第60話世界に選ばれなかった者の選択
第60話:世界に選ばれなかった者の選択
空が、割れた。
物理的に、ではない。
概念として――世界の前提が、ひび割れた。
禁書庫の最奥。
封印獣の気配は、もはや「気配」ではなかった。
重なり合っていた歌と世界が、意図的にズレ始めている。
『警告』
世界の声が響く。
『同調率、逸脱』 『災厄、自己定義を開始』
エリスが叫ぶ。 「……まずい!
セレスが“世界の一部”であることを拒否してる!」
クロウが歯噛みする。 「拒否したら、どうなる?」
エリスは、答えなかった。
答えられなかった。
代わりに――セレスが言った。
「世界が、私を装置としてしか見ないなら」 その声は、静かだった。 「私は……世界の外から歌う」
その瞬間。
封印獣が、初めて“世界を見た”。
『……理解不能』
世界の声に、明確なノイズが混じる。
『歌は世界に属する』 『属さぬ歌は存在しえない』
俺は、一歩前に出た。
「じゃあ教えてやるよ」
全員が、俺を見る。
「世界に属さない存在が、ここにいる」
——楔。
記録に残らない者。
最初から、計算外。
「俺は英雄じゃない」 「王でもない」 「救世主でもない」
ゆっくり、息を吸う。
「だからこそ、お前のルールに従う理由がない」
世界が、沈黙した。
その沈黙を――封印獣が裂いた。
歌が、変質する。
祈りではない。
調整でもない。
問いだった。
『世界よ』
セレスの声と、獣の声が重なる。
『なぜ、生きる者を道具にする』
床が、砕けた。
魔法陣が崩壊し、禁書庫の書物が宙に舞う。
エリスが、震える声で呟く。 「……封印獣が…… 世界そのものに、裁定を求めてる……」
クロウが、俺を見る。 「おい……これ、勝てるとかじゃねぇだろ」
「違う」 俺は、はっきり言った。
「勝つ気なんて、最初からない」
俺は、セレスの隣に立つ。
「選ばれなかった者が」 「選ばれなかった存在のまま」 「それでも“選ぶ”って話だ」
世界が、ようやく答えた。
『……確認』
『楔が、世界に反逆』 『災厄が、世界を裁定』
『この事象は―― 前例が存在しない』
エリスの目が、見開かれる。 「……世界が…… “初めて”の状況を作られた……」
セレスは、俺を見た。 泣いていなかった。
「……ねえ」 「もし、この先に進んだら」
わかってた。
この先にあるのは、ハッピーエンドじゃない。
「……あなたは、消える?」
俺は、少しだけ考えて――笑った。
「さあな」 「でも少なくとも」
彼女の手を取る。
「世界に決められる終わり方じゃない」
その瞬間。
世界が、明確に――後退した。
『裁定、保留』 『世界定義、再構築開始』
——ありえない。
世界が、迷っている。
だが、その代償として。
俺の影が、薄くなっていることに
誰も、まだ気づいていなかった。




