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第16話 こんな体でも 役に立つのなら

 倫太郎とはるにゃんが話している合間に、大掃除はおおかた終わっていたようで、掃除用具を片付け終えると店長は全員を呼んでしめくくりの挨拶をした。


「――これで掃除は完了だ。みんな、お疲れ様」


「「「お疲れ様でした!」」」


 さて、と店長は倫太郎を見る。

 倫太郎は、誰かの背中に隠れることなく、1人でちゃんと立っていた。俯き加減だった顔も、少しばかり前を向いている。


 女性に囲まれて緊張しっぱなしだった時と比べて、肩肘に力が張っていない。


(この場で、釘矢くんが少しでも前を向けることができたのなら何よりだ)

 

「釘矢君も、ありがとう。お店を代表して、感謝するよ」

 

「と言う訳で! お姉さまたちにたくさんほめてもらう会でした!」

 

 よぉっ! とかなたが手をたたくと、他キャストたちが大いに盛り上がった。

 

「いやー、本当に感謝してるんだよ!」

「今日たくさん感謝言えてよかったぁ……!」

「バチクソかっけえっすよ!」

「ち、近くだとすっごい体大きくて、かっこよかった……」

 

 キャストたちは倫太郎に近づき、伝えても伝えきれない感謝の想いを口にする。

 

 「……は、はい。こ、こちらこそ、守れて……うれしかった、です」

 

 感謝の言葉を、倫太郎は自然と受け入れることができた。

 

「おっ。顔見て話せるようになったじゃん」

 

 かなたが言う。言われて倫太郎は、キャストたちの顔を見た。

 熱い気持ちが込められた表情を、倫太郎は目をそらさずにいられた。

 逃げないで、ごまかさないで、自虐しないで、答えられた。


 自分が変わっていくのを感じる。


 この場所のおかげで。

 はるにゃんのおかげで。

 かなたのおかげで。

 

 少しだけ、人見知りを解消できた気がする。

 そして、この体のことを、自分の大きな体のことを、受け入れられるように、なった気がした。



 ◇◇

 

 帰り道前と同じように、倫太郎とかなたは日本大橋の街を二人で一緒に帰っていた。

 倫太郎とかなたが一緒に店を出る時、二人に男女の関係があるのではとまだ期待していたキャストもいたが……。


「ここらへんってコスプレ喫茶いろいろありますよね。あ、あそことか……ジャージメイド服っていうのが流行ってるらしいですね」

 

「あー、ジャージの上にメイドのエプロン付けた感じの。あれ謎の魅力あるよなぁ」


「ラフでいて奉仕するメイドの要素もあるっていうギャップっていうんですかね、そういう魅力が……いいですよね……」


「うむ。上着はジャージだからってことで生足出してるっていう魅せ方も良いな。みよちゃんもそれ着たいって言ってたなー」


「みよちゃん……さんってあのジャージ来てた方ですか?」


「そうそう。あれ部屋着だから多分今日そのまま来たんだと思うぜ」


「すごいですね……」


「言うてみよちゃんもギャルよ。ギャルがそれ着るのもぴったしって感じがするよなー」 

 

「それもいいですけど、俺は清純な女の子が着てるのも推します。この人が描いてるイラストとか、どうすか」

 

「むほほ」

 

「むほほって笑うのオタクしぐさすぎる……」

 

「釘矢氏ぃ、これは萌え萌えすぎるでござるなぁ」

 

「正直古のオタクってコミケのコスプレでやってる人しか見たことないんですけど昔は本当にああいう風だったんですかね」


「アキバにはまだ生き残りがいるらしいぞ」


「そんな希少生物みたいな言い方」

 

「そうだ、いつかコミケのあの伝説の写真再現しようぜ」

 

「ああ、あのポスター担いでる男二人組がコミケ会場で光指す場所を指さしてるあれですね」

 

「これで通じるの面白すぎる」


 色気も何もないオタク全開な話で盛り上がっていた。

 

 これで一緒に歩いて帰るのが二回目というものあって、倫太郎は女子と肩を並べて歩くのも少しずつではあるが慣れてきたところだった。

 

(あー、心地いいなぁ、鈴木さんと話してるの)


 そう気が抜き始めていたところだった。

 向こうから歩いてくる人をよけようとして、倫太郎の体がかなたに触れた。

 比較的骨っぽい肩ですら、倫太郎が触れると柔らかく感じてしまう。

 

「ぅわぁ! す、すいません!」


 倫太郎は慌てる様に身をのけ反らせた。その動きが突然すぎて、かなたはちょっと笑ってしまう。

 

