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クロユリと青の輝き

「そう言えば。純二郎様にジュエリーの貿易部門を任せたところ、お客様に譲渡予定だった宝石を誤って加工処理してしまったとかで……結局、信用を回復する事ができず、事業売却をした事があったそうですわ。そして、その宝石こそがパライバトルマリンだったかと……」

「えっ?」


 純二郎の名前が出たせいか、上林が「もしかしたら関係があるかも」と純二郎と宝石・パライバトルマリンの意外な接点を語りだす。

 ミュージシャンになる夢敗れて、「いい歳」になってしまった純二郎も、流石に「このままでは不味い」と自覚していたのだろう。兄に縋って東家グループに入社した当初は、きちんと働く気概は見せていたらしい。しかし……兼ねてから欲張りで、何かと見栄っ張りだった純二郎に煌びやかな分野を任せたのがいけなかった。彼はあろう事か、表では真面目に商材を確保すると見せかけて……当時、何人かいたらしい「愛人」へのプレゼントもグループの経費で調達していた事が発覚したそうな。


「私が採用される前の出来事なので、詳細は分かりかねるのですが。私用でお客様向けの商材を使ってしまった事を機に、一連の不祥事が発覚したそうです」

「もしかしたら、その発端がこの宝石かも知れないという事ですか?」


 犬塚の反応に、上林が重々しく頷く。

 宝石はカットしてしまうと、当然ながら元には戻せない。オーダージュエリー専門店だったらしい東家グループの宝飾店で、デザイン通りに宝石を加工できなくなるのは、致命的であろう。しかも、対象は大粒の産出も極めて稀な超希少宝石。代替品を手配しようにも、易々と用意できる代物ではなかった。


「結果、純二郎様は部門長の椅子を失い、新入社員と同等の契約内容で席だけ用意される事になったとか。引責辞職にならなかったのは、会長の甘さと配慮だと思いますが……純二郎様は普段から、交友関係もお金遣いも派手な方でしたから。一般社員のお給料ではやってけないと、会長に事業の経営権をねだるようになりました」

「……アホやねんな、純二郎氏は。何がどうなったら、そこまでアホになれるんやろ」


 クロユリの後頭部を撫でつつ、心底呆れたと堺が溢す。本人がいない所で、そこまで全否定しなくても……と、犬塚は思ってしまうが。堺ではないが、ここまでくると純二郎の豪遊っぷりは一種の依存症なのではないかと、ついつい考えてしまう。


「いずれにしても、次のターゲットは純二郎氏やね。上林さん、もし良かったら……この指輪、預かれへん? 本人に覚えがあるか、確認させちゃるわ」

「えぇ。きちんとご返却いただけるのでしたら、大丈夫です。そもそも、私もこちらは預かっているだけですし……。可能であれば、関さんにお返しした方がいいと思っておりますが……」


 関彩音の遺品であるならば、上林の言う通り、関豊華に返却するのがスジだろう。しかし、豊華は彩華の一件があってから、上林ともあまり連絡を取りたがらず、彩華の持ち物は処分してもいいとまで言い切ったそうだ。しかも、豊華は東屋グループの顧問弁護士も辞したそうで……現在はフリーの弁護士として、多忙を極めているとのこと。


「関さんのお考えになることは、私にもよく分からないのですが……ただ、何となくですけれど。関さんは東家グループ関係者から、距離を置こうとしている様にも思えます。もちろん、関さんは優秀な弁護士なので、フリーでも問題ないのかも知れません。でも、顧問弁護士のままでいた方が、生活が安定するのは間違いないでしょうし……」


 上林も、東家グループから離れた身の上は変わらないが。彼女の場合、心から付いて行きたいと思っていた会長がいなくなったからという、明確な退職理由があった。しかし、関豊華もそうかと言われれば……そうではなかろうと、犬塚は漠然と考える。

 確かに、宗一郎氏側は豊華に絶大な信頼を寄せていた。自身の遺言書作成を一任し、エステティック・ショーコの汚職の調査を依頼していた事からしても、豊華の重用っぷりは相当だ。そして、豊華も不足なく仕事をこなし、宗一郎氏の元で敏腕も遺憾なく発揮していた様だが。……だが、プライベートでは一線を引いていたようで、異常なまでに個人的な関わりを避けようとしていた事が、彩華が語った母親像からも窺い知る事ができる。


《ママは会長から優しくされるのを、ちょっと避けていた気がする》

《ママは、それも気に入らなかったみたいだけど》


 それに、彩華はこうも言っていた。「私のパパについて調べていたみたいで。ママはパパに仕返しするつもりだったのかも知れない」……と。


「……もしかして。関さんは彩華ちゃんの父親が誰かを知っていたばかりではなく、その父親に復讐しようとしていたのでは……?」

「うむ? それ……どういうこっちゃねん、犬塚」

「えぇ。以前……それこそ、上林さんが彩華ちゃんを預かってくれていた時の話ですけれど。彩華ちゃん、関さんが父親の身辺調査をしていると言っていた事がありまして。その時に、宗一郎氏が父親なんじゃないか……と彩華ちゃんが聞いたらば、関さんが激怒したなんて話も出ていましたが。もし、関さんが彩華ちゃんの父親が純二郎氏だったと、知っていたのなら。その兄である宗一郎氏からも、情報を引き出そうとしたに違いありません。どうして、結婚もせずに彩華ちゃんを彩音さんに押し付けたのか……と」


 関彩音は未婚のまま彩華を出産して、すぐに働きに出ている。それはつまり、彩華が婚外子である可能性が高いことを示しており、何らかの理由で彩音が結婚できなくなったとも考えられる。もちろん、彩華の父親が純二郎であると決定した訳ではないが。

 ……指輪の宝石のディテールからしても、純二郎が父親であるとするのは、そこまで突飛な推察ではないだろう。

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