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クロユリよりも真っ黒な因縁(1)

 犬塚達が吹上トンネルを目指している一方で、追われる側……指名手配犯・結川は「やっぱり来たか」と追手の姿を認めては、ニヤリと口元を歪ませていた。警視総監のことだから、花を持たせたい()()()()を寄越すだろうと考えていたが……まさか、こんなにも抜け目のない布陣をしてくるなんて。全くもって、気の利く事だと……結川は尚も苦笑いが止まらない。


「久しぶりだな? あんたに会うのは……銀座以来か?」

「えぇ、そうね。……ようやく、会えたわね」


 犬塚達よりも早い段階で結川の足取りの情報を知っているのは、梓と……もう1人。警察よりも先に仄暗いトンネルで彼に対峙しているのは、探偵・多田見である。しかして……久しぶりの再会にしては、互いが醸し出す空気はあまりに刺々しい。


「……()()()()()にここを選ぶなんて、本当に趣味が悪い。まぁ……ある意味、あなたらしいけど」

「それは聞き捨てならないな? 俺は今まで、湿っぽい場所を待ち合わせ先に指定したことはないんだが?」

「どうだか。どっちにしろ、()()()()()なのは、間違いないんじゃない」


 皮肉たっぷりに応じると同時に、多田見がチラと横目でトンネルの壁を示せば。頼りない蛍光灯に照らされて浮かび上がるのは、あまりにも知能指数の低い落書きの数々。ここ……旧吹上トンネルはきちんと整備も入っているが、何かと注目度が高いスポットのせいか、若気の至りで()()()()をする若者が後を絶たない。そのためか……壁には()()()()()()()()()()()の落書きが、頭の悪さを競うように残されている。


「俺はこんな奴らと違って、もっと知的なつもりでいたんだがな。……まぁ、いい。それで? 警視総監殿はお前にどんな命令を下したんだ?」

「……あなたが持っている拳銃を、すり替えるよう言われたわ。どうやら、あなたに渡した拳銃が発端で()()()()()()になっているみたいね」


 不自然な程に、多田見が正直に答えれば。結川はわざとらしく「ヒューッ」と、小馬鹿にした様子で口笛を吹く。カビ臭い陰湿なトンネルで、場違いな程に無邪気に響く口笛に……多田見も戯けて肩を竦めて見せた。


「で? お前はどうしたいんだ? 俺に恩を返してくれるのか? それとも、ここで積年の恨みを晴らすのか?」

「……どうしようかしらね。確かに、地東會には恨みがあるわ。1人残らず叩き潰してやりたいし、地東會の復権があなたの望みなら、ここで始末するのも悪くないわね。でも……ここで大人しく待っていたとなると、その限りではないんでしょう?」

「まぁ、そうだな。地東會の復活を諦めたわけじゃないが、今の状況じゃ、旗色が悪い。……松陽組がデカいツラをしている以上、機会を待つのが賢明だろうな」

「フゥン? 指名手配されている割には、意外と冷静じゃない。……その機会を待つ猶予が、あればいいけど」


 誰もいない、仄暗いトンネルの腹の中で。対峙している指名手配犯と探偵は互いに睨みを利かせつつも……ここは共闘を選ぶ事にしたようだ。どちらからともなくフッと息を吐くと、肩を揺らし始める。


「お前が的確にやってきたのを見るに、()()()に発信機でもついているんだろう?」


 結川は何もかもがお見通しと言わんばかりに、プラプラと持たされた拳銃を示して見せる。そうされて、多田見も「その通りよ」と肩を竦めながらも、結川の当て推量を肯定する。


「ま、お前は発信機なんぞなくても、ここに辿り着くんだろうし……俺は俺で、お前に縁のある場所を選んだつもりでもあったしな。この結果は当然、ってとこか。それに……その様子からするに、待ち合わせ先は正解だったみたいだな?」

「……あいにくと、ね。私にとって、この場所は嫌な思い出しかない場所だけど……同時に、あいつを葬った場所でもあるから。プラマイゼロってところかしら?」


 その言葉尻からするに、多田見は誰かを殺害したようにも聞こえるが。彼女の「葬った」が意味するところは、物理的に誰かを殺傷したのではなく、社会的に抹殺したという意味である。


「そう言や……奴さん、無事出所してたよな?」

「えぇ、5年前にね。でも、私がタップリと泥をつけてやったから、ジャズ界隈での復帰は無理でしょうし。一応、日雇い労働で食い繋いでいるところまでは、知っているけれど……さて。今頃、どうしていることやら」

「ま……そいつは、当然の報いだな。あいつはお前に、それだけのことをやっている。警視総監のお陰とやらで、求刑以上の刑期になったそうだが……それを差し引いても、罰が軽い気がするのは、気のせいかねぇ?」

「あなたにしては、随分とマトモな意見じゃない。……藤井を誑かしていた男の発言とは思えないわね」

「俺は藤井に夢を見せてやっただけだ。性犯罪者と一緒にするなよ」


 元・ホストは伊達ではないと、結川は自慢のマスクを剽軽(ひょうきん)に崩して見せるが。多田見の視線が冷ややかなのを見るに、彼女は根本的に()()()()()()を信用していない様子。それでも、結川と藤井の間にはホストと客以上の関係性がないことも調べ上げた多田見にとって、藤井はもう用済みであるし……結川をそちら方面で詰る必要もない。それに地東會を追い詰めるには、それこそ藤井はとっくに蚊帳の外に追い出されている。とは言え……。


「でも、ちょっと心配なのよね」

「何がだ? 俺はしばらくコソコソしないといけないし、心配しかないんだが。これ以上に、何があると言うんだ」

「……藤井はちょっと、お喋りが過ぎるから。余計な事をバラしていないといいのだけど」


 あいにくと銀座での交渉には多田見は絡む事ができず、言われるがままに藤井が勝手に事を運んでしまった。もし藤井ではなく、多田見が結川の身柄について交渉できていたのなら……藤井のような不安要素を残す事もなかっただろうに。

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