第18話 貧乳はステータスだ←それは本当にそう
そして土曜日になった。
この頃、倫太郎は毎週土曜日に日本大橋に通ってはailes d’ange でお昼ご飯を食べるのがすっかり恒例になっている。
今日は好きな漫画とライトノベルの特典を目当てに日本大橋に行った。途中でクレーンゲームもやって、アクキーも手に入れてご満悦だった。
「「おかえりなさいませ、冒険者様!」」
「あ、は、はい」
キャストの女性たちに出迎えられるのもだんだん慣れてきた。
「ほら、ミアちゃん、案内してあげて」
キャストに促されるように、ミアと呼ばれたキャストがおずおずとしゃべる。
長い黒髪は染めておらず化粧も地味で、身長こそかなたよりもちょっとだけ高いが全体的に細い。
さらにうつむき加減で猫背なためか、華奢な体がより顕著に見える。
「あ、あの、どうぞ、こちらへ……」
「ど、どうも……」
ミアは骨ぼったい腕でメニュー表を抱きしめながら、ぼそぼそとした声で話しかけた。
「き、今日、あ、暑い、ですね……」
「そ、そうですね……で、電車、乗ったら、冷房が効いてて、風邪、引いちゃいそうですよね……」
「あっ、あっ、あっ、そ、そ、そう、ですね……」
倫太郎が言葉を返してきたことが予想外だったのか、ミアは声が上ずってしまう。
「あ、ゆ、ゆっくりは、話してもらえれば、よ、よいので……」
思わず倫太郎はミアをフォローした。
「そ、そう、ですね……やさしくしてくれて、ありがとうございます……」
内気な性格なのか、ミアは恥ずかし気に声を漏らしている。
(な、なんか、親近感がわくな……)
かなたを筆頭にアッパーなテンションで接客するキャストがほとんどの中で、ローテンションなミアは倫太郎にとって仲間意識が芽生えそうになる。
(……でもミアさんが一番露出度高いんだよな……)
ミアのコスプレは、二の腕とへそを出したノースリーブのセーラー服という派手なもの。その衣装に恥ずかしがっているようには見えない。
さらには耳にはバチバチにピアスを付けていて、ダウナーな印象とは裏腹にミアのファッションは他のキャストよりもかなり尖っていた。
(……露出高いの着てますね……って言うとセクハラになるからやめとこ……)
「あ、ろ、露出高いですよね……すみませんこんな貧相な体をお見せして……」
ミアの方から話しかけてきて、倫太郎はびっくりしてしまった。
「え!? あ、そ、そんな、ことっ……」
「リンリン様みたいにガチムチな体だったらよかったのに……」
「い、いや、お、俺でもミアさんのような服を着る勇気はないです……」
「そう……ですか? こんなにドスケベなのに」
そう言ってミアはノースリーブのセーラー服の襟と地肌の隙間を指で少し扱いて見せた。普段服の下に隠されている白い肌と、かすかに滲む汗が微かにまろび出る。
「っ……!?」
ただでさえ露出度が高い服なのに無防備なまでに指で弄っていて、倫太郎は慌てて目線を逸らした。
倫太郎の動揺をスルーするように、どうぞこちらです、とミアは二人席の椅子を引いて案内する。ドスケベ、と言った口を何ら恥じてはいないのが倫太郎をさらに混乱させた。
(似てる人だと思っちゃったけど……全然違うかも……)
悶々と考えながら、倫太郎はアイスコーヒーを注文する。
「えっと、あと、ご飯はどうしようかな……」
「リンリン様! 来てたんですね! いらっしゃいまっせー!」
ミアの背後から、スポーツ少女の様に元気な声でひょっこりとキャストが現れた。
「わっ、ほ、ほむらさん……び、びっくりさせないでください……」
「ごめんごめん、いやー、ミアちゃん今日も身体細いねー、ご飯たべてる?」
ほむら、と呼ばれたキャストはミアの両肩に手を置いて揉み揉みとしている。その度にミアはくすぐったくて「ひゃひっ」とか細い声を漏らした。
「き、急に揉むのやめてよぉ……」
「にっひひ! ごめんごめーンゴっ♪」
スボーツをしているのか引き締まった体で、それでいて小悪魔衣装の太く分厚いボンデージベルトで自慢の胸がことさら大きく強調されている。頭につけた幼い子のように小さいツノや腰回りのハートのシッポも蠱惑的な雰囲気を醸し出し、露出度の高いミアとはいろんな意味で引けを取らない。
(め、目のやり場に困る……)
「あ、でも二の腕良い感じに肉ついてきたかも。揉み心地がふっくらしてきたよ」
「あ、あんなにお菓子無理やり食べさせるからだよぉ……」
「いいじゃんいいじゃん、というか細すぎなんだって。私みたいなおっきい胸好きなんでしょ?」
