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Left Behind  作者: 鯖来
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第四話

 小さい頃、動物ビスケットが好きだった。バターが香るビスケットが色々な動物の形になっていて、表面には外国語でその動物の名前が焼印された、あれだ。外国語はわからなかったが、パッケージに翻訳が書かれていたので、いつも一枚一枚確かめながら食べていた。これはライオン。これはおんどり。これは馬。そんな風に。

 ある日のおやつの時間、私はテレビで流れる昔のアニメ映画を横目に見ながら、傍にマグカップに入った牛乳を携え、いつものようにビスケットを食べていた。これはホッキョクグマ。これはペリカン。テレビの中では、ゾウの子供が大きな耳を翼にして空を飛んでいた。私はその映像に釘付けになり、無意識のうちに、一枚のビスケットを形を確かめないまま口に入れてしまった。テレビから目を離し、牛乳を少し飲んで、私はその事実に気づいた。そして、そのビスケットがなんの動物だったのか、もはや知り得ないということに気づいて愕然とした。ビスケットは箱の中で、ずっと動物の形で待っていたのだ。私はその形を認識すらしないまま、小麦とバターと砂糖の混ぜ物に変えてしまったのだ。そう思うと、無性に悲しくなった。涙が込み上げてきて、私はソファに置かれたクッションに顔を埋め、声を殺して少し泣いた。


 その日の夜だった。私はベッドに横たわり、ぼんやりと窓の方にまだ腫れぼったい目を向けていた。空には雲ひとつなく、大きな満月が私を照らしていた。月が明るいので、星はよく見えなかった。耳の大きな子ゾウが、夜空を飛び回るところを想像した。大きな影が満月の前を横切る。急降下したかと思うと地面スレスレで反転し、宙返りする。しばらくそうして、頭の中の象を追いかけていた。すると、ゾウの行先に、先ほどまで見えなかった星がひとつ、夜空に輝いているのに気づいた。キラキラと瞬くその星は、青っぽいような、赤っぽいような、真っ白なような、不思議な色をしていた。見つめるうちに、私はその星がだんだんと大きくなっていることに気づいた。何度か瞬きをして、目をこすり、もう一度その星に目を向ける。さっきまで光り輝く点でしかなかった星が、今では隣の満月とさほど変わらない大きさになっていた。二つの月が輝く夜空は異様ではあったが、怖いとは感じなかった。ただ、少し眩しいなと思った。星はどんどん大きくなり、ついには月をも覆い隠し、その強烈な光で私の部屋を真っ白に照らした。あまりの眩しさに、私は思わず目を瞑った。晴れ渡る夏の昼間、薄暗い屋内から輝く太陽の下に飛び出したかのようだった。どれくらい経っただろうか、部屋が再び暗くなったのを感じ、私は少しずつ目を開けた。月明かりに照らされて真っ暗ではないものの、見慣れた夜の部屋だ。窓から空を見上げると、月は再び唯一無二の存在感を取り戻していて、星たちはその影に身を潜めていた。一体何だったのだろう。月を眺めながら、しばらく考えた。飛行機?ヘリコプター?隕石?UFO?どれも実際に見たことはなかったが、なんとなく違う気がした。だんだんと眠くなってきて、また頭の中の夜空をゾウが飛び回り始めたので、私は窓に背を向け、布団の中に潜り込んだ。眠りに落ちていく中、誰かが私に語りかけるのが聞こえた。

「あのビスケットは、ラクダだったよ」

それは私が初めて聞いた、彼らの声だった。


 次の朝目を覚ました私は、すんなりと彼らの存在を受け入れた。昨日も一昨日もその前も、私が生まれた時からずっとそこにいたような、そんな気がしたのだ。後から知ったところによると、それは気のせいではなかった。実際のところ、彼らはそこにいたのだ。ただ、私がその輪郭を捉えることができなかっただけだったのだ。彼らを表現する適切な言葉は何だろうか?彼らは風だった。彼らは海だった。彼らは星空だった。彼らは光だった。彼らは空間だった。彼らは時間だった。そして、彼らは私の友達だった。


 ある日、彼らに尋ねた。

「どうして私たちは友達になれたの?私はただの人間で、あなたたちはほとんど宇宙そのもの。明らかにスケールが釣り合っていないのに」

少しの間の後、彼らは何となく悲しそうに笑いながら答えた。

「宇宙ではすべてが起きている。君が美しいと思うことも、恐ろしいと思うことも、楽しいと思うことも、悲しいと思うこともね。僕たちはその全てをとらえられるよ。でも、それはただの事象でしかない。どこかから来た何かが、別のどこかから来た何かと衝突して、また別のどこかへ去っていく。その繰り返し。美しくも、恐ろしくも、楽しくも、悲しくもないんだ」

そしてこう付け加えた。

「僕たちは君のおかげで、世界に豊かさを見出せるんだ」



 私が彼らの存在を認識できるようになった理由は、最後までわからなかった。彼らに尋ねても要領を得ない答えが返ってくるだけで、偶然であるという以上の理由は見つからなかった。彼らは言った。

「起こったから起きた。それだけさ」


 長い時間を一緒に過ごしても、彼らが見ている世界は、私にはわからない。私に見えているのは、今も昔も、私が見ている世界だけだ。


 私は冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、そうして少しだけ暖かくなった空気を、ちょっとずつ吐き出した。


(続く)


挿絵(By みてみん)

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