝も˝か˝わ˝い˝い˝よ˝ぉ˝♡」
「……え、え?」
アメリアの突然の狂喜乱舞に、倫太郎は色々と追いつかない。
「アメリア様も今日のコーディネートすっごい似合ってますね♪ とっても大人らしくて、ハイウェストのロングスカートもすっごいおしゃれ!」
「あっ、ありがとうっ……♡ はるにゃんちゃんが相性いいよって教えてくれたから買ったの♡ はるにゃんちゃんに褒められてすっごい嬉しい……♡ 幸せだよっ……ふひひっ……♡」
そしてアメリアは肘を机につけ、はるにゃんのコスプレ姿を見つめるポーズになった。
「はあぁ……いつ見てもはるにゃん可愛いなぁ……ぷっくりした唇とおっきな目がキュートだし、今日もアイラインが決まってるね……。そしてオオカミさんのモコモコとしたコスプレもやっぱりいいな……ちょっとワイルドかもと思わせておいて赤い首輪がちゃりんと着いてるのもギャップがあって好き……はるにゃんの優しさと可愛さとセクシーさが全部込められてたような完璧なコスプレだよ……今日はケーキにしようと思ったけどもう辛抱たまらないから萌えパフェにするね……ご奉仕萌え萌えボイスプランでお願いね……」
「かしこまりましたっ♪ アメリア様のために、素敵なパフェを用意してくるからねっ」
「推しが私のために作ってくれるの最高すぎる……好き、好き、好き♡好き♡大好き♡」
そうして、はるにゃんがキッチンに戻っていくまで、アメリアははるにゃんの魅惑的な背中とぴょこんと跳ねるしっぽのコスプレをガン見し続けていた。
「……はぁ、可愛すぎる……たまらない……」
「……えっと、その……」
困惑する倫太郎の目線に気が付いたのか、アメリアは、
「……ふへへっ」
いつもの鈴が鳴る様なお淑やかな声ではない、陽気な笑みをこぼした。
それが日々の気負いから解放された彼女らしい素の姿のように、倫太郎は感じた。
「私ね、コスプレしている女の子がすっごい好きなの……可愛いコスプレをして楽し気にふるまっているところを見るのが……たまらなく幸せなんだよね……」
「そ、そうなんですか……」
(意外だった……って思っちゃったけど、冷静に考えたら女の子がどんなのが好きなのかって全然知らないしな……)
陰キャ故に女子と接してきた経験がまるでなく、普通の女子というものが全く分からない。
だから、『女子なのにそういう趣味があったなんて、意外!』『珍しいですね、結構変わってますよね』というようなどこか距離を置くようなことは、倫太郎は言わなかった。
逆に、
「このお店は本当に雰囲気が良くて、キャストさんたちも楽しみながら接客してくれているので、そういうところが俺好きです……」
倫太郎はそのアメリアの『好き』に全力で乗っかった。
自分も好きだし、なにより――美少女だとか、品行方正だとか、優等生だとか、そういう雫の学校での肩書は、好きを語る前にはさほど必要なものではないと思っていたから。
「わかってくれる!?」
雫は立ち上がって倫太郎に顔を近づけた。自分の好きに同調してくれて、受け入れてくれる倫太郎をキラキラとした瞳で見つめている。
「異世界っていうコンセプトだけどいい意味で統一性がないからいろんなコスプレを楽しめるし、何より顔が良い女性たちが自分が似合う衣装を選んでるっていうのが感じ取れてすごい好きなの! ミアちゃんも、落ち着いた雰囲気の子だけれどすっごい肌出してるでしょ? 普段では中々出せない自分の『好き』をここで発揮してるんだって思うとハーブティー何杯でもいけちゃうよ~!」
倫太郎の顔面に、たゆんとゆれるアメリアの胸部が迫ってくる。
さっきまで外にいたためか、蒸れた汗でほんの少しだけうっすらと服が透け、アメリアの甘い匂いに汗ばんだ香りが漂う。
「そ、そうですねっ……」
アメリアの急接近にドキドキしながらも、同じ好きを共有するもの同士の会話が、倫太郎は楽しかった。
「ほ、ほむらさんの小悪魔な衣装とかもすっごい気合入っててすごいですし……それに、ほむらさんとミアさんが二人でいる時の空気感が俺好きかもです……」
「おーっ! その二人の関係性もいいよね! ほむらちゃんがミアちゃんに構い続けてるのとか無限に見てられる……」
「なんというか、姉妹……みたいな」
「っ! それ、それ! 釘矢君天才!」
「へ、へへへ……」
(やっぱり彼に合わせて正解だったな)
こころんは接客する最中、倫太郎とアメリアの姿をちらりと見ていた。
アメリアが嬉しそうに、楽しそうに好きを語り、倫太郎はそれに乗じる。
(ずっと言ってたもんな、好きを語る友達が欲しいって)
アメリア――雫は、学校では優秀な生徒として、またクラスメートとしてふるまっていた。
周りから気品ある女子としてふるまうことを望まれ、それに雫は応える。
そんな雫が、コスプレ喫茶の女の子のコスプレが大好きであることを――周りに公言できるはずもなかった。
(彼なら、雫の好きに応えることができるだろうなと思ったんだよな。彼は優しいし、それにオタクだし)
こころんが認めるほどのオタクであるなら、雫の好きに乗じることができるだろう、という予想は当たった。
学校では見られない素の自分の姿をさらけ出す雫を見ていると、かなたは自然とうれしい気持ちになる。
(ま、雫ちゃんはそれ以上のドでかい『好き』を抱えてるんだけどな)
そうほくそ笑みながら、次のお客様への給仕に向かうのだった。
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