第13話 褒められが発生しました。
ある平日の夜。かなたは風呂から上がる。コスプレ喫茶のお姉さまから『こころんちゃんに絶対似合うよ!』と譲り受けたふわふわもこもこのピンクの寝間着を身にまとう。
ドライヤーもそこそこに薄いマットレスに寝転がった。
かなたは長期出張のサラリーマンが済むような狭い賃貸のマンションに一人で暮らしていた。
それが当然のように、当たり前の日常のように、かなたは気にしない。
寂しさにも飽きてしまっていた。
ごろん、と転がる。軽い体で、ぽすん、とか弱い音が響く。
Pivivでフォローの新着イラストを見ようとスマホを開いたが、コスプレ喫茶のグループLANEの通知が50件以上も届いていたので覗きに行くことにした。
<リンリン様に私もお礼いいたいよー!>
<お店として大々的に感謝する機会を設けるべきだと思います>
<すっごいかっこよかったんだよー! って伝えたい!>
「うお、お姉さまがた凄いことになってる」
かなたはポチポチとメッセージを返した。
<彼シャイボーイだから 感謝の言葉の洪水を浴びると溶けちゃうと思います>
<いいよねーこころんちゃんは! リンリン様と同級生なんて!>
<お礼言いたい放題じゃん、うらやま!>
かなたは”いやぁすいやせん”と悪い笑顔をした兎のキャラのスタンプを押した。
ライングループの会話の履歴をたどっていく。
もともと、倫太郎に感謝の言葉を浴びさせるのは彼本人が耐えられないからやめましょう、と提案したのはかなた本人だった。
一度はそれでキャストたちはしぶしぶと了解したのだが、店長のある報告でそれが再加熱した。
どうやら捕まった男は薬物系の余罪があったという。違法薬物を所持かつ使用し、自宅からは生成キットも押収された。
あの呂律が回っていなかったのは、アルコールのせいだけではなかったようだ。
その報告は、ぞっとするIFの結末をキャストたちに想起させた。
まず店長が大きな被害を受けた可能性がある。そして事が大きくなり、コスプレ喫茶に様々な視線を向けられ営業ができなくなり……という可能性もありえた。
それをリンリン様――倫太郎が救ったというわけだ。
あの場であの男を完全に制圧できたのは、倫太郎以外にあり得なかっただろう。
<前に来てくれた時も、すっごいもどかしかったよ!>
かなたとて、お姉さま方が悶々とするのを黙ってみているわけにもいかなかった。かなたはしばし考える。
「感謝されることを彼が受け入れられるようなシチュエーション……」
ぱっと、かなたは思いついた。
店長に聞く。
<次の大掃除の日って木曜ですよね>
<その時に……>
かなたはポチポチとメッセージを打つ。送信する。
<いいじゃん、それ!>
<それならきっとうまく伝えられるかも!>
店長も好意的な返事をした。
<いいんじゃないか こちらもいろいろと助かるな>
「よっし、決まったわ」
かなたはラインで倫太郎に伝える。
<明後日の木曜日の放課後 ちょっとうちのとこでアルバイトしてみない?>
<力仕事なんだけど>
即座にラインが返ってくる。
<力仕事なら手伝えると思います>
<いけます>
「おっけーい」
予定が決まり、かなたはしめしめとニヤニヤした。
一方の倫太郎。
LANEで飛んできたかなたからの連絡に即OKしてしまい、今更になってちょっと後悔していた。
「思わずOKしちゃったけど……冷静に考えたら、あのキャストの人たちがたくさんいるんだよな……」
女性の人に囲まれて仕事をするということだけでも、人見知りで引っ込み思案な倫太郎はさらに怖気突いてしまう。
倫太郎は勢いのまま承諾してしまったのを取り消したく思っていたが、それを断る勇気がなかった。
「あーーーー、どうしよぉ……」
倫太郎は一人机に突っ伏しながら、いつまでもいつまでも思い悩んでいた。
◇◇◇
当日。放課後。かなたとの待ち合わせの場所である学校の校門の前に立つ。
いまだ度胸が付かずに、断りの連絡を入れようか入れまいか悩んでいる。
(お、俺なんかデカいだけの陰キャがあんなキラキラ女子空間に飛び込んだらやっぱり迷惑なんじゃないか?)
