ここの常連ですが何か? 〜この店マジのガチでヤバイ店みたいです〜
「マスターおかわり!」
小さな飲食店のカウンター席にて、1人の男が空になったジョキをマスターに差し出す。
「カイトさん、飲み過ぎですよ」
「うるへぇ〜!」
男、カイトがこの店に来てから実に10杯目のお酒を飲もうとしていた為、マスターは止めにはいるがそれをカイトは躱し再びジョキをマスターの前に差し出す。
「うっ、うう、なんでだよ〜、アヤカの馬鹿野郎〜!」
「今回は3ヶ月程でしたか」
「そうだよ〜」
カイトは3ヶ月前から付き合ってたいた1人の女性に別れ話を持ちかけられたばかりであった。
なんでも、『好きな人ができた』と頬を赤らめ潤んだ瞳で言ってきたのだ。
その姿を見てカイトは思った。あっこれガチだ、と。
「それはお気の毒でしたね」
気の毒そうに見てくるマスターに、カイトは余計に自分が惨めに見えて泣きたくなっていた。
同情的になったマスターは、先程止めた酒のお代わりをカイトに差し出す。
「これを最後にするなら、本日の支払いは私が持ちましょう」
「おっ、マジ!ありがとうマスター」
気前の良いマスターに気をよくしたカイトは、早速とばかりに酒を口に含もうとした瞬間、店の入り口の開く音がした。
普段ならそんな事気にも留めないカイトだが何故か今回は自然と入り口の方に視線を向けてしまった。
「・・・・・!ブッーー!!」
「ちょっとカイトさん!」
入ってきた人物を見た瞬間カイトは口に含んだ酒を勢いよく吐き出す。
それも無理もない事だろう。
入り口から入って来た人物は、黒曜石を思わせる黒髪長髪の着物を着た女性と、フルプレートアーマーを着込んでいる人物。
珍しい組み合わせに見える2人組だが、この国ではこの2人は名を馳せる有名人だった。
(なんでここに姫様と将軍様が来るんだよ!!??)
そうこの2人は、この国の姫君とその将軍であった。
「お久しぶりです“勇者“様」
「姫様、今の私はただのこの店のマスターです」
「姫様なんて他人行儀な、私の事はエリーと呼んでくださいまし」
(ん?)
今何かとんでもない事を聞いたような?
有名人2人組が現れたことにより脳がショートしていたカイトは、姫とマスターの会話を聞き逃してしまった。
「・・・・・姫様、詳しい話は奥で聞きましょう」
「もうまた姫と、相変わらずいけずな方ですね」
姫とマスターはそのまま店の奥に隠れてしまった。
俺と将軍を置いて。
「えっと将軍様、姫様の側にいなくて良いんですか?」
「・・・・・」
・・・・・・・・・・気まずい。
(勘弁してくれよ〜マスター)
普段なら絶対に関わらないであろう雲の上の存在に声を掛けるものの無視されてしまう。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙は続く。
長い沈黙に酔いなどもすっかり醒めるてしまい気まずさだけが残ってしまう。
感じているのはこちらだけだろうが。
「・・・・・・お酒飲みます?」
「・・・・・・」
近くに置いてあったボトルを持ち将軍に勧めてみる。
将軍は暫しカイトの持つボトルを見た後に、カイトの隣席に腰を降ろす。
(冗談のつもりで言ったんだけど言ってみるもんだな)
恐らく勤務中の筈なのに酒を飲むとは意外と不真面目な将軍なのか?
酒を勧めといて、失礼な事を考えるカイトは将軍の前にグラスを差し出し酒を注ぐ。
将軍は、グラスを持ち顔の隠れたフルフェイス前まで運び酒を飲み込んだ。
顔の隠れたフルフェイスを被ったまま酒を飲み込んだ。
(ん〜〜〜〜〜〜〜!?)
えっ?今どうやったの?
疑問を抱くも空になったグラスを差し出されたカイトは、新しく酒を注ぎ出す。
これで何杯目だろうか?
元々持っていたボトルはとっくに無くなり、新しいボトルの封を開く。
今更だが、勝手に店のボトルを開ける事に少なくない罪悪感を感じてしまう、本当に今更だが。
(にしても)
相変わらず酒を飲んでるのに、顔が見えないのはどうなってるのやら?
