第53話世界を拒んだ歌
第53話:世界を拒んだ歌
禁書庫の空気が、震えた。
計算の止まった世界は、まるで息を止めたかのように静まり返っている。
セレスは深く息を吸い、胸の奥から歌を絞り出すように口を開いた。
「……私、歌う」
声は震えていたが、力強さもあった。
しかしその歌は、今までの救いの旋律ではない——拒絶の歌。
歌詞ではなく、感情そのものが振動となり、禁書庫の書物、魔法陣、空気——すべてを震わせた。
黒い霧のような影が再び立ち上る。
だが、今度は霧が怯み、後ずさる。
世界は、予測できない反応に戸惑っている。
「……なんだ、これ」 クロウが剣を握り直す。
「世界の計算が……止まってる」 エリスの声は低く、しかし鮮明に恐怖を帯びていた。
俺は、セレスの肩をそっと抱き寄せた。
触れる感覚は、完全ではない——でも確かに、俺はまだここにいる。
その瞬間、禁書庫の奥で光が迸った。
巻物や書物が浮かび上がり、宙を舞う。
そして、空間全体が裂けるように歪み始める。
『……再起動不可』
無機質な声が、今度は恐怖すら孕んでいた。
世界が、自らのルールに亀裂を見た瞬間だ。
「セレス……大丈夫か?」 俺は耳元で囁いた。
彼女は小さくうなずく。
目は光り、決意に満ちていた。
「……大丈夫。世界に選ばれなくても、私は……私を守る」
歌はさらに強くなる。
そして——
俺の存在が、半分溶け込み、半分残る。
禁書庫の書架の文字が、ひとつ、ひとつ、変化していく。
古代文字は意味を失い、魔法陣は歪み、世界の秩序そのものが動揺する。
——世界は、初めて、災厄に屈した。
俺は、セレスの胸に耳を近づける。
歌の振動が、世界の拒絶を押し返すように、俺たちを繋げる。
「……俺たち、やばいな」 冗談のように呟く。
だが、背中には寒気が走る。
世界の計算外に置かれた“不要な英雄”と“災厄の歌姫”——
その二人が、世界そのものを揺るがす存在になった瞬間だった。
禁書庫は轟音と光に包まれ、外の世界の安定は完全に揺らぐ。
だが、セレスの歌は止まらない——
世界に拒絶されても、二人で生きるために。