「あ、あこがれはあるけどぉ……」
「ほらほら、たくさん食べたら自前ででけえ胸揉み放題よ?」
「それ、は……」
「そうやって自分で胸揉むよりもほかの人に揉んでもらった方がどきどきして胸がおっきくなるんだってさ!」
「っ……! そ、そんなこと言って私の胸無理やり揉んできたこと忘れてないもん……」
「もーっ、不貞腐れないでよぉ!」
2人がイチャイチャしているのをじっと見てるのも不審者すぎると思い、倫太郎は必死に目を逸らしつづけていた。
(こ、こういうときってどういう風に絡むのが普通なんだろうか……よっ、お二人ともセクシーですね! とか? は? 何言ってんだ俺?)
目のやり場に困っていたところに――
「せんぱいたち、なーにやってんすか」
呆れた口調でやってきたのは、こころんだった。先ほどまで接客をしてきてキッチンに戻る途中で倫太郎がやってきたことに気が付き、さらにミアとほむらが倫太郎の前でいちゃついていたところに出くわしたので思わずツッコミを入れにきたようだ。
「お、元気でやってるー? こころんちゃん、最近結構ファンの人も増えてきたんじゃない?」
「まあぼちぼちっすわ。私がもうちょい先輩たちみてえにエロい女になれたら人気出る思うんすけどねー」
わはは、と笑いながら言うこころんを倫太郎は今一度見やる。
お給仕に相応しい白と黒のコントラストを基調としたメイド服で、首元までかっちりとしまったワンピースのボタンとフリルが丁寧に織り込まれたロングスカートのため露出はほとんどない。小さい体で凹凸はこころんが嘆くほどに乏しく、腰当たりにきゅっと閉まった編み上げのコルセットはセクシーさよりも華奢な体を際立たせていた。
(鈴木さん……じゃなくてこころんさん見てると、安心するな)
倫太郎はホッとするものを感じ、こころんに自然と目線が集中した。
「あんだよ、リンリン様よぉ。私の体そんなに魅力的かっての。んなわけねえか、こんな貧相な体! ははは!」
「あ、え、えっと……」
倫太郎の目線に気が付いたのか、こころんは面白がってけらけらと体を揺らして笑って見せる。
その軽快な立ち振る舞いでふんわりと揺れるスカートのふくらみとかその生地の質感だとか――なぜだろうか、こころんが身にまとう服だと思うと、倫太郎はそれをついつい追ってしまう。
「というかほむらさんのおっぱいの上下に巻き付けてるベルト蒸れないんすか?」
かなたがほむらに話しかける。
「こう見えてあんまりきつく締めてないんだよね。こう、胸を持ち上げるだけだから」
「はえー、もっとぎゅってしてるもんだと思ってた」
「まあそりゃあこころんちゃんが胸をデカく見せようとしたらギュっギュっと締め付けないといけないけどね」
「キレそう」
「いやこころんちゃんのちっこい体も十分魅力的だから全然いいじゃない」
「さる偉人が語った『貧乳はステータスだ』という金言は確かに私の心にいつまでも強い光で輝いているんですがでもおっぱいがデカい人にそれ言われるとそれはそれとして思うところはあるんですよ」
「じゃあパッド付けたらどう?」
「次の日出勤してきて急に私のバストがAからFに変わったとして皆さん平然とした顔で受けいれてくれます?」
「……」
「そこはなんか言ってくださいよ!?」
やかましくしているこころんとほむらを尻目に、ミアが倫太郎に囁いた。
「あ、あの、リンリン様……こころんちゃんに、注文取ってもらうん、ですよね……?」
「え? あ、は、あい……」
確かにミアに言われる前までは自覚していなかったが、確かにこころんにお願いする気でいた。
ミアでも、ほむらでもなく。
「それだったら……オムライス、頼んで、あげてほしいです……こころんちゃん、最近、たくさん練習してたんです、ケチャップで可愛い絵を、描くの……」
「あ、そ、そうなんですか」
それは確かに頼まなきゃな、と思った。昼ご飯にちょうどいいし、なによりこころんが彩るケチャップの絵に純粋に興味がある。
「あ、あの、こころんさん」
「はい、ご注文ですか?」
こういう時はしっかりと接客モードに入る。こころんはニコニコとした笑顔を振りまいて倫太郎の注文を聞く姿勢になる。
「えっと……この、オムライスを、お願いします」
「……了解です!」
何か変なリアクションだったけどどうしたんだろう、と、こころんが立ち去るのを前にメニューをよく見た。
――冒険者様と一緒に萌え萌えの魔法をかけちゃいます!