「あの〜将軍様?」
「・・・・・・」
「その〜飲み辛そうですしフルフェイス取りません?」
どうやって飲んでるのかも気にはなっていたが、今はそれよりも頑なに見せない顔が気になり始めた俺は間違っていないだろう。
将軍が顔を見せた事は一度もない。
噂に聞くと、普段からフルプレートアーマを着込んでいるようで、顔は勿論の事性別まで分かっていない。
絶世の美男子や歴戦の風格漂うオジ様、醜い顔のクソ野郎と様々な言われ方をされてるだけ。
好奇心は隠し切れず、失礼とは思いつつ俺は将軍に尋ねてみたが、暫しの沈黙を後に将軍は頭のフルフェイスを外した。
「おおぉ・・・・・・お?」
まさか素顔を見せてくれるとは思わず、興奮を隠せなかったカイトはその顔に困惑を浮かべた。
目の前にいる将軍の素顔が、彫刻を思わせる綺麗な顔立ちの幼い少女なのだから。
「へっ・・・・おん、な?」
「・・・・・・」
綺麗な顔立ちから向けられる魅惑的な瞳を向けられ、自分の血液が沸騰した感覚が押し寄せてくる。
その瞳をずっと直視することが出来ずに俺は視線を逸らし、空になったグラスに酒を注ぐ。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
またも長い沈黙は続くが、先程の沈黙とは違いカイトは燃えたぎる自分の体と煩いぐらいに高鳴る心臓にそれどころではなかった。
(やべ〜凄い緊張するんだけど!いやさっきも緊張してたけど、これは違うだろ〜)
将軍の、少女の綺麗さはあまりにも完成されていた。
今、この少女と一緒に酒を飲んでると思うだけで(酒を注いでるだけ)振られて最低の一日が最高の一日となってしまった。
しかしカイトも欲深いもので、綺麗な素顔を知ってしまったら次は声を聞いてみたいと思ってしまう。
そうと決まればやる事は一つだ。先程までの沈黙はやめ、声を出すまでこちらで話しかけようと思い声を掛けようとした瞬間、マスター達がいた部屋の扉が開かれる。
「それでは先程の件よろしくお願い致します。勇者様」
「お受け致します。それと姫様、ここではマスターです」
「それなら私の事をエリーとお呼び・・・・えっ!?」
マスターと話していた姫は、偶々カイト達の方へ視線が向き驚きの光景を目にする。
その瞳に映し出された光景は、普段自分にも滅多に素顔を晒さない将軍の姿があったからだ。
この光景を見て驚いたのは何も姫だけではなく、将軍とも関わりがあるマスターも目を見開き驚愕していた。
「エンリ貴方が素顔を見せるなんて珍しいわね」
「ッッ!!」
「あ〜〜〜」
声を掛けられた瞬間、姫達の存在に気づいたのか素早い動きでフルフェイスを被り直す様はまさに早技。
少しでも将軍の素顔を見たかったカイトは、落胆とも悲しみとも取れる涙を溢す。(泣いてはいないが)
それからは、特にこれといった会話は無く店を出ていった姫達の後ろ姿を見送ったカイトは、再び酒を口にする。
「カイトさん、最後の一杯と言いましたよね?」
「奢らなくていいから飲ませてくれよマスター。こんな良い日には酒を飲まないと〜!」
「・・・・最初と逆ですね」
マスターは呆れた溜め息を吐くも、その口元は柔らかく微笑んでいた。
「そう言えばマスター。さっき姫様とは何を話してたか気になるんだけど?」
「魔神討伐を頼まれましてね」
「・・・・・マスターも冗談が言えるんだな」
〜店を出た将軍と姫〜
「エリー様」
「どうしたのエンリ?」
「気になる異性が出来ました」
「えっ!!??」
〜とある城にて〜
「カイトと別れたみたいだね」
「はい♡」
「それじゃあアヤカ、君は用済みだ」
「ぇ」
「僕の前から消えてくれ」
「そっ、そんな魔お・・・」グチャリ
「まったくマスターの頼みとは言え嫌な役をやらせる。・・・・・・今度カイトと飲みに行くか」
「ハックショイ!」
「風邪ですかカイトさん」
「今日色々あったからな〜」
「酒、やめましょう」
「ゴクゴク・・・・・・おかわり〜」
「はぁー、うちは飲食店なんですけどね」
「飲んでるじゃん」
「食事も、ですよ」
これは、とある小さな飲食店での常連客が周りの客??
と巻き起こすハチャメチャな物語である。