「どしたのよ」


「あ、いや、その……俺がぶつかってきて、鈴木さんが痛がらないかなって」


「えー? ああ、君とぶつかったけど、いや別にどうだってないよ」

 

 気にしんなって、と倫太郎の背中をポンポンとたたき返してやる。


「どう? 私の背中ばーんってするの。痛い?」


「あ、い、いや、別に……」


「その程度のモンってこと。これでおあいこ。どう?」

 

「あ、は、はい……」


 かなたの快活な笑い声で、倫太郎は胸がスッとする。


「鈴木さんのように、コスプレ喫茶のお姉さんたちも、怖がられなかったのが、俺、初めて、で……」

 

 ぽつりと、倫太郎は言葉をこぼす。

 

「これまでの俺の人生って、体がデカくてみんなから避けられてきたから……こうして感謝されるのが、すっごく……うれしいんです」


「さよか。なら、いいことだ」


 かなたは軽やかに笑う。

 倫太郎の過去を詮索しようとせず、嬉しいという思いをただただ肯定してくれるかなたの距離感が心地よくて、倫太郎は心が安らいでいく。


「君の体のことなら、私も感謝することもあるぜ」


「え?」


「君と歩いていると、随分と楽だなって思ったんだよな」


「そ……それはどういう?」


「端的に言うと、変な奴に絡まれないってことだな」


「へ、変な人……?」


「うん。わけのわかんないセミナーを勧誘するやつとか、そういう輩。いやー、君と一緒に歩いているとそんな声掛けがやってこなくて歩いて楽だわー」


 わっはは、とかなたは快活そうに笑う。


「……え、そ、そんな声かけられるんですか?」


「まあね。ほら、私って一応現役女子高生ってのもあるし、体もちいせえから、要するにナメられやすいってことだ」


「ナメられる……」


 倫太郎は思いつきもしなかった。

 体が小さいことで、弱くみられることで、他人から何をされるのかを。


 ぶしつけな言葉を言い放つ老人。

 わざと体を寄せてくる成人。

 そんな事例を、かなたは面白おかしく倫太郎に言う。


「いやー、快適快適。歩いてて誰にも声をかけられないっていうのは楽なもんだな」

 

「……」

 

(鈴木さんは笑っているけど……変な人から声をかけられて、いい気がするわけがない。暗い空気にしたくないから笑ってるんだ)


 世の中にはいろんなことを考える人がいて――例えばあの酔っ払い男とか――そんなのが、かなたに嫌な思いをさせることを考えたら、倫太郎は辛い思いになる。


 だから――

 

「これも君のおかげだなっ」

 

(自分の体が、鈴木さんの役に立つ)

 

(鈴木さんを助けられるのなら……こんな体も、悪くないのかもしれない)


 そう感慨にふける倫太郎を見ながら、かなたは倫太郎の過去に思いを馳せる。

 

(……)


『……お、俺が怒ると、怒られる、ので』

『あなたは男の子なんだから、体が大きいんだから、我慢しなさいっ……て』


 倫太郎の言葉がかなたの頭の中に残り続けていた。

 

 かなたは倫太郎の過去に無頓着という訳ではない。

 かなたなりに、気にしていた。


(お猿さんでもわかる。彼の過去に大変なことが起きたのだろうってこと)

 

 あの時に見せた倫太郎の、あの諦めの境地に至る表情。

 倫太郎をそこまでの感情にまで追い込んだ何かが、過去に起きたのだ。

 

(それを聞き出すような下世話な真似はしたくはない。でも……)


 どうしても気になるのは、学校中に広まっている倫太郎の噂のこと。

 

『なんかさあ、そのラグビーのクラブやってた時にすごい問題が起きたとか噂ある』

『チームの誰かが体ぶっこわれてラグビー続けられなくなったとか』

『それがなんかすごい問題になったって、で、釘矢ってのがやめたとか』

『うわもうそれ絶対釘矢が何かしたでしょ』

『殴ったとか?』

『あれに殴られたガチ死ぬっしょ』

『それで辞めさせられた……うっわぁリアル!』


(彼がそんなことをするわけがない)

 

 それに、今日の倫太郎の様子を見て、誰かを乱暴に傷つける真似をするような輩には到底見えなかった。

 

(気に食わないなぁ。彼が学校で独りぼっち、っていうのは。こんなに面白くて頼れる奴なのに)


 ふと、かなたは思いついた。


(……あの子だったら、彼と仲良くできるかも)

 

 それに。


(彼を誘えたら、念願だったあのお店に行けるかも!)


 ふふふ、とかなたはほくそ笑む。



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