クロユリ以上に、真っ黒な腹の内(4)
「それで? どうして、2丁とも持ち帰ってきたんだ……?」
「えっ? えぇと……」
青梅での密会からの翌日。早速、任務を完璧にこなしたとアピールするため、梓は意気揚々と警視総監室に赴いていたが。しかし、梓から受け取ったジュラルミンケースを開いた途端……英臣の表情と声とが、一気に険しくなる。
「私はただ、メッセンジャーから荷物を預かっただけよ。あいつ、何も言わなかったし……」
「お前、それは……本気で言っているのか? 発信機付きの拳銃が両方ともここにあったら、結川の行方が分からなくなるだろうが!」
「あっ……」
もちろん、梓は多田見から「どんなブツ」を預かるのかは知っていたし、とりあえずは持ち帰るだけでいいと思っていたのだ。しかしながら……極秘任務を下された時に、あらかじめ多田見に拳銃を預けた目的も知らされていたのだから、その場で中身を確認するべきだったし、多田見との接触をサッサと切り上げるべきではないだろう。
「だったら、最初からそう言ってくれれば……」
「きちんと言ってあったはずだが? 私が回収してこいと言ったのは、45口径の方だけだ。……38口径まで持ち帰ってこいとは言ってない」
「……」
確かに、そんな事を言われた気もするが。しかし、あの時は足元が気になって仕方がなかったし、早く都会に帰りたかったし……と、梓は心の中であれこれと言い訳を引っ掻き回すものの。……どれもこれも、ただのワガママであることに気づき、仕方なしに口を噤む。
結局は多田見の目論見通り、梓は2丁とも拳銃を預かってしまい……まんまと多田見達の逃亡を手助けしてしまったが。言い訳を諦める程度の聞き分けはあるとは言え、梓にはこれが彼女達の思惑通りだなんて気づけるはずもなかった。
「しかも……お前、結川の追跡データをシステム管理課に持ち込んだそうだな? そこから、真田側にも情報が漏れていた」
「な、何ですって⁉︎ 保井の奴、私を裏切ったのね……!」
そして、この反応である。そもそも「秘密のデータ」を他部署に持ち込んでいる時点でおかしいのに、相手を糾弾する図太さと言ったら。これには、英臣も呆れるを通り越して、いよいよ怒りを露わにせざるを得ない。
「この、大馬鹿者がッ!」
「ひっ⁉︎」
ドンッ! ……と英臣が怒声を飛ばすと同時に、机に拳を叩きつける。そうされて、梓が恐る恐る英臣を見やれば……彼は顔を真っ赤にし、ギロリと梓を睨みつけていた。
「裏切る、裏切らない以前に……何故、他言無用のデータを漏らした⁉︎ あれ程までに、他の奴には気取られるなと言ってあったろうに!」
「だ、だって、データの内容が分からなかったし……警視総監の手を煩わせるのも、気が引けましたし……」
「外部に情報を漏らされるよりは、手間をかけさせられた方が、数百倍マシだ! お前はそんな事も分からんのかッ⁉︎」
「ヴっ、グスッ……!」
英臣に怒鳴られ、お得意の泣き落としを披露する梓。プライドが高い梓は、怒られる事に慣れていないし、どうして怒られたのかも理解しようとしない。しかも、自分に甘かったはずの叔父上からの叱責である。身内なんだから、ちょっとくらい大目に見てくれてもいいじゃない……と、いかにも被害者ヅラして、ヨヨヨと泣いて見せるものの。当然ながら、姪っ子の薄っぺらい涙など、英臣には通用しない。
「泣いても無駄だ。お前のせいで、計画は水の泡。これ以上はお前を重用する理由も、雇用している理由もない」
「えっ……? そ、それはどういう意味ですか?」
だが、今日ばかりは英臣も梓に甘い顔を見せるつもりはない。とうとう梓を厳罰に処すことにしたと……英臣は淡々と、冷酷な決定を梓に言い渡す。
「そのままの意味だ。……お前はクビだ、梓。辞令は追って出すが……これ以上、足を引っ張られては敵わん。結川を取り逃した事による、引責辞職をしてもらう」
「そんな……! だったら、警視総監はどうなるのですか⁉︎ あっ、あなただって……!」
結川を逃した張本人だろうに。梓はそう言い募ろうとしたが……怒り顔から一変、黒い笑みを浮かべる英臣のただならぬ形相に、言葉を継ぐことができない。まさか……。
「あぁ、因みにな。……これまでの失態は全て、お前の独断で実行したことにしておく。私には処罰を逃れる術はいくらでもあるが……お前はそうではないだろう? だったらば、ついでに丸ごと被って辞めてもらった方が得だろうし……程よくネタにもなる」
調子に乗ったキャンペーンマダムが独断で暴走し、大失態をしでかした。……マスコミがいかにも好みそうなネタである。
(馬鹿なマスコミも使いようだ。都合の悪い相手を封じ込めるのに、アレで意外と役に立つ。それに……これだけのネタだ。どうせ、事実確認もせずに食らいつくだろうさ)
それでなくとも、梓の評判は署内でも地に落ちている。彼女に苦労させられてきた人間の方が多いのだから、彼らも今までの鬱憤や鬱積やらを晴らす意味で、マスコミのインタビューにも快く答えてくれるだろう。梓は普段から傲慢で、役立たずのお飾りだった……と。
もちろん、彼女を抜擢した警視総監への風当たりも、多少は強くなるに違いない。しかし、同僚達が程よく口を割ってくれれば……むしろ同情を集められるかもしれないと、英臣は素早く心算していた。
梓とは異なり、英臣には警視総監に上り詰める前の実績はしっかりとあるのだ。姪っ子からどうしてもと頼み込まれ、警視総監も困っていた……と、それらしい情報を漏らしてやれば。優秀な叔父に縋りついた、どうしようもないキャンペーンマダムの末路と称して、面白おかしくお茶の間を賑わせてくれるに違いない。そうなれば、きちんと優秀な英臣の不都合には誰も目を向けないだろう。
「分かったら、サッサと戻れ。辞令はすぐにでも作成するから、今のうちに荷物をまとめておけ」
「……絶対に、後悔させてやるわ……!」
「ふん、下らんことを言う。お前が今更、何の脅威になると言うのだ。それに……後悔なら、とっくにしているさ。そもそも、お前に厚遇とポストを与えたのが間違いだったのだよ。……最初からな」
軽蔑の視線と共に、諦めのため息を寄越す英臣であったが。梓をここで野放しにしたことで、更なる厄介事を抱え込むことになるなんて……その時の英臣はまだ、想像すらできていないのだった。