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第61話世界が躊躇した日

第61話:世界が躊躇した日

 世界が、止まっていた。

 正確には――迷っていた。

 再構築が始まったはずの空間は、未完成のまま凍結し、禁書庫の最奥は「途中の世界」と化していた。

 崩れた魔法陣は修復されず、宙に浮いた書物は落ちもせず、燃えもせず、ただ存在を保留されている。

「……気持ち悪いわね」  エリスが、そう呟いた。

 彼女の言葉には、珍しく理屈がなかった。

 魔術師としての直感が、理解より先に拒絶している。

「世界が判断を先延ばしにするなんて」  エリスは唇を噛む。 「普通はありえない。裁定は絶対。迷う余地なんて――」

 そこで、言葉が途切れた。

 俺の方を、見たからだ。

 正確には――俺の影を。

「……ねえ」  セレスが、俺の袖を引いた。 「あなた、さっきより……薄くなってない?」

 空気が、変わった。

 クロウが、俺の足元を見る。

 影は、確かにそこにある。

 だが、輪郭が曖昧だった。

「おい」  クロウの声が低くなる。 「冗談だよな」

「冗談ならよかったんだけどな」  俺は肩をすくめた。

 実感は、あった。

 痛みも、恐怖もない。

 ただ――自分が“世界に引っかからなくなっている”感覚。

 エリスが、必死に術式を組み直す。 「違う……これは消失じゃない」 「なら何だよ」 「……参照されなくなってる」

 その言葉に、セレスが息を呑んだ。

「世界が再定義に入ったことで、計算外の存在を……」  エリスは、続けられなかった。

 代わりに、世界が応えた。

『補足』 『楔は、再構築工程において不要』 『存在の優先度を、最低値へ移行』

「……最低値?」  クロウが吐き捨てる。 「それ、人間に使う言葉かよ」

 世界は、淡々と続ける。

『楔は世界を安定させない』 『ゆえに保存の必要がない』

 セレスが、前に出た。

「待って」  声は震えていなかった。 「この人がいなければ、私は歌わなかった」 「世界が迷ったのも、この人がいたから」

『反論を確認』 『だが因果は成立済み』

 俺は、セレスの肩に手を置いた。

「いい」 「ここから先は、俺の話だ」

 ゆっくり、世界を見る。

「お前は今、選択をしてるつもりなんだろ」 「再構築だの、裁定保留だの」

 一歩、前へ。

「でもな」 「それ自体が、もう答えなんだよ」

 世界が、わずかに揺れる。

「完璧な世界なら、迷わない」 「迷った時点で、お前は“物語”になった」

 沈黙。

 ——いや。

 世界が、聞いている。

「物語にはな」 「選ばれない奴が必要なんだ」

 俺は、笑った。

「主人公でも」 「英雄でも」 「世界の一部でもない奴が」

 セレスを見る。  エリスを見る。  クロウを見る。

「じゃないと、選ぶ意味がなくなる」

 その瞬間。

『……』 『定義、再計算』

 空間が、僅かに歪む。

 だが、代償は明確だった。

 俺の手が、透け始めている。

 セレスが、思わず掴む。 「……やだ」

 指先の感触は、まだある。

「大丈夫」  俺は言った。 「これは消える話じゃない」

 彼女の目を見る。

「“残らない”話だ」

 世界が、告げる。

『再構築完了まで、残り――』

 カウントが、始まった。

 エリスが、震える声で言う。 「……これ、止められない」

 クロウが、歯を食いしばる。 「ふざけんな……」

 俺は、最後に一度だけ振り返った。

「次で決着だ」 「世界が救われる理由が、はっきりする」

 そして、心の中で思う。

 ——ああ。

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