第51話選ばれなかった選択肢
第51話:選ばれなかった選択肢
禁書庫の最奥は、静かすぎた。
音がないのではない。必要な音だけが、排除されている。
足音が、遅れて響く。
呼吸が、半拍ずれる。
「……ここ、嫌だな」 クロウが珍しく弱音を吐いた。 「剣が、重ぇ」
「世界に“不要”と判断され始めてる証拠ね」 エリスは淡々と言った。 「拒絶じゃない。無視に近い」
その言葉の意味は、すぐに分かった。
通路の先に、三つの扉が現れた。
どれも同じ形、同じ色。
だが、扉の前に浮かぶ文字だけが違う。
『消去』 『剥奪』 『封印』
——例外の選択肢は、ない。
「……選ばせる気、ねぇな」 クロウが舌打ちする。
「世界にとって“最適解”は、この三つだけ」 エリスが答える。 「楔は、本来“選択”じゃない。
自動処理なのよ」
セレスが、一歩前に出た。
「……私が歌えば、楔が必要になる」 「そう」 「歌わなければ?」 「この三つのどれか」
彼女は、扉を見つめたまま、静かに言った。
「……だったら、私が歌わなきゃいい」 空気が、張りつめた。
「セレス」 俺は呼んだ。 「それは——」
「わかってる」 彼女は振り返らない。 「歌わなければ、世界は壊れる可能性が高い。
でも……」
初めて、声が震えた。
「あなたが消える世界を、
正解だなんて、言われたくない」
その瞬間。
扉の文字が、歪んだ。
『消去』『剥奪』『封印』
そのすべてが、ノイズ混じりに揺れ始める。
『想定外の感情を検知』
無機質な声が、今度ははっきりと響いた。
『歌唱主体の判断が、世界安定率を低下させています』
「……喋った」 クロウが息を呑む。
「ええ」 エリスは目を細めた。 「世界そのものの裁定機構よ」
セレスが、ゆっくりと胸に手を当てた。
「ねえ、世界」 静かな声だった。 「あなたは、私を災厄と呼ぶ」
『事実です』
「でも——」 彼女は、一歩踏み出す。 「私は、歌う理由を選べる」
空気が、悲鳴を上げた。
『警告』 『楔候補の意志が、計算領域に干渉しています』
——エリスが、はっと目を見開く。
「……まずい」 「何がだ」 「“楔”が、まだ確定していない」
俺を見て、はっきりと言った。
「世界が、代替案を探し始めた」
代替案。
その言葉の意味を、理解するより早く——
通路の奥で、第四の扉が、音もなく現れた。
そこに浮かぶ文字は、一つだけ。
『共有』
「……は?」 クロウが固まる。
エリスの声が、低く落ちた。
「……最悪の案よ」 「楔を一人にしない」 「存在を、分割する」
——セレスと、俺。
二人の影が、床の上で重なり始めていた。
『これより、再計算を開始します』
世界は、妥協を選ばない。
だからこそ——
一番残酷な答えを、提示してきた。




