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第50話世界の計算式

第50話:世界の計算式

 禁書庫の最奥へ続く通路は、明らかに人工物ではなかった。

 石でも金属でもない——概念そのものが固められたような壁。

 一歩進むたび、耳鳴りにも似た低音が、頭の奥で脈打つ。

「……ここ、文字がない」  クロウが周囲を見回す。  壁面には書物も紋様もなく、ただ無数の“線”が走っていた。

「文字じゃないわ」  エリスが答える。 「計算式よ。世界が、自分を保つための」

 セレスが、その線に指先を近づけた瞬間——

 空間が、きしんだ。

 視界が歪み、次の瞬間、俺たちは“別の光景”の中に立っていた。

 ——荒れ果てた大地。

 空は割れ、街の名残が砂に埋もれている。

「……ここ、未来?」  クロウの声が、やけに遠い。

「“可能性の一つ”ね」  エリスは冷静だった。 「楔が存在しない場合の、世界の行き先」

 セレスが、震える声で呟く。 「……私が、歌わなかった世界?」

 答えは、別の形で示された。

 瓦礫の中心に、巨大な影が横たわっている。

 人の形をしているが、人ではない。

 口を開けば、歌とも叫びともつかない音が漏れ出した。

「……あれが」  エリスの声が、わずかに揺れた。 「“制御されなかった歌”」

 次の瞬間、光景が切り替わる。

 今度は、平穏な街だった。

 人々は笑い、歌が流れ、争いの気配はない。

 ただ一つだけ——

 決定的に違う点があった。

「……俺、いねぇな」  自分の声なのに、他人事のようだった。

 誰の記憶にも、俺はいない。

 セレスは歌い、エリスは研究を続け、クロウは剣を振るう。

 ——完璧な世界。

「これが……」  クロウが、歯を食いしばる。 「世界が望む形かよ」

 最後の光景が、現れた。

 それは、今とほとんど同じ。

 だが、違うのは——選択の瞬間。

『楔を確定しますか』

 どこからともなく、無機質な声が響く。

『肯定すれば、世界は安定します』 『否定すれば、別の選択肢へ移行します』

 セレスが、俺を見た。  その瞳には、もう迷いはなかった。

「……世界は、合理的だね」  静かな声だった。 「一番、犠牲が少ない答えを選ぶ」

 俺は、答えない。  答えられなかった。

 すると、エリスがぽつりと告げた。

「……まだ一つ、式に載っていない要素がある」

「何だよ」  クロウが食い下がる。

 エリスは、セレスを見た。  そして、俺を見る。

「意思よ」 「世界は計算できる。  でも——選ばれる“理由”までは、計算できない」

 光景が、ゆっくりと崩れ始める。

『判断を保留します』

 その声は、どこか苛立っているように聞こえた。

 現実に戻った禁書庫で、セレスは小さく息を吐いた。

「……まだ、決まってない」  そう言って、俺の手を握る。 「だったら——私、選ぶ」

 世界じゃない。

 計算でもない。

 自分の意志で。

 禁書庫の最奥で、何かが確かに狂い始めていた。

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