(やめといたほうがいいんじゃないか、でもドタキャンって一番最悪って聞くし)
(でも一体どうしたら……)
(……今から風邪ひくか)
(腹出してそこらへんで寝転がってみるか……?)
「よーっ、早くいくぞー」
ばかなことを考えていた倫太郎の後ろから、かなたが元気な声で話しかけてきた。
「あ、は、はい……」
かなたに見つかってしまい、かなたの前で断ることができないでいた。
「……一応聞くけど、なんか用事があったわけじゃないんよな?」
「あ、な、ないです」
(誰かと、遊びに行く用事、とか、いない、ので……)と言おうとする前に、
「んじゃええな。行こうぜー」
快活なかなたの声でかき消された。かき消してもらって倫太郎はホッとする。
「って、あの、鈴木さん!?」
「ん?」
「あの……一緒に、行くんです……?」
「おうよ」
「その、でも……変な、噂立てられたら、あれじゃないですか」
「ときめきメモリアなんとかのヒロインみたいなこと言うじゃん」
「でも……」
「そこでびくびくしてたら逆に怪しまれるって。むしろ堂々と歩けばいいじゃん」
バシバシと倫太郎の背中をたたく。
「それで、あの、し、質問があるんですけど……その、ailes d’angeのキャストの人たちも、来られると思うんですけど」
「そだね」
「その……お、俺、し、正直、こ、怖くて……。その、怖がられるんじゃないかなって」
「ないでしょ」
かなたはちょっと面白おかしく笑った。
しかし、倫太郎の神妙な面持ちを見て、倫太郎が真剣に、本気でそう思っているのだとかなたは諒解する。
倫太郎は本当に、不安なのだ。
自分が恐怖の存在だと、帯びられて当たり前の人間なのだと思っている。
倫太郎が抱えている不安は、深刻なものなのだろう、
(じゃあここで、釘矢君の悩みによりそって『そっか、辛いか。今日はやめて、今度にしようか』って言うのも、違うだろ)
「友達である私が来てほしい……って言うんじゃ、だめ?」
「そっ、そ、それは」
友達、という言葉に倫太郎は反応する。
そうだ、せっかく初めてできた友達の頼み事じゃないか。
それを、無為にするだなんて、俺は何を考えていたんだ。
「ほら、力持ちの友達を戦力として呼んでる私のメンツを守るって意味でさ」
「あっ……そ、そうですよね! す、すみません、じ、自分のことしか考えなくてっ……。そ、そうですよね、鈴木さんのメンツを守るために、俺、ち、ちゃんと行きます!」
「あっはは。まあバイトに前向きな気持ちになってくれたらそれでいいよ」
(そうだよな……堂々と、しなきゃ。ailes d’angeのキャストの皆さんの前で、変な挙動してたら逆に鈴木さんが変な目で見られる。鈴木さんのために、シャキッとしないと……)
「んで、こっから電車で――」
ふと、かなたは見上げる。
いつも猫背でいた倫太郎が、背中を伸ばしていた。顔はいつもよりも高い。
「あのさ」
「はい」
「君っておねショタが好きじゃない」
「なぜばれたのかはともかくとして正確には年上のお姉さんに全肯定されて衣食住すべてを管理されるレベルで支配されるのが好きですけどまあおねショタも守備範囲内です」
「実際おねショタのイラストって背の小さい子が多いけどそこらへんはどう自分と整合をとってんの」
「整合……?」
「いや私はもともと背が小さいから大きなお姉さんになでなでされるのは今の自分のままの体でいいから割とスンと入ってくるんだけどさ、そこらへん男って体デカいからどうしてんのかなって。女の子のオタクしか知り合い居ないから、純粋に気になったんだよね」
「それはまあ……縮みますよね」
「縮む」
「はい。だいたい110センチまで縮みます」
「精神的にはどうなんの?」
「あー……精神が変わらないまま子どもになるのってなんか嫌なので見た目相応な精神になります」
「え、なるの? 精神が?」
「なります」
「でもそれは今の15歳の君じゃなくなるってこと?」
「そういうの全部まとめて大丈夫です。なります。なれるんです。小学生の頃の自分に戻るっていうのも一つなんですけど……まあ今もアレですけど昔の自分なんてちゃんとできてなくて、それで例えばお姉さんに失礼なことを言ってしまったらだめじゃないですか。だからそういう分別がある、礼儀正しくて真面目な子どもに”成る”んですね」
