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第109話

「我が親愛なる友、ゴルディ・オルワイズへ。

この度、我が愛娘リアネットが王立学院に入学することになった。

そういえば君の娘アステルも同い年だったな。

遅ればせながら、第2王子の婚約者へ贈る入学祝いの品だ。

きっと気に入るだろう。

よければ両家の娘が仲良くなってくれると嬉しい。

再び会う日まで、健康でいてくれ」


──これは領主が書いた手紙だった。

つまり、入学祝いの“品”とは私のことか。

領主の手紙と一緒に私を宰相の元へ送り届けることで、宰相が私を娘に渡す段取りらしい。

……とはいえ、そんな厳重に監視されている場所で、果たしてうまくいくのか?


「……本当にうまくいくんですか?」

「宰相に接触できる数少ない手段の中で、最も現実的な方法です。では、ノベト様」


教皇は手のひらを箱へ向けて差し出した。


「はいはい、入りますよ」

「それと、ノベト様に贈り物があります」

「贈り物?」


教皇はそう言って席を立った。


---


「宰相様は現在、多忙でいらっしゃいます。私が代わりにお預かりいたします」

「それはできません! フェレオラ領主様が、必ず返事をいただくよう仰せでした!」


暗く、光の差し込まない箱の中。

私はベトの形を模したネックレスとして、手紙を枕に眠ったふりをしながら、ふたが開く瞬間を待っていた。

箱の中は思ったより快適だった。冬という点を除けば。


「どうか、宰相様にお会いさせてください!」


必死に訴える男の声。

フェレオラの使用人か、教会関係者か……それは分からない。


「繰り返しますが、宰相様はお忙しいのです。私に預けられないのなら、お引き取りください」


感情のない、硬く乾いた声。

今話している男が、宰相の使用人であることは間違いない。

そんなやり取りが数度繰り返された後、別の声が響いた。


「何を騒いでいる!」


焦りを含んだヒステリックな声。

その主がゴルディ・オルワイズ宰相であるのは、ほぼ間違いなかった。


「さ、宰相様……」

「さっきから騒がしくて仕事に集中できん。これは何だ!」

「はい、フェレオラ領主様から、必ずお渡しするようにと……」

「開けてみろ」

「……は?」

「君が開けろと言っているんだ。中身を見て私が判断する」


沈黙のあと、箱のふたがゆっくりと開いた。

光が差し込み、男が箱の中をのぞき込むのが見えた。

黒髪だが白髪混じりで、八の字の口ひげ。

目の下は深いくまができ、やつれた顔立ち。

この男が、ゴルディ・オルワイズ宰相だ。

彼は私の隣にあった手紙を取り、広げて読んだ。


「確かに……これはフェレオラからの手紙だな……」


そして再び、私に手を伸ばし、優しく持ち上げた。


「……アステルへの入学祝いか……」


だがその手に、徐々に力がこもる。


「くそっ……私の状況も知らずに……」


しばらくして、手から力が抜けた。


「……いや、知らないほうが幸せか……フェレオラには、受け取ったと伝えてくれ」

「は、はい。でも……お返事は……」


宰相は手紙を握りつぶし、男に投げつけて怒鳴った。


「受け取っただろう! これを返事として伝えろ!」

「ひ、ひいっ……わかりました!」


男は逃げるように立ち去り、残ったのは宰相とその側仕え。


「宰相様、冷えます。中へお入りください」

「……ああ」


宰相は私をじっと見つめたあと、白い吐息を残しながら屋敷の中へ入っていった。


屋敷内は薄暗かった。

見た目通り、空気も重く沈んでいた。

窓はカーテンで覆われ、照明は光魔法の魔石だけ。

そのせいで人の顔すら判別が難しい。


「旦那様、その首飾りを私にお預けください」


別の声が宰相の向かいから聞こえた。

木の床を踏む足音が近づき、黒いシルエットが姿を現した。


「くっ、イビルス……これは、大切な友が、私の娘のために贈った……」


宰相の声は、さっきのヒステリックな調子から一変し、怯えきった鼠のような声になっていた。


「そうですか。しかし念のため、私が預かっておきましょう」

「これすら……私の意思ではどうにもできんのか」

「フフフ……決断力ある旦那様が、ここまで迷われるとは……では、もう少し簡単な方法でいきましょうか」


イビルスは左手の中指と親指を鳴らした。

その瞬間、もう一人の黒いシルエットが現れた。


二人の黒影が宰相の前に姿を現した。


「お、おまえ……」

「メリー……!」


一人は、赤と灰色が混じる長髪を乱した女性。

息も絶え絶えで、寝巻き姿のまま宰相を見つめている。

この人が、宰相の妻メリーだろう。


もう一人は使用人風の男で、短い黒髪に終始笑みを浮かべている。

だがその笑みは、教皇のような穏やかさとは異なり、邪悪さを感じさせるものだった。


彼こそが、魔道至上教とつながるイビルスなのだろう。


「私からも、アステル嬢に遅ればせながら入学祝いを差し上げましょう。ここで、今すぐに」


イビルスは右手を持ち上げ、何かを搾るように指を曲げた。


その瞬間、メリーが激痛に苦しむように悲鳴を上げた。


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