「……え?」
「よかった、ですね……リンリン様……」
そうにっこりと微笑みながら、ミアはほむらと一緒に立ち去った。
「も、萌え萌え……な、なんか、すっごい本気のやつ来そうだな……」
ドキドキとしながら、倫太郎は買ってきた漫画を取り出し、オムライスが来るまで読み進めることとした。
(……家で一人で読むよりも、こう、周りのオタクのお客さんたちと一緒にいる空間で読むと、なんか、一体感感じられて、楽しいな……)
一方の厨房では。
「どうしたの? こころんちゃん」
ドリンクを入れていたはるにゃんが、厨房のケチャップを手にしながら考え込んでいるこころんを見て言葉をかけた。
「体調、大丈夫?」
「あ、大丈夫ですそういうのじゃないです。どうやったらあやつを萌え萌えにするか真剣に考えてるので……」
いつもよりもはるかに真剣な顔をして、ケチャップを持つ手をああでもないこうでもないと動かしながら振付を考えていた。
「これは彼からの挑戦状なので」
「そうなんだ……」
「どんなだ、どんな振付なら彼の想像を超えられる……?」
「ティックタッカでバスってるダンス取り入れたら? こころんちゃんよく見てるんでしょ? 一緒に踊れるかも」
「男のオタクがティックタッカなんてやってるわけないじゃないですか」
「そ、そうなの……?」
「これはつまり……『手前が考える萌えとはなんなんだ』っていうのを問いかけられてるってことなんですよ」
「多分リンリン様そこまで考えてないと思うよ」
「彼を悶え死なせるくらいのガチの萌えを、見せてやらぁ……」
(ま、こころんちゃんが楽しそうにしてるからいっか)
こころんの頬は面白い遊びに熱中するように赤く染まり、片足をぴょこぴょこと動かしてすっかりウキウキや様子だった。
(リンリン様とお話するの、好きなんだな……)
「いやぁはるにゃん、どう思うっすか?」
「あ、ほむらちゃんお疲れ様! どうしたの?」
ぴょこっと後ろからほむらがやってきた。ほむらはこころんがふんふんと鼻歌交じりになっている姿を見ながら腕を組んで言う。
「いや、今日リンリン様が来るって知って朝からめっちゃ機嫌いいじゃないですか。いやまあいつも真面目に働いてるんですけど、それ以上に張り切ってるっていうか」
「そうだね、普段以上にテンションが高いかも」
「めちゃくちゃリンリン様のこと気に入ってるっすよね」
「……?」
少しピンと来ていないはるにゃんに、ほむらは小声でささやいた。
「その……学校の同級生以上の感情を持ってそうな気がして」
「それはだって、このお店を守ってくれた人だもんね」
「まあそれはそうなんですけど……まあいいっす」
ほむらは一人思う。
(こころんって恋愛の話になったら露骨に反応薄くなるんだよな。恋愛に疎いっていう性格……なんかな)
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