第49話世界が選ぶ答え
第49話:世界が選ぶ答え
低く響いた振動音は、すぐに消えた。
だが、禁書庫の空気は明らかに変わっていた。
——見られている。
そんな感覚が、背中にまとわりつく。
「……今の、何?」
クロウが小さく問いかける。
「禁書庫の防衛機構……じゃない」
エリスは首を振った。
「もっと古い。
“世界に干渉する存在”に反応した時の……記録に近い」
セレスが、きゅっと拳を握る。
「……私?」
答えは、誰も口にしなかった。
エリスは、別の書架に近づき、今度は薄い冊子を抜き取った。
頁の端は擦り切れ、何度も読まれた痕跡がある。
「これは……裁定記録」
「裁定?」
「ええ。
世界が、何を残し、何を切り捨てたかの記録」
嫌な予感が、胸を締めつける。
エリスは、淡々と読み上げた。
『災厄が“意思”を持った場合、
世界は三つの選択肢を持つ』
頁が、めくられる。
『一、存在の消去』
『二、意思の剥奪』
『三、永劫の封印』
——セレスの呼吸が、浅くなる。
「……どれも、助からない」
エリスは、そこで一度言葉を切った。
そして、次の行を読んだ。
『だが例外が存在する』
『災厄が“歌”として世界と同化した場合、
それを支える“楔”が必要となる』
楔。
嫌な単語だった。
「楔って……何だよ」
クロウが苛立ちを隠さずに言う。
エリスは、視線を俺に向けた。
「……人よ」
胸の奥が、静かに沈んだ。
『楔は世界に属してはならない』
『英雄ではなく、王でもなく、
記録に残らぬ存在であること』
——もう、逃げ場はなかった。
「……それ、俺じゃねぇか」
クロウが、低く呟いた。
だが、エリスは首を振る。
「違う」
そして、はっきりと言った。
「あなたよ」
俺の名前は、どこにも書かれていない。
だが、この文は、確実に俺を指していた。
セレスが、声を震わせる。
「……そんなの、ダメ。
そんなの……私、嫌だ……」
彼女の歌は、人を救ってきた。
なのに——世界は、彼女を災厄として扱う。
俺は、静かに息を吐いた。
「……エリス。
その“楔”は、どうなる」
一瞬の沈黙。
そして、彼女は答えた。
「世界が安定した時点で——
役目を終える」
「……つまり?」
「世界の外に、弾かれる。
存在が、不要になる」
セレスが、俺の腕を掴んだ。
「やだ……そんなの……
私、歌わなくていい……!」
「セレス」
俺は、彼女の目を見た。
「歌わなくても、世界は別の方法を選ぶ」
——消去か、意思の剥奪か、永劫の封印。
どれも、彼女を壊す選択だ。
禁書庫の奥で、再び低い振動が走った。
まるで、世界そのものが答えを急かしているかのように。
エリスが呟く。
「……まだ確定じゃない。
でも、世界はすでに“準備”を始めてる」
セレスは、泣かなかった。
ただ、強く唇を噛みしめた。
「……私、決めた」
その声は、静かで、揺れていなかった。
「全部知る。
世界が私をどう扱おうとしてるのか」
そして、俺を見た。
「……それでも、一緒に来て」
俺は、少しだけ笑った。
「最初から、そのつもりだ」
英雄じゃなくていい。
世界に選ばれなくていい。
それでも——
彼女が歌うなら、俺は隣に立つ。
禁書庫の闇は、ゆっくりと奥へと道を開いた。
まるで、最後の答えへ導くように。




