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第17話 オタクに優しいギャルは実在する

  6月になった。

 暑くなり始めたが朝と夜の寒さは続き、制服をいつ夏服に切り替えようかと悩む生徒たちの会話が聞こえてくる。

 そんなすっかりグループが出来上がった生徒たちの会話を、倫太郎は化学を教える教室の後ろの席(背が高いので実質指定席になっている)でぼんやりと耳にしていた。


(と、隣の席空いてるけど……誰か座ってくるかな……)


 この学校はクラス間の交流を深めることを目的に、1ヶ月に数回に他クラスと合同授業を行う。合同クラスなら、出来上がっているグループ関係が少し崩れ、多少は人の交流が変わるのではないかと倫太郎は仄かに期待していた。


 授業開始のチャイムが鳴る。生徒たちは自ずと席についた。

 2人用の長机で、隣に椅子をきちんと用意していつでも歓迎するも、空いてる席は倫太郎の隣だけ。

 やっぱり隣は誰も来ないか……と倫太郎が思っていた時だった。


「あ、釘矢君。隣いいかな?」


 突然女子の声が聞こえてくる。


「え!? あ、は、はいっ……!」


 突然声をかけられて驚きながら声の先を見た。

 声の主の正体は――学校一の美少女と名高い飴川(あめかわ)(しずく)だった。


「椅子、ありがとっ」


 軽やかに椅子に座る。背筋を伸ばし顔をまっすぐにして、まるでお手本の様。

 さらさらとした長髪は手入れが丁寧に施された絹の様に滑らかで、ぱっちりと開いた瞳は希少な宝石を思わせる輝きを放っている。穏やかで優しさが込められた口元とその顔立ちは、彼女の親しみやすい性格を実によく表していた。


 前の席から何人もの女子が慌てた様に振り向いている。同じグループなのだろう、遅れてやってきた雫が遠くに座ることに残念がるというよりかは――


(お、俺の隣に座るのを心配してる様な……)


 ある女子は取っておいたもう一つの椅子を用意して必死に手をこまねいて(おそらく元々3人席にしようと画策していたのだろう)躍起になっていたが、雫はというと穏やかな微笑みを浮かべたままだ。倫太郎が隣に居ても動じていない。

 そうこうする間に先生がやってきて授業が始まる。そうなると女子たちも諦めるしかなく、渋々と前を向いた。


(……に、人気ある人なのかな)


 どの女子が可愛いかとかモテるかとか、そういう話題をこの学校で一度もする機会がなかった倫太郎は知らなかったが、雫は男子女子問わず皆んなから好かれる品行方正で折目正しき美少女だ。

 普通科は倫太郎でも合格できるくらいには低い偏差値だが、雫が所属する特進科は難関大学を受験するために設立されたもので、きわめて優秀な生徒が集う。その特進科をトップで合格する学力の高さに加え、特に幼い頃から絵を嗜み中学の頃には絵画のコンクールで入賞した経験を持つ才女だ。

 それでいて顔立ちが優れ、誰もが振り向いてはため息を付く美貌を兼ね備えていてまさに完全無欠。

 驕り高ぶらず、常に穏やかで優しい表情を浮かべ、幾多の男子たちを大いに勘違いさせてきた。

 Gカップはあると噂される豊満な胸とキュッとしたくびれは女子のあこがれの的だ。

 美術部には雫目当てに入部を希望してくる新入生が多いと聞くほどである。


 そんな学校きっての絶世の美少女が隣にいて、倫太郎は――


(き……緊張する……)


 美少女とかあんまり関係なく、人が近くにいるということだけでそわそわしてしまった。


(と、隣座ってくれたのはすごいうれしいけど……怖がられてないかな……)


 倫太郎はちらりと横目で雫を見る。

 雫は凛とした顔で、真面目な顔で先生の板書に集中している。


(真面目な人だなぁ……)


