クロユリの天敵はタッグを組む(3)
堺の尋問に、ペースを乱されつつあるが。英臣はまだ決定打には至らないと、努めて平静を装う。そもそも、シートに結川の指紋が残っていたからといって、何かの弾みで付着した可能性だって、ゼロではない。包帯バンドの大きさならば、隙間にすっぽりとは入り込む事だって、あり得るだろうに。
「それは、タダの偶然ではないのか? 護送車だって新車ではないのだし、後部座席に隙間があっても不思議ではないだろうに。何かの弾みで、結川が手を突っ込んでしまっただけでは?」
「おや? ワシがいつ、結川の指紋だけや言いましたか? ……検出されたのは、あんさんの指紋もですがな」
「いや、それはあり得んだろう。私は護送車にそもそも、乗っておらんぞ? シートに私の指紋が残っているなんて、言いがかりでしかないぞ?」
「ほぉ……左様でっか?」
「護送車に乗っていない」は嘘だが、「指紋付着はあり得ない」のは真である。
小細工を仕掛けるのに、素手で事に及ぶのは素人のやり口だ。英臣はきちんと手袋を嵌めて仕込みをしたのだから、指紋が残っていないのは本当にあり得ない。なので、堺の指摘はそのままであれば「言いがかり」でしかないが……。
「さよか? それじゃぁ……どないして、こんな物に、警視総監の指紋が残っているんやろね?」
英臣が余裕を取り繕う間もなく、堺が手元のファイルから1枚の写真を差し出す。そして……そこに写っているとある物を見た瞬間、取り戻しつつあった英臣の余裕が霧散する。
「な……お前、どうしてそれを……?」
写真に写っているのは、なんの変哲もない航空券と、それが入っていたと思しき袋。しかし、渡航先と渡航日には有り余る既視感しかなく。折角引いたと思っていた冷や汗が、またも英臣の背中を伝い始める。
「なんや、やっぱり心当たりあるんやね。……コイツはね。仏さんのポケットから出てきたんよ」
「なんだと……?」
「簡単なことやがな。結川はあんさんの浅知恵に乗っかるほど、馬鹿やなかったってこっちゃねん。そんでもって、逆に警視総監を嵌めようと、これをわざわざ残していきよってん」
英臣も当然ながら、結川がマニラ行きにホイホイ乗るとは思っていない。航空券を用意したのは、ただ逃亡の手助けをしてやろうという、偽りの姿勢に真実味を加えるためだった。ただ、それだけの小道具でしかなかったし、現に英臣の予想通りに結川は高跳びを選択していない。だが……結川が航空券を使わないどころか、残していくだなんてことは、英臣の予想範囲を超えている。
「……観念しぃや、警視総監。なんでこないな真似をしたかは、知らへんけど。……少なくとも、あんたはやったらあかん事を、やってしもうとるんやで?」
「ふん……だったら、どうすると言うんだ? それに、そんな航空券だけで私が結川の逃亡に関与したとは言い切れんだろう?」
「ホンマ、往生際が悪いやっちゃ。指紋が出てる時点で、言い逃れできひんやろに。それに……言うておくが、あんたを追い詰める材料はこれだけやないで?」
「ほぅ……?」
サッサと観念したら、ええのに……と堺が肩を竦めつつ、真田に向き直る。どうやら……ここからは真田の出番だと言いたいらしい。
「……先日、システム管理課から園原君……あぁ、警視総監の姪っ子さんの方ですね……から、奇妙な依頼を受けたと報告がありまして」
「梓が……システム管理課に、か?」
「えぇ。情報の出どころは不明ですが。園原君はなぜか、結川の足取りを知っているようでして。しかしながら、情報はあっても、そのまま上手く活かす事ができなかったのでしょう。システム管理課に位置情報データの集積と、地図アプリへの落とし込みをするよう、直接依頼を持ち込んでいました」
「なんだって⁉︎」
しっかりと「くれぐれも他の奴には気取られるなよ」と念押ししておいたはずなのに。梓は情けないことに、地図アプリに情報を落とし込めなかったが故に、英臣の言いつけを守らなかったのだ。
「実は、別件で私もシステム管理課に依頼したいことがあったのです。そのお願いに伺った際に……偶然にも園原君がシステム管理課の保井君に依頼している場面に遭遇しました。そうそう、その時……彼女はこうも言っておりましたね。“これは警視総監直々の決定だ”……と。彼女の単独行動は、警視総監のご命令だった……で、合っておりますか?」
「あの大馬鹿者が……!」
確かに梓には周囲を出し抜くために、単独行動を示唆したのは否めない。だが、自己完結できないのであれば真っ先に英臣に相談すればよかったものを……刑事課以外であれば問題ないと勘違いしたのか、梓はあろう事か、英臣ではなくシステム管理課に相談を持ちかけたらしい。
だが、英臣は梓の気質について、まだまだ知り尽くせていない。彼女が英臣ではなく、システム管理課……しかも、外部委託の人間である保井に依頼したのは、「持たされた情報を活用できません」なんて低脳っぷりを英臣にこそ悟られたくなかったからだ。その上で、能登の目を気にするあまりに廊下で内緒話を持ちかけていたようだが……それを真田に聞かれているなんて、思いもしなかったのだろう。
しかしながら、廊下で内緒話をしていれば、誰かの耳に入る可能性は十分に考えられるだろうに。この情報漏洩への危機感の薄さと、身の丈に合わないプライドの高さが、梓という人物をとことんポンコツにせしめていることを……英臣は未だ、想像できていないのだ。




