第62話世界が救われた理由
第62話:世界が救われた理由
カウントは、音を持たなかった。
数字が減っているというより、
世界そのものが「結論に近づいている」――そんな感覚。
『再構築進行中』 『因果修正率、臨界点到達』
禁書庫の最奥が、白く染まっていく。
光ではない。
意味が塗り替えられている。
「……見える」 セレスが、呟いた。
彼女の視線の先には、何もない。
だが、彼女は確かに**“何か”を見ている**。
「世界の……完成形」 「歌が、どう使われてたか」
エリスが息を呑む。 「……まさか」
セレスは、静かに続けた。
「世界は、私を“歌わせて”たんじゃない」 「最初から……私の歌だけを残すつもりだった」
クロウが、理解に追いつかないまま言う。 「……どういう意味だよ」
セレスは、俺を見た。
「あなたが、楔だった理由」
その言葉で、すべてが繋がった。
——英雄は記録される。
——神は崇められる。
——災厄は封じられる。
だが。
「“守る者”は、残らない」 エリスが、震える声で呟いた。 「……守るだけの存在は、物語に必要ない」
世界の声が、補足する。
『歌は保存対象』 『歌を生んだ因果は、不要』
セレスの拳が、強く握られる。
「……私が生き残るために」 「あなたは、最初から——」
「消される予定だった」 俺が、代わりに言った。
不思議と、納得していた。
俺はセレスを救った。
逃がした。
守った。
だが、世界視点で見れば――
**それは「一時的な処理」**に過ぎない。
「歌さえ世界に残れば」 「誰が守ったかなんて、どうでもいい」
クロウが、叫ぶ。 「ふざけんな!!」 「そんな都合で、人一人を——」
『反論は無効』 『楔は役割を完了』
セレスが、一歩前に出た。
「……違う」
声は、はっきりしていた。
「この人がいなかったら」 「私は、世界のために歌わなかった」
世界が、初めて言葉に詰まる。
「私は、装置じゃない」 「“守られた存在”として歌った」
——それが、致命的だった。
歌が、変わる。
世界を満たしていた旋律が、
初めて“感情”を帯びた。
『……検証』 『歌の性質、変化』
エリスが、愕然とする。 「歌が……」 「世界を安定させてない……?」
そう。
セレスの歌は、もう
世界を支えるための歌じゃない。
たった一人に向けた、歌。
——だから。
『結論』 『世界は救済される』
クロウが、息を呑む。 「……は?」
『ただし』
空間が、完全に停止する。
『歌は世界に属さない』 『世界は歌を保持できない』
セレスの目が、見開かれる。
「……そんな」
『歌の発生源を』 『世界の外へ移行』
俺の身体が、はっきりと透け始めた。
——なるほど。
世界が救われる理由。
それは、
セレスが世界を支えるからじゃない。
セレスが、世界を捨てるからだ。
俺は、笑った。
「なあ、セレス」 「これでいいんだ」
「あなた……!」 彼女が、掴もうとする。
でも。
もう、触れない。
「世界は、お前を縛らない」 「だから——」
最後の言葉は、声にならなかった。
『移行開始』
世界が、確定する。
セレスの歌が、
世界から――完全に切り離された。
その瞬間。
世界は、救われた。
——英雄も。
——神も。
——災厄もいないまま。
ただ一つ、欠けたままで。
エリスが、呆然と呟く。 「……これが」 「世界が救われた理由……」
クロウは、何も言えなかった。
セレスだけが、立ち尽くしている。
歌えなくなった世界で。
そして。
誰にも気づかれない場所で。
俺は、物語から外れた。




