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クロユリの天敵(2号)が言うことにゃ

 堺に強制抱っこされ、黒柴なのにチベットスナギツネの顔真似をしているクロユリ。そんな彼女の受難の元凶だと、本人は自覚もないのだろう。堺がいつもの調子で、犬塚に絡んでくる。


「それはそうと……犬塚も、関彩音さんが気になるんか?」

「えっ? 俺も、ですか?」

「せや。実はな、ワシも多田見さん関連でこの調書を読んでんねん」

「そうだったのですか? この関彩音さんと、多田見さんに……どんな関係が?」


 なんや、そっち方面やなかったん?

 クロユリを愛でる手を休めることなく、堺が「関彩音」に辿り着いた経緯を説明すれば。犬塚は、彼女達の背後に隠れていた因縁があまりに深いことに、驚愕していた。まさか、多田見にそんな過去があったなんて。


「そうでしたか……」

「そうでしたか……って、何を腑抜けたこと、言っとるん。てっきり、ワシは犬塚も多田見さん経由で彩音さんに辿り着いたんやと、思っとったが」

「いいえ、そうではなくて、ですね。俺がこの調書を引っ張り出していたのは、関彩華ちゃん関連ですよ」

「彩華ちゃん……確か、例の弁護士さんの娘さんやったね」

「えぇ。ですが……その弁護士、関豊華さんから彩華ちゃんは実の娘ではないと、お伺いしまして。……彩華ちゃんは、この関彩音さんの忘れ形見なのだそうです」

「……なんやて?」


 関豊華の告白を聞くに至った経緯を、今度が犬塚が説明すれば。こちらはこちらで、なかなかに重い内容だと堺も唸ってしまう。しかも、当の彩華は今も意識が戻らぬままの状態なのだ。


「そんな話を聞いた時に、ふと……彩華ちゃんの父親は何をしていたのだろうと、思いまして。彩華ちゃんの母親は事故で亡くなっている事は判明していますが、今の今まで、彼女達の生活には不自然なくらいに、父親の存在感がないんです」

「……確かにな。ここまで我関せずとなると……親父さんも死んどるか、或いは……」

「彩華ちゃんを父親が認知していないか、でしょうか」


 確かに、そうともなれば彩華の父親が誰なのか……は、かなり気になる内容だ。

 事件にはあまり関連性はなさそうだが、関豊華の不自然なまでのよそよそしい態度に、犬塚は不穏な空気を感じ取っていた。そう……あれは、ただの諦めではない。彼女の視線や言葉の端々に垣間見えたのは……彩華への些細な殺意だった。


「そういうことなら、犬塚。ちょっと付き合ってくれへん?」

「えっ? 付き合うって……どこにでしょうか?」

「調べるんよ、彩華ちゃんの父親を。話を聞いてたら、ワシも気になってしゃーない」

「しかし、手がかりはゼロですよ? もしかしたら、関豊華さんは知っているかも知れませんが……あの様子では、話してくれないでしょうし」


 彩華の父親は誰なのか。おそらく、豊華に聞けば一発で分かる内容ではあるだろうが……彼女以外の情報源から辿ろうとするならば、非常に困難だと言わざるを得ない。

 DNA鑑定も、戸籍謄本の取得も、本人の委任状や同意が必要だ。しかも、彩華が婚外子で認知されていなかった場合、戸籍謄本を閲覧できたとて、父親の記載は空欄になっている可能性もある。いくら警察とて、関係者や本人が知らぬところで強制的に介入できる内容ではないし……何より、彩華本人の意識が戻らない以上、本人の希望もへったくれもない。


「……いや、待てよ? 確か……」

「お? 犬塚……何か、思い出したん?」

「えぇ。そう言えば……クロユリのかかりつけ医に、篠崎先生という方がいるんですけど。クロユリを預かってすぐに、彩華ちゃんと思われる女の子が、彼に接触していまして……」

「ほぅ? そりゃまた、なんで?」

「おそらく、クロユリに付随する遺産目当てだったのでしょう。彼女は事件前から、クロユリと()()()()だったようですから」

「……あぁ、そういうこったね。そりゃ、よぅ分かる理由やね」


 堺の苦笑いに釣られて、犬塚も苦笑いしてしまうが。彩華の強欲さは、さておき……篠崎は彩華について、こうも言っていたのだ。


《黒ずくめの格好ではあったが、妙にでっけぇ石の付いた指輪をしてたぞ》


 そう、彩華は19歳の女の子が持っているにしては、非常に不自然な豪華な指輪をしていた。おそらく、その指輪は豊華かあるいは……それこそ、彩音の物だと思われるが。病院で顔を合わせた時の豊華はとてもではないが、宝飾品を普段から身につけるタイプではなかったように思う。

 化粧っ気のない、質素な装い。ロケーションが病院だったので、気合を入れてメイクをしてくる必要はないにしても。弁護士バッチをつけたままでやってきたのを見ても、豊華はあの日、オフではなかったのだろう。ともなれば、彼女には仕事中も無駄に着飾る趣味はなかったと見て良さそうか。


「それは確かに……ちっと、引っかかる内容やね。で? その指輪……今、どこにあるか、知っとるん?」

「それとなく……は。おそらく、上林さんが預かってくれていると思います。彩華ちゃんが入院するとなった段で、関豊華さんは手続きだけ済ませはしたものの、連絡は寄越さないでくれと言っていましたし……。事件当日の持ち物は上林さんの方で引き取っていました」

「……さよか。そなら、上林さんに話を聞きに行こか。しっかし、ここまでドライやと……豊華さんは彩華ちゃんに、何の恨みがあるんやろなぁ」


 犬塚が上林に連絡を取っている傍らで、クロユリを撫でつつ……堺がさも、やり切れないとため息を吐く。呼び出し音の合間に、堺の呟きを逡巡しながら……豊華の冷たさには、やはり底知れない事情がある気がして。犬塚はモヤモヤとした違和感を拭えないまま、上林の応答を待った。

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