 とか思っていると、その目線に気が付いたのか雫は倫太郎の方を向いた。


「どうしたの? 教科書のページわかんない?」


 ハッとして倫太郎は自分がいまだに教科書を開いていないことに気が付いた。


「あっ……あ、え、えっと、あ、あっ……」


 突然話しかけられててんぱってしまう。


「ふふ。23ページだよ」


 雫は人懐っこい表情で、慌てなくても大丈夫だよ、と口添える。


「あ、あ、あじゃっす……」


 雫のやさしさに応えんとばかりに倫太郎は急いで教科書を開いた。


(……めちゃくちゃ良い人だ)


 小学生並みの感想だったが、倫太郎の喜びはひとしおだった。

 自分を前にしても怯えず、まるで普通の同級生のように声をかけてくれる。


「――では、隣同士で、この箇所を輪読してください」


(えっ?)


 教師の言葉に従い、椅子を動かす音と共に隣通しの生徒が真向かいになった。


「あ、え、っと」


「ふふ。よろしくね。釘矢君」


 行儀よく椅子に座りなおして、にっこりと、雫が倫太郎の真正面を向いた。


「は、は、はひっ……」


 まっすぐ目を向けられ、倫太郎は落ち着かなくてしょうがない。


(でも、コスプレ喫茶のお姉さんたちの顔を見て話せるようになったんだから……!)


 顔をそむけてしまいたい欲求から必死に抗い、雫と同じようにしっかりと前を向く。


「物質に含まれている元素は、いろいろな反応を用いて調べられる。……あ、次の分だよ、釘矢君」


「あ、す、すいません……えっと」


「ここ、ここだよ」


「っ!?」


 無防備なまでに、雫は大きな胸を机に突っ伏しながら体を倫太郎に寄せてきて、教科書を指さしてきた。雫の甘く柔らかい匂いが伝わるほどの距離感だ。


「お願いね?」


「は、は、はいっ……」


 ここまで他人と距離が近くなったのは初めてのことで気が動転として――


(いや、鈴木さんとなら何回かあるな……?)


 プレパブ小屋に一緒に乗りあがるときのことを想いだしたら一旦冷静になった。これを思い出せてなかったら素っ頓狂な声を上げてしまっていたところだ。

 かなたに感謝しながら、倫太郎は気を取り直して輪読する。


「えっと……ナトリウムと、カルシウムを含む水溶液をガスバーナーの外炎に入れると、炎がそれぞれ黄、橙赤になる」


「この現象を炎色反応といい、元素の検出に用いられる」

 

「食塩水に硝酸銀水溶液を加えると……」


 二人は粛々と真面目に輪読しあう。


「なお,二酸化炭素は石灰水を白濁することで検出される。……以上だね。お疲れ様!」


「あ、は、はい……」


 他生徒がダラダラと輪読している間、二人は早く終わった。

 その時間を活用するように――


「釘矢君って、ゆるキャラ好きなの?」


 雫は倫太郎の筆箱のキーホルダーを見ながら問いかけた。


「え? あ、は、は、はい……」


 倫太郎がつけていたキーホルダーは、古今東西の亀をモチーフとしたゆるキャラたちの仲間で、SNSでフォローしている絵師が頻繁にアップしているので気になって買ったものである。

 ゆるい見た目で可愛らしく、これをきっかけに誰か話しかけてこないかなという期待を込めていたものだった。


(こ、これに注目してくれたの、初めてだっ! 嬉しい!)


