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クロユリと院長センセ・再び

 本庁に出庁する前に、篠崎動物クリニックへ顔を出す犬塚。ご用件はもちろん、クロユリの犬歯がない事についてである。

 クロユリは保護した時に前脚に大怪我をしていたこともあり、真っ先に篠塚に診てもらっている。犬歯については特段指摘してこなかったので、篠崎も気づいていないか、或いは、クロユリの犬歯が折れたのは彼に診てもらった後の可能性もあるかも知れないが。甘えん坊なクロユリのこと。もし、最近折れたのであれば、真っ先に「歯が折れちゃったの」とウルウルしそうである。


「前歯ならともかく、犬歯が根本から折れるのは、なかなかないよな……」


 犬の犬歯は上下2本ずつ、計4本。ムキッと笑った時に、上下から特に長く覗くのがこの犬歯だが……あまり自然に折れる歯ではない気がすると、犬塚は素人なりに考えてしまう。普通に欠ける可能性が高いのは前歯(切歯)の方であろうし、普段の食事や散歩で折れる程、犬の永久歯はヤワではない。しかも、クロユリはまだまだ若いピチピチな柴娘。……老化で歯が抜ける年齢でもない。


「……だとすると、何かが当たって折れたのか……?」


 いずれにしても、素人が悶々と考えていても結論は出ない……か。そうして、待合室で待つこと、数分。予約を入れていたため、割合スムーズに案内してもらえる……はずもなく。何故か、名前を呼ばれる前に院長本人が待合室へとやってくる。


「ユリちゃーん、お久しぶりでしゅね〜! 元気してましたか〜?」

「キャフ! キャフ!」

「檀さん、相変わらずですね……」


 クタクタでヨレヨレの中年男が、待ちきれないとばかりに甲高い犬撫で声でやってくれば。……犬塚だけではなく、周囲の飼い主達も生温かい苦笑いをこぼしている。この光景はいつものことなので、初診さんではない限り、驚く飼い主はいないものの。……異常な光景である事に、変わりはない。


「院長先生、まずは患者さんを診察室へご案内しませんと……」

「……仕方ないだろ、久しぶりの生ユリちゃんだぞ? こっちは今か今かと、待ちきれなかったんだよ。まずはこうして思いっきり……すぅぅ……はぁぁぁ!」


 待合室で犬吸いに興じ始めた院長に、ベテラン看護師・貝沢(かいざわ)灯里(あかり)がやれやれと首を振っている。篠崎の挙動不審はいつもの事なので、彼女も慣れたものではあるが……()()()()()()()()は、あまりよろしくないのが本音だろう。


「……もう、仕方ありませんね。犬塚さん、とりあえず院長は無視して構いませんから。クロユリちゃんと一緒に、診察室へどうぞ」

「アハハ……そうさせてもらいます。……貝沢さんも、相変わらず苦労されてますね」

「えぇ。全くもって、その通りです」


 ここは篠崎ではなく、貝沢の指示に従った方がスムーズに違いない。非合法ドラッグならぬ、合法ドッグをキメている篠崎の鼻先からクロユリを押収すると、犬塚は貝沢に続いて診察室へ向かう。


「あっ、貝沢! 無視だなんて、薄情だぞ! このハクジョーモノー!」

「……無視でもしなければ、進まないからでしょうが。この後も予約、詰まっているんですよ。しっかり仕事してください」

「うぐ……!」


 流石、ベテラン看護師は難物な院長センセの扱いを心得ている。

 篠崎動物クリニックが訓練所に近いこともあり、犬塚はリッツ共々お世話になっていたため、自然とクロユリもお世話になっているものの。実は救急医療機関として認められている病院のため、篠崎動物クリニックは常連の患者数も多い。しかし、篠崎は獣医としての腕はいいのだが、この通り……とにかく、特殊すぎる人間である。篠崎動物クリニックの盛況っぷりは救急指定病院である以上に、彼自身の腕前と、彼の特殊性を把握している貝沢によって成り立っているのは否めない。

 そうでもなければ、変態としか思えない異常行為を繰り返す獣医の元に通ってくる患者は限られるだろうし、現に……貝沢以外の看護師はなかなかに長続きしないらしい。


(そう言えば、今日の受付のお姉さん……初顔だった気がする……。これじゃ、貝沢さんの苦労が絶えないわけだ……)


 人が変わるという事は、教育もやり直しという事。おそらく、従業員のケアは貝沢が担当しているのだろうが、()()()()()がこの調子では……人が居付かないのは当然と言えば、当然かも知れない。

【登場人物紹介】

・貝沢灯里

篠崎動物クリニックで働く、愛玩動物看護師。

35歳、身長166センチ、体重61キロ。

とにかく「クセ強」な院長・篠崎の制御方法を心得ているベテランの看護師で、2児の母。

動物への的確な処置だけではなく、人間とのコミュニケーションに難がある篠崎のフォローもバッチリこなす。

なんだかんだで多くの患者を抱えている篠崎動物クリニックに、なくてはならない存在である。

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