第64話世界は、空白を恐れる
第64話:世界は、空白を恐れる
物語は、終わった。
——はずだった。
翌朝。
世界は、何事もなく始まる。
市場は開き、
鐘は鳴り、
子どもたちは笑う。
空は青い。
完璧な、救済後の世界。
だが。
禁書庫の最奥。
修復されたはずの魔法陣の中心に、
“何もない場所”があった。
削られた跡ではない。
焼け焦げでもない。
最初から、そこだけ
定義が存在しない。
エリスは、震える指で空間に触れる。
指先が、わずかに沈む。
「……空間が、確定してない」
クロウが眉をひそめる。
「確定?」
「世界は、すべてを定義してる。
重さも、意味も、存在も。
でもここは——」
言葉が途切れる。
そこだけ、
世界が“説明を放棄している”。
その夜。
町のあちこちで、小さな異変が起きる。
石畳の継ぎ目が、曖昧になる。
影の輪郭が、滲む。
風の音に、意味が混じる。
誰も気づかない。
だが無意識に、人々は避ける。
理由のない空間を。
そして。
セレスは、丘の上でそれを見た。
空が、わずかに歪む。
一瞬だけ。
ひび割れのような、線。
——あの日と同じ。
胸が、強く鳴る。
歌は戻らない。
でも。
欠けたはずの何かが、
世界のほうから“探している”。
遠く。
世界の根幹。
声が響く。
『定義安定率、低下』
『空白、増殖傾向』
『原因不明』
沈黙。
そして。
『楔、再計算』
演算は走る。
だが、結果は出ない。
なぜなら——
楔は、“異物”ではなかった。
世界の外にいたのではない。
世界に属さない存在がいたからこそ、
世界は閉じていられた。
排除によって、
均衡が崩れた。
世界は、初めて理解する。
自分が依存していたことを。
遠く、外側。
俺は立っている。
触れていない。
干渉もしていない。
だが、感じる。
世界が、こちらを“認識”し始めた。
戻そうとしている。
だが。
戻れば——
代償が必要になる。
世界は等価を好む。
消えた楔を取り戻すには、
別の“中心”を失う。
セレスが、空を見上げる。
風が吹く。
今度は、はっきりと旋律だった。
彼女のものではない。
世界のものでもない。
“空白”から漏れる音。
「……帰らないで」
それは祈りではない。
選択だ。
その瞬間。
空のひびが、わずかに広がる。
世界が、迷う。
取り戻すか。
このまま崩れるか。
物語は終わった。
だが——
世界は、まだ決断していない。