「そ、そうなんです! この子はぱぴるちゃまっていってパンケーキガメをモチーフとしてて……」


 ――パンケーキが大好きなのはそれが由来なんですよね! 大好きなあまりパンケーキを背中に載せて歩いて、でも急な雨でパンケーキがしみっしみになっちゃって泣いてしまうところとか不憫なところが可愛くて……。元ネタが爬虫綱カメ目リクガメ科パンケーキガメ属なんですけどこのパンケーキガメ属ってこの子だけなんで実は孤独で寂しがり屋なところとか可愛くて――まで口から出そうになったが、ここがコスプレ喫茶では無いことを思い出して止めた。


(あ、危ない……俺だけ喋っちゃうことになってしまうところだった)


「可愛いねっ! あ、この四コマのこと?」


 雫はスマホで検索した画面を倫太郎に見せた。倫太郎の話すことに興味を持ってくれていることの証拠であるだ。倫太郎はもっと嬉しくなる。


「あっ、あっ、そ、そうです! か、掛け合いが和やかで微笑ましくて可愛いですよね!」


 もっと話したかったが、周りの輪読が終わるところだったので名残惜しそうに前を向こうとする。


「すっごく可愛いね、私フォローしちゃった!」


 その最中、雫は満面の笑みでフォローしたSNSの画面を見せてきた。


「えっ……!?」


「ふふっ、だってこんなに可愛いんだもん。ありがとうねっ」


 雫の言葉には愛想とかおべっかとか、そんなしゃらくさは無い。

 清楚で、言葉遣いが穏やかで、素朴な人。


「あ、は、はいっ……!」


(すっごいフレンドリーに話しかけてくれるっ……とんでもなく良い人じゃん……!)


 その後、授業が終わるまで倫太郎はひしひしと感動に打ちひしがれていた。



 

 

 ◇◇



「――っていうことがあったんですよ! すごい良い人なんですよ飴川さんって!」


 昼休み。かなたに呼ばれ、いつものプレパブの屋上で気ままに過ごす最中、倫太郎は感動を伝える様に熱意を込めてかなたに今日起きた雫との出来事を語った。


「ほーん」


 かなたはデイリーを回しながらで倫太郎の熱弁を聞いている。

 

「じゃああれかい、飴川さんっつうのは、お淑やかで、穏やかで、気品にあふれた方だと」


「そ、そうです! 真面目な方で、真面目な優等生っていう感じの人で……そんな人が俺に優しくしてくれて……」

 

「そっか、そうか……」


 なぜかかなたは笑いをこらえるのに必死だった。


(清楚か……なるほどね……。いやこれ、黙っておいた方が面白いから黙っとこ)


「俺がオタクっぽい話をしても笑ってくれてるし、とっても穏やかな人なんだなって……」


「オタクに優しいギャルってやつかい」


「そ、それです! ……ギャルなんでしょうか、飴川さんって?」


「あー……ギャルの定義って難しいよな。髪染めてるとか?」


「あと一人称があーし、とか」


「言うほどそうか?」


「すみません、正直ギャルって二次元しか知らないです……」

 

「まあこの学校って意外とギャル多いからよく見てればいいんじゃない。化粧してる子とか、制服着崩してる子とか結構いるよ」

 

「あの、俺なんかが女子をじっと見てたら……やばくないですか?」


「ギャルの生足見て『ほっそ……』とかつぶやいてたけどこれ私が女子だから合法なだけか」


「俺だと多分死罪です……」


「いやぁ悪いねぇ女子で、へへ」


「いや女子にばれないように遠くから見つめていればいいのか……? いやそれもっとダメな方向にいくな……」


「盗撮とか二次元の世界だけにしておくれよ」


 そういえば、とかなたは倫太郎に問う。


「今週土曜日来るんだっけ。時間は?」


「あっ、は、はい。漫画の最新刊の特典もらいに日本大橋に行く予定あるので……多分12時くらいになると思います」


「りょ。私もその時間帯から勤務やわ。よろしくー」


「は、はいっ」


 そうさりげなく倫太郎のスケジュールを聞き出しながら、裏でかなたは画策していた。


(よっしゃよっしゃ。彼は2人席に座るだろうから……ふふ、おもしれーことになりそー)


 倫太郎は知らない。真面目で優等生な飴川雫が誰にも見せない、秘密の裏の顔を。

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