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クロユリは渋々、お留守番をしている

 今日は意外と長いお出かけになりそうだ……とぼんやり思う犬塚は今、堺と一緒に東家純二郎が勾留されている原宿警察署に来ていた。なお、今回ばかりは真田の力技も望めないため、クロユリには上林の所でお留守番をお願いしている。


「ギャフッ! ギャフッ!」


 ……と、お嬢様はいつもの抵抗を見せたが、犬塚に「迎えに来るから」と言い含められ、渋々引き下がったのだ。どうやら()()とは空気が異なると、賢いクロユリは理解したらしい。それじゃぁ、仕方ないわね……とでも言いたげに、上林に甘え始めるのだから、なかなかに抜け目ない。


「さて……と。純二郎氏はどんな反応を見せるやろねぇ。知らぬ存ぜぬで通してくるかも知れへんが……」

「どうでしょうか。何となくですが……純二郎氏は意外と、素直に事情を話してくれるかも知れませんよ」

「ふむ? そのココロは?」


 面会の処理を待っている、長椅子の上で。不思議そうな声を上げる堺に、犬塚は自分が感じていた朧げな違和感を吐露する。

 そもそも、彩音が「遊びで付き合っていた相手」であったのなら、貴重な宝石を用いてまで結婚指輪を用意するはずがないではないか。純二郎がパライバトルマリンの価値を知らなかった可能性もあるが……それにしたって、愛人相手であったのならイニシャルまで入れて、サイズを調べる必要のある指輪を誂えなくともいいだろう。何気ないプレゼントでいいのなら、ネックレスやピアスでもよかったはずだ。


「あの指輪を見た時、おそらくですが……純二郎氏も結婚には本気だったのだろうと、思いまして。イニシャルまで入っていた時点で、結婚指輪として想定して作ったのでしょう。……イニシャルが入っていたら、他の第三者に譲渡も難しくなるでしょうし」

「なるほどな。それはまぁ、そうやろが……じゃったら、どうして純二郎氏は彩音さんを放っておいたのかねぇ」


 そんな事を言い合いながら、待合室で待っていると……取調べの準備ができたと、職員が2人を呼びに来る。純二郎にはもしかしたら、彩音を放置せざるを得なかった理由があったのかも知れないと……犬塚は思いを巡らせるが。いずれにしても、本人が話してくれる可能性もあるだろうし、ここは面会が先だと気持ちを切り替えた。


「……もう、俺は死刑でいいよ……。だって、あの子……重症なんだろ……?」


 しかして、本人が犬塚と堺の前に連れてこられたは、いいものの。初対面となる純二郎は窶れに窶れ、焦燥しきった顔をしていた。かつてホワイトボードに張り出されていた、「いかにもプレイボーイ」な洒脱な様子は微塵もなく、彼は人生そのものを諦めた顔をしている。


「重症は重症ですが、一命は取り留めていますよ。まだ、昏睡状態が続いているそうですが……回復の兆しもあるそうで、最悪の事態は免れたと聞いています」

「……そうか。今更ながら、馬鹿な事をしたと思ってるよ。……本当は兄貴を殺したのは、上林じゃないのもわかってたし……」

「……アホやね。お前さん……ほんま、アッホやねぇ」


 堺の容赦ないツッコミに、「その通りですね」と尚も力なく笑う純二郎。多少、疲れた顔をしているとは言え……齢50歳にしては、やや日焼けした肌も相まって若々しい印象を受ける。そんな彼を前に、これは女性が放っておかないだろうなと、犬塚は漠然とした感想を抱いていた。


「それはそうと……純二郎さん。あんさん、この指輪に見覚えないやろか?」


 犬塚が妙な印象を抱いている横で、堺が本題とばかりにセカンドバッグからかの指輪を取り出す。そうして、上林がご丁寧にも丸ごと貸してくれたリングボックスを、堺がパカっと開いた瞬間……純二郎の目つきが変わった。


「こ、これは……! あの、これ……何処にあったんですか⁉︎ 彩音は……彩音は無事なんですよね⁉︎」

「へっ……?」


 そうして純二郎から飛び出したのは、あまりに予想外過ぎる言葉。必死な前のめりの姿勢もさることながら、関彩音の無事を真っ先に確認してくる時点で……どうやら、彼は彩音が交通事故で亡くなったことすら、正確には知らなかった様子。


「残念なことに……関彩音さんは、18年前に交通事故でお亡くなりになっています」

「彩音が亡くなった……。そう、か。そればかりは嘘じゃなかったんだな……」

「……そればかりは……?」


 妙に引っかかる物言いをする純二郎だったが。きっと、話してしまった方がスッキリすると観念したのだろう。ポツポツと、悔恨混じりの身の上話を呟き始めた。


「……俺は本気で彩音との結婚を考えていました。お恥ずかしい話ではありますが、当時の俺には何人かお付き合いしていた女性がいまして。彼女達との関係を清算するためにも、宝飾店を任されていたのもいい機会と、手切金代わりでアクセサリーを配っては、納得してもらおうとしていました」


 この辺りの話は、上林の証言とも一致するか。純二郎には数人の愛人がおり、彼女達へのプレゼントも自前のグループ店から捻出していたと、本人も自認している。……グループ経営の面から鑑みても、純二郎のやりようはあまり良くなかったと言わざるを得ない。


「……関係を清算するんやったら、自腹切らんかい。そんなんやから、宗一郎氏にも相手にされなくなってしもうたんやろに」

「ハハ……そうですね。とは言え、これに関しては兄貴にも話は通してあったのですが」

「なんやて?」

「……持ち回りがなかったんですよ、その時は。だけど、俺は彩音と早く身を固めたいと思っていたので、兄貴に前借りしたんです。そうして、無事に彼女達との関係を切って、彩音を迎えに行こうとしたんですけど……舞い上がってたのが、いけなかったんでしょうね。一番いい宝石を彩音にプレゼントしようと思い立って……間違って、顧客用の宝石にも手を付けちまいまして」

「……アホや。全くもって、アホやねん」


 結局、顧客のオーダー品に手を付けたことが原因で、純二郎は宝飾部門から下される事になった……のも、上林の前情報通りだが。どうやら、その後の展開には裏事情があった様子。堺のツッコミに苦笑いしながらも、純二郎は躊躇う事もなく内部事情を白状し始めた。

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