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 雀の鳴き声で目を覚ましたとき、僕はカーペットの上で仰向けになっていた。ベッドでは佐伯が掛布団にくるまっている。服をまとめて皺を引っ張り、部屋の隅に畳んで置いた。

 キッチンに行って適当なコップに水を汲んで飲んだ。喉が渇いていた。2杯3杯と飲んでも足りなかった。冷蔵庫にデジタル時計がくっ付いていて、05:48を指している。昨日のことを思い出すと足が竦んだ。


 やや迷って、シャワーを浴びた。汗ばんでもいないし寒くもないが、全身にへばりついたものを洗い流したかった。

 放り投げられていたタオルで全身を拭いて部屋に戻ると、目を覚ました佐伯がこちらを見ていた。


「洗濯機に入れといて」


 ややあって、タオルのことだと分かった。


「ごめんシャワー浴びてた」

「すぐ出るから」

「どこ行くの?」

「どこでも」


 佐伯が洗面所に入った隙に、僕は服を着てテレビを付けた。淡々とニュースを流す情報番組か、誰が買うのか分からない通販か、古い歴史ドラマしかやっていない。

 ニュースを流していたが、どれも他人事ばかりだった。


 洗面所から出てきた佐伯は、白いレースのシャツにブラウンのロングスカートを履いていた。クローゼットからレザージャケットを引っ張り出して、羽織りながら「行こう」と言った。


「えっと、どこに」

「どこでも。あ、じゃあマック」


 コンバースを履いて佐伯は言い直す。



 僕らは15分近く歩いてマックに辿り着いた。ドライブスルーのある店舗だったが、車は通っていなかった。

 通りに面したカウンター席に並んで腰掛け、モバイルオーダーで注文した。他に客はいない。注文はすぐに届いた。


「実家暮らし?」


 ハッシュドポテトを齧りながら佐伯が言う。


「うん」

「私地方から出てきたの」

「へえ、どこ?」

「ずっと片親だったんだけど、高校のときにママが再婚して」

「大変だったんだ」

「新しいお父さんに襲われそうになってさ」

「えっと、それで家を出たってこと?」

「高校中退して無理矢理こっち来て。高卒資格取ってから受験した」


 佐伯のハッシュドポテトはなくなって、今度はマフィンにかぶりついている。

 何と答えればいいのか分からず、逃げるようにポテトを食べた。彼女が親にバレたくない理由が分かった気がした。


「あのさ、佐伯」


 返事はない。代わりに視線が向いた。


「俺今日午後からリモート面接あるんだけど」

「あっそ」

「家貸してくんない? あとスーツも」

「ジャケットならいいよ」


 僕らは朝食を済ませた後、遠回りをして自宅に戻った。

 どこでも、と言った佐伯の希望は叶えられなかったし、警察が来る気配はまるでない。そのお陰で、油断ではないけど、昨晩のような義務的な正義感から解放された。


「君はストレートで大学?」


 歩道を進みながら佐伯が言った。


「うん。4年生、今年で22」


 答えながら、佐伯がそうではないことを感じた。

 足元では赤いコンバースが左右交互に進んでいる。履き口から白い陶磁器みたいなくるぶしが見えた。佐伯の肢体を支える足首は、華奢で頼りない。


「弁護士に相談しよっかな」


 アパートが見えていた。佐伯のジャケット着られるかな、とか服装自由って言ってたけど今度は本当かな、とか考えていたから冷や水を浴びせられたような気分になった。


「自首するってこと?」

「しない」

「じゃあ相談しなくてもいいんじゃない」

「分かってる」


 それは何をどこまで、分かっているのだろう。おそらく佐伯自身にも分からないのだろう。

 自分の分かっていることが、分からない。だから思いつく限りの分かったようなことを言うしかない。


 僕は分からなかった。「分かってる」なんて口が裂けても言えないくらい、何もかも分からなかった。

 分かっている佐伯が――たとえ分かっているいうな素振りであっても、途方もなく大人びて見えた。


 部屋に戻ると、佐伯はすぐにジャケットとシャツを脱いだ。

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