その頃、クロユリのライバルは
(あぁ……なーんで、こんなことになったんだろう……)
犬塚が日本赤十字社医療センターの手術室前で関豊華と邂逅している、その頃。深山はとある留置所の駐車場に降り立っていた。彼女の隣には、番狂わせの元凶である園原梓。何故か彼女は別チームの深山を同行者に指名した挙句、運転まで押し付けていたのだった。
(……今日は犬塚さんと聞き込み調査のはずだったんだけどなぁ……)
梓の決定に異を唱えられる常識人もいなければ、嫌われ者の梓と同行調査なんぞしたい猛者はおらず。チームは違えど、部署内での上司でもある梓の意向を無視できるほど、深山は偉くもないし……何より、頼りの真田は不在である。こうして、あれよあれよという間に、生贄に仕立て上げられた結果。……深山は「警視庁本部留置施設・西が丘分室」での被告人面会に駆り出されていた。
(うーん……でも、藤井さんに何の用があるのかなぁ……?)
もちろん、深山も藤井がどんな人物かはそれとなく把握している。エステティック・ショーコ銀座本店の元店長であり、結川を匿っていた協力者。しかしながら、藤井への取調べはとっくに終息していたはずだったし、あとはひたすら実刑を待つ身だと思っていたのだが。
「さ……行くわよ。警視総監の汚職について、吐かせてやるわ」
「えぇッ⁉︎ ちょ、ちょっと、園原課長? 汚職って……何のことっすか?」
「……どうやら、藤井と警視総監は結川の脱走について、裏で繋がっていたみたいなの。だから、徹底的に警視総監との関係性を調べ上げないと」
「えぇぇ……?」
その警視総監のコネで課長に抜擢されたのは、どこのどなたでしょうか? それに、あの梓のお口から妙に正義感溢れるお言葉が飛び出すなんて。深山としては、西が丘分室に連れ出された急展開もあり、いよいよついていけない。
(何がどうなってるのか、分からないんですけど……)
しかし、当の梓はいつもの迷走をやめるつもりはないらしい。強引に深山に移動を促すと、自身は自慢のレッドソールのハイヒールでカツカツと西が丘分室へと入っていく。
(……とりあえず、ついて行くしかないか……)
驚くことに、梓はしっかりと取り調べの約束も取り付けていたようで。殊の外、スムーズに藤井と顔を合わせているが。……深山としては初対面である上に、こちらを鋭く睨んでくる藤井に、萎縮しっぱなしである。
「……警察の方にお話しすることは、もうないと思いますが」
「あら、そうかしら? ……まぁ、いいわ。今日は事実を確かめに来ただけだから」
「事実を確かめに来た? それは、一体……?」
警察官とは思えない、砕けた態度と口調。どこか小馬鹿にした視線を投げつつ、もうもう怖いもの無しの梓が、特大級の爆弾発言を投下する。
「この際、まどろっこしいことは、抜きよ。……結川を匿い、その場に待機するように指示したのは、警視総監で合ってるかしら?」
「……! い、いいえ……」
「ふーん? いいえって言う割には……随分と、動揺しているじゃない。あぁ、言っておくけど。……彼があなたを助けてくれる可能性は多分、ないわよ」
質問の態度も微妙ならば、言葉使いは被告人への尋問のそれではない。しかし、梓の無駄にデカい態度に驚いているのは、同伴させられている深山だけではなく……藤井も同じであった。いや、当事者の藤井の驚愕の深度と、深山それとを同じとするのは、あまりに生ぬるいか。
「なっ……なっ……!」
「ふふ……やっぱり、ね。きっと……警視総監はあなたにこう持ちかけたのよね? 結川を逮捕させてくれれば、あなただけは助けてくれる……って。でも、残念だったわね。その警視総監は、あなたを見捨てたわ。ほら……あなたも知ってるでしょ? 多田見って女性スタッフ。彼女、警視総監と裏で繋がっていたのよ?」
「嘘でしょ……?」
「その多田見は、結川を助けるために同行している……だから、あなたは結川にも捨てられたの。結川は最初から、あなたじゃなく……多田見と一緒に逃げるつもりだったのかもね?」
意地悪く、真っ赤なルージュの口元を釣り上げる梓。薄い唇を無理やりぽってりと強調しているその真紅は、ズバズバと容赦無く藤井の神経を言葉で切り刻み、まるで返り血を浴びたよう。そんな彼女の様子を、見つめつつ。深山は状況を飲み込めない不安も相まって、ただただパイプ椅子の上で萎縮することしかできない。
「……信じていたのに……! 私、結川さんを助けられるって、言われて……!」
「結川を助けられる?」
「そうよ。……私、結川さんのためなら、何でもできると思っていたわ……。THCを彼経由で用立てることで、資金を援助したのも、そう。……オーナーに麻薬を勧めて、東家グループを脅迫する材料を揃えることだって、そう。……そして、彼自身を逃すために、警視総監の取り引きに応じたのだって……彼のためだったのに……!」
既に涙声になりつつある藤井の証言を追えば。彼女はかつて、ホストとして夜の世界にいた結川に相当に惚れ込んでいたらしい。どういう訳か、彼がホストから警察官に転身した後も、連絡を取り合っていたそうで。そんな彼からのコンタクトに、藤井は舞い上がり……そして、勘違いしていた。ホストと客という立場を抜きにしても、自分と連絡を取りたがるのだから、結川も自分に惚れているのだ……と。そして、いつかは一緒になる未来も思い描いていたそうで……。
「本当に馬鹿みたい……! これ程までに、馬鹿げていて、情けない事はないわ……!」
きっと、迎えに来てくれると信じていたのに。自分はただの捨て駒だった。騙され、利用され……結川は藤井を顧みることもなく、彼女ではなく多田見を選んだ。そして、梓が的確に取り引きの内容を言い当てるのを考えても……頼みの警視総監に見捨てられたのも、事実なのだろう。そうともなれば、もう……藤井を助けてくれる者はいないに違いない。
「あ、あの……藤井さん。これ、使ってください……」
「……」
自分でも「情けない」と自嘲しながら号泣する藤井に、いても立ってもいられず。深山は、気の利いたことが言えないなりにも……そっと、ハンカチを差し出す。そうされて、嗚咽混じりで素直にハンカチを受け取るものの……ぎゅっと握り締めるばかりで、涙を拭こうともしない藤井の様子に、深山は内心でため息を吐く。
(急に駆り出されたと思ったら、供述内容がヘビーすぎる……。真田部長にも、報告しなきゃいけないっすけど……冗談抜きで警視総監、汚職やらかしてるし……。これ、大丈夫なのかなぁ……)