第30話黒霧の王と光の旋律
第30話:黒霧の王と光の旋律
セレスの歌が響くたび、黒霧はわずかに揺らいだ。
彼女の足元から広がる光は、まるで命そのもの。亡霊たちの呻きが次第に消えていき、悲しげだったその顔が、静かに穏やかさを取り戻していく。
「……まだだ」
黒霧の王が、憎悪を込めた声で呟いた。
男の体から噴き出した闇は、歌の光を押し返すようにうねりを強める。その中に、無数の怨念が詰まっていた。
「お前の歌は、ただの慰めではない。“封印”の力そのものだ。あの日、私たちをここに縛り付けた、呪いの根源……!」
「……っ!」
セレスは歌を止めかけた。だが——。
「セレス!」
俺の叫びが響く。
「お前の歌がなかったら、俺たちは今ここにいない! ……それは“呪い”なんかじゃない! 誰かを守るために歌った、お前の“祈り”だろ!」
セレスの目が揺れる。けれど、次の瞬間、決意が宿った光が宿る。
「そうだね……私は、誰かを傷つけるためじゃなくて……守るために歌う。もう二度と、間違えない」
再び、歌が紡がれる。
先ほどよりも遥かに澄んだその旋律は、黒霧の中心に風穴を開け、王の体を蝕んでいった。
「これは……光……? いや、違う……こんなものは、偽善……っ!」
「違う! セレスの歌は、本物の“救い”だ!」
俺は剣に力を込めて飛び込んだ。エリスの魔力が空に煌き、クロウの一撃が黒霧を裂く。
そして——
セレスの最後の一節が、夜空に消えた。
「……ああ……やっと……」
黒霧の王が崩れ落ちるように霧散した。その顔には、怒りでも呪いでもなく——安堵のようなものが浮かんでいた。
霧が晴れ、亡霊たちも静かに消えていく。
沈黙が戻った村の中央で、セレスはそっと目を伏せた。
彼女の歌が、今度こそ“正しく届いた”ことを、信じながら。
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次回:「残された言葉、そして旅の続きへ」
封印された村の真実と、セレスの決意。物語は次の章へと進む——。