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あん時のおっさん

作者: 三月やよい


「すみませんお会計」

「しょ、少々お待ちください!」

 文具店の店員は、大量のラッピング、横から聞いてくる客、鳴り続ける電話に阻まれ、レジまでたどり着けない。やれやれ。私はいつもこんな役だが、まあいい。それも今日までと思えば。

と。

「おい、他の店員どこよ? いねぇのか」

 後ろから、ノッポの青年が声をあげた。彼の声と姿に、どこからか店員たちが慌ててレジに来た。

 サングラスに派手なジャケット。指やら胸元やらにジャラジャラと金属のアクセサリーをつけている。怒らせたら怖そうではある。

 その青年が、私の方を向いて笑った。

「おう、あん時のおっさんじゃん、元気?」


 この、名前も知らない青年と会ったのは、かれこれ三年前のこと。


 仕事で散々な目にあい、中間管理職らしく人のミスの責任をとり、休憩もままならないまま帰りも遅くなり、トドメのように酔っ払いに絡まれてた所に、声をかけてきた。サングラスはかけていたが、まだ派手な格好はしてなかった。

「やめろよ」

 青年はただそう言っただけだが、酔っ払いは逃げていき、言った方もポカンとしていた。


 二度目に会った時も、私の職場は、悪い例の見本市さながらなトラブル続きであった。四十年以上、ついているとは言い難い日々ではあったが、人の不始末を片づけ続けるのも、流石に疲れた。

 家族も友人もいない……もう、終わらせてもいいのではないか。

 そう思った時だった。

「あっ、あん時のおっさん!」

 あの時の青年に声をかけられた。



 廻らない寿司屋に連れてこうとする青年を必死で押しとどめ、妥協案として自販機のコーヒーを奢ってもらい、缶を空けながら話を聞いた。

 なんでも、サングラスをかけてないと光が眩し過ぎて倒れてしまうという。だが、サングラスしたままでできる仕事が見つからない。困り果てていた時に、あの場面に遭遇した。

「たった一言いっただけで収まってビックリさ。この見た目も使いようか、って」

 今、ドラッグストアで夜勤してるという。店長が彼の病気に理解があり、女性店員に絡むクレーマー応対を引き受けている。

「絡まれてたおっさんには悪いけど、おかげで道が開けたっつーか。ホントありがとうな!」

「いや、こちらこそ……」


 以来、なぜか私が仕事に疲れきった時に、ひょっこり会うようになった。



 無事、レジで支払いを終える。青年に軽く礼を言い、その場を離れた。

 遺書を書こうとした便箋だが、もう使う気が失せてしまった。まあいい。そのうち使う機会もあるだろう。

 ふと振り返り、青年の会計が目に入った。

 買っているのは、絵葉書だった。「引っ越します」の。



 私は相変わらず地味に不運な日常だったが、あの青年に会うことはなくなった。

 彼が働いているドラッグストア(前に、拗れた取引先をおさめた帰り、雨に降られて入った時に会い知っていた)にもいなかった。聞こうにも、お互い名前も知らない。

 まあそうだろう。今まで「なぜか、たまたま私が助かるタイミングで会ってた」だけなのだ。こっちが勝手に「最後のストッパー」と思っていただけで。

 ……あの文具店の帰りに、廻らない寿司屋に連れて行けばよかった。

 そう思っていた時。


 前を歩く人が、カバンからスマホを出した時に何か落とした。イヤホンが片方。

「落としましたよ」

 声をかけて振り向いた顔に見覚えかあった。慌ててこちらに駆け寄ってくる。

 と。

 急に自転車が曲がってきた。もしそのまま歩いてれば衝突していただろう。

「あ、ありがとうございます!」

「いえ、あ」

 咄嗟に出かけた言葉を飲み込んだ。

『あの時の店員さん』

 便箋を買った文具店の店員だった。



「……まさか、な」

 だが予感は当たった。

 以後、私は意図せず「『あの文具店の店員さん』の危機を偶然、度々救うおじさん」を務める羽目になった。

 信号無視の車から。

 レジに呼んだ直後に来たクレーマーから。

 傷んだ惣菜弁当から。

 夜道で待ち伏せてた変質者から。

 しつこい勧誘から。

「またまたまたまた…な、何度目でしょうか。ありがとうございます…!」

「どういたしまして。じゃ」

 名前も知らず、それ以外に会うこともなく。

 それは、私が転職するまで三年ほど続いた。



 もしかしたら今は、彼女が「あの時の誰か」に偶然会う日々を送っているかもしれない。

 あの時の便箋は、今も部屋のどこかにあるはずだ。


(了)

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