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第63話それでも歌は、誰かに届く

第63話:それでも歌は、誰かに届く

 世界は、静かだった。

 崩壊もしない。

 歓喜もしない。

 ただ、何かが欠けたまま正常に回っている。

 空は青く、風は吹き、人々は何も知らずに歩いている。

 英雄譚は完成した。

 災厄は去った。

 世界は救われた。

 ——たった一人を、代償にして。

「……歌えない」

 セレスは、ぽつりと呟いた。

 声は出る。

 音程も取れる。

 けれど、かつて世界を震わせた“何か”は、もうない。

 エリスは、禁書庫の瓦礫の中で立ち尽くしていた。 「記録が……」 「全部、書き換わってる」

 ページをめくっても、

 そこに“楔”の記述は存在しない。

 最初から、いなかったことになっている。

 クロウが、歯を食いしばる。 「……結局、あいつは」 「何だったんだよ」

 誰も、答えられなかった。

 世界に選ばれなかった者。

 世界に残らなかった者。

 名前すら、記録されない存在。

 セレスは、胸に手を当てる。

 ——でも。

 確かに、そこに“いた”。

 夜。

 誰もいない丘の上で、

 セレスは空を見上げていた。

 歌えない喉で、

 それでも、息を吸う。

「……ねえ」

 誰に向けたわけでもない声。

「あなた、ずるいよ」

 答えは、ない。

「世界を救って」 「私を縛らないで」 「それで……いなくなるなんて」

 風が、草を揺らす。

 その音が、

 一瞬だけ——旋律に聞こえた。

 セレスは、はっと顔を上げる。

 ありえない。

 歌は、もう——

「……届いてる?」

 確信はない。

 証拠もない。

 けれど。

 遠く、世界の外側。

 物語にすらならない場所で。

 俺は、立っていた。

 形は曖昧で、

 声も、名前もない。

 でも。

 確かに、聞こえた。

 世界を救う歌じゃない。

 誰かを導く歌でもない。

 ただ一人に向けた、

 不器用で、優しい声。

 だから、俺は思った。

 ——これでいい。

 英雄にならなくていい。

 記録に残らなくていい。

 世界に選ばれなくても、

 誰かが選んでくれたなら、それでいい。

 歌は、世界を救わなかった。

 でも。

 それでも歌は、

 確かに——誰かに届いた。

 物語は、そこで終わる。

 名前のない存在と、

 世界に縛られない歌だけを残して。

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