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クロユリと指輪

「ちょっと待っていてください。確かに、彩華ちゃんの荷物にそんな指輪があったような……」


 突然押しかけたのにも、関わらず。クロユリ効果もあってか、上林は嫌な顔1つせず、犬塚と堺を迎え入れてくれる。焦燥しきっていた先日の様子からすれば、やや顔色が明るいが……犬塚が問うまでもなく、彩華の容体が安定しているのだと、上林は嬉しそうに微笑んだ。


「そうでしたか。それは何よりです」

「えぇ。あのまま彩華ちゃんがいなくなってしまったら、私……立ち直れなかったと思いますし……。本当に、良かったです……」


 きっと、大切に預かっていたのだろう。しっかりとリングケースに収められた指輪を持ち出しつつ、上林が瞳を潤ませる。しばらく一緒に暮らしていた事もあってか、豊華よりも上林の方が彩華の保護者然としているが。豊華の冷めた態度を思い出しては、仕方がないのかもしれないと犬塚はやるせない気分にさせられていた。


(しかし、彩華ちゃんが本当のことを知ったらば、どうなってしまうのだろうな……)


 血液型にまつわる不可解については、少し知識がある者であれば、豊華と彩華が本当の親娘ではないとすぐに理解できてしまうことだろう。しかし、実の母と娘でなくとも、情があれば親子として続いていくことも可能だと犬塚は考えるものの。彩華はともかく……豊華があの調子では、親子関係の持続は難しいだろうかと渋い顔をしてしまう。


「キュゥン?」

「あぁ、別に何でもないよ、クロユリ。お前が心配することは、何もないからな」

「キャフ……」


 しっかりと提供された水とおやつとで、ちゃっかり小休憩をとったクロユリは、犬塚の膝に顎をちょこんと乗せている。しっかりと上目遣いをチラつかせながら、キュるんと表情を作るお嬢様は、この上なくあざといのだから参ってしまう。


「分かった、分かった。抱っこだな?」

「キャフ!」

「それでは……堺部長」

「もちろん、えぇよ。ワシが責任持って抱っこしてやるさかい」

「ギャフ⁉︎」


 クロユリを抱っこしたくて仕方がないとばかりに、視界の端でうずうずされれば。堺の方が立場も上とあって、犬塚はクロユリの抱っこ権を譲らざるを得ない。キャフキャフと口元で文句を言うお嬢様は、召使いに「裏切り者」と恨めしげな視線を送ってくるが……犬塚は苦笑いしつつ、知らぬ存ぜぬを決め込んだ。


「お待たせしました。おそらく、犬塚さん達がおっしゃっているのは、この指輪のことだと思いますよ。確か……関さんの指輪を借りたんだと、彩華ちゃんは言っていました」

「ほぉ〜、こいつはまた、ごっつ高級そうやね。サファイアでっしゃろか?」


 お目見えした指輪を前に、まずは堺がクロユリ越しで興味津々で前のめりになる。冴え渡る青々とした宝石は、明らかに一級品の香りを醸し出しているが……サファイアというには少々、青色に柔らかさがある気がすると、犬塚は宝石の知識がないなりに違和感を覚える。


「いいえ、この石はサファイアではありませんよ、刑事さん。パライバトルマリンという宝石ですわ」

「パライバトルマリン?」

「えぇ。場合によってはダイヤモンドよりも希少な宝石なのだそうで……この指輪も相当の価値があるのではないかと。なので、彩華ちゃん……よく言っていました。勝手に指輪を持ち出したから、きっと関さんはカンカンに怒っているに違いない……って」


 聞き慣れない宝石名を、犬塚が素早くスマートフォンで検索すれば。どうやら、目の前にある指輪は冗談抜きでかなりの貴重品の様子。なんでも、パライバトルマリンは上林の言うように、ダイヤモンドよりも希少価値が高いとされることがあり、1カラットの相場は30万円を超える事もあるようだ。


(ちょっと待て。この宝石……見た限りでも、1センチはあるぞ? だとすると……)


 おおよその目安ではあるが、約1センチは3カラット程。単純に計算しても、宝石だけで100万円は超えてきそうか。だとすると……これの贈り主は、相当のお金持ちだと考えて良さそうだ。


「ほぉ〜、そらまた、豪気やね」


 しかし、そんな100万円超えを、堺が何の気なしにひょいと摘み上げる。そのあまりの大胆さに、犬塚は隣で肝を冷やしてしまうが。


「……うむ? なんや、なんや。この指輪……もしかして、結婚指輪ってヤツやろか? ちゃっかり、イニシャルが彫られておるね」

「えっ?」


 堺が意外なことを呟くものだから、犬塚もズイと顔を近づけては、指輪をまじまじと見つめてしまう。そうして、堺が示す先には……確かに、それらしい刻印が入っていた。


「JA to AS……?」


 ハッキリと刻まれたそれは、結婚指輪にありがちな2人のイニシャルであるらしい。


「この指輪は、彩華ちゃん自身が借り物だと言っていたことからしても……このASは関彩華、ではなさそうですね。ですが、関豊華さんでもないですし……」

「だったら、答えは1つやろ。ASは関彩音さんのこと、ちゃうん?」


 あぁ、そういう事か。この結婚指輪は、関豊華のものではなく関彩音のものだったのだ。そして、刻印のイニシャルが2名分あることからしても、彼女には結婚を前提とした相手がいたということなのだろう。その上、相手は相当に羽振りのいい人間だったろうことも、予想に難くない。

 何せ、関彩音は一般公務員……当時は研修中だったろう身の上だ。彼女自身がこの指輪を用意するのは、かなり難しいであろうし……そうともなれば、彼女のお相手こそがお金持ちだったと考えるのが自然だろう。


「……このJAが彩華ちゃんの父親の可能性が高そうですね」

「そうやろな。……しっかし、ほんに遣る瀬ないねんな。指輪があるっちゅう事は、彩音さんは結婚間際だったんやろな。そんで、娘もおったのに……交通事故で死んでもうたのか」


 堺が尚も無念と、彩音の境遇に同情しているが。犬塚も、彩音の境遇には思うところはあるものの……今はJAが誰なのかを探る方が先だと、条件に該当しそうな人物がいないか、記憶を辿ってみる。


「……東家純二郎さんだと、JAに該当しますか?」


 そうして、最近に知り合った人間やら、関係者やらを思い出していた矢先に、東家グループの次男坊の存在に行き着く犬塚。その純二郎は、それこそ彩華を刺した事による殺人未遂で、塀に囲まれた生活を余儀なくされているが。東家グループの()()()()であれば、100万円越えの指輪を用意すること自体は十分に可能だろう。

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― 新着の感想 ―
ここまで読みました! 次々と明らかになっていく謎と、あいかわらずかわいいクロユリちゃん(*´ω`*) クロユリちゃんが警察のアイドルになっている姿を想像してはニマニマしてしまいます。 堺さんになすすべ…
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