「こわいにょ」
「あと、俺別におねショタだからって理由でキャラクターを好きになるとかじゃないです、あくまでジャンルとして好きで」
「でもテンセグの糸北レリィのこと好きじゃん」
「それはまあ……そうなんですが……」
「あんなプレイヤーをショタ扱いしてくる推定18歳の女子高生を前に君はどうするんだい」
「いや、というか俺、プレイヤー(先輩)に感情移入はしないです。壁としてみてるだけです」
「え? 私全然感情移入してる。私こそが可愛い美少女を導く先輩なんだが?」
「あ、これ解釈違いですね」
「いやでもゲームしてるときってじゃあ何してんの? 編成組んだりとかアイテム使ったりとか、それに選択肢を押すのは君じゃないの?」
「あのゲームの選択肢ってあるようでないじゃないですか。どれ選んでも変わんないですし」
「まあそれはそうなんだけど……いやでもさぁ――」
◇◇◇
ailes d’angeは定休日で、今日はキャストたちは集まって接客ではなく掃除をする日だった。
大学生が多いキャストで、平日でも集まりは良い。
「お、お! 一緒だ! なんか楽しそうにお話してるじゃない!」
窓からそっと見ていたキャストたちは、かなたたちがやってくるのを待ち望んでいた。
キャストたちは、かなたと倫太郎が仲良く歩いているのを想像する。
「高校生の同級生、異性同士。何も起きないわけがなく……!」
「いやー、こころんちゃんもとうとう恋を知るときが来たか! お姉ちゃん、寂しいなぁ……」
「二人、なんの話してるんだろう! 学校の話かな、それともデートの話だったりっ……!」
扉が開く音がする。
「あ、きたきた!」
やってくる二人をキャストたちは出迎えようとしたが――
「なぜプレイヤーが美少女たちに慕われているかというバックグラウンドを”世界を守った兵士”っていう設定にしてそれを”先輩”という絶妙な呼び名で統一しているっていうのがすごいいいじゃないですか。そしてその先輩と後輩の関係ってものすごく尊くてその物語が完成されすぎてるからそこに自分と言う意思は”不純物”じゃないですか、だからその間に割って入るのが」
「だから違うって自分が先輩なんだから堂々と自分として後輩ちゃんにイチャコラムーブすればいいじゃん」
「違うんすよ……! 俺はただ見守りたいんですよ……!」
「でもゲームでキャラを選んで戦うのを選んでるのは自分の指なんだからやっぱりそこは自分を投影するのが”正解”なんじゃあないのか?」
「それは俺じゃなくて”天の思し召し”みたいなもので!」
「自分に正直になりたまえよ先輩が可愛い女の子に頭なでなでされてるスチルを自分に置き換えてさぁ!」
「できないんですってそれが!」
「「「なんの話してるの???」」」
てっきり青春を満喫しているものとばかり思いこんでいたから、喧々諤々とテンセグの話をする二人を見てキャストたちは思わずずっこけてしまった。
「……え、あ、あっ……! こ、こここ、こんにちはっ……」
かなたと話していていつの間に着いていたのかと気が付き、倫太郎は深々と腰を曲げてキャストたちに挨拶する。
「私の背中に隠れるのはいいけど全然隠れてねえぞ」
「うっ……」
目の前にいるキャストたちはほとんどが女子大生たちで、おしゃれな私服を身にまとい、それでいて可愛いコスプレが趣味の美人たち揃いときた。
倫太郎からしてみれば大人の雰囲気が漂う女性であり、そのオーラにすっかり気圧されてしまっている。
「そんなにおっかなびっくりしなくてもいいのに、ねえ?」
あらあらうふふ、とキャストたちは倫太郎を見て可愛いものを見る様に微笑んでいた。
「君ぃ、お姉さんたちに愛でられるの夢だったんだろう? もう少しうれしくしたらどうかね」
「……し、刺激が強すぎるので、もうしばらくは二次元の世界でいいです……」
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