クロユリの天敵はタッグを組む(2)
「それで? 用件とは?」
意外にも、アッサリと面談の許可が降りたので……真田は堺と共に、警視総監室に乗り込むが。いつもながらに、余裕の表情で椅子にゆったりと身を沈めている英臣を前に、真田は既にジリリと焦りを募らせる。
(警視総監ともなれば、ある程度の用件くらいは想像できているはず……)
それなのに、この余裕はどこから来るのだろう。
英臣がエステティック・ショーコの従業員リストから、多田見を抹消していたのは、権限や更新履歴からしてもほぼほぼ間違いない。彼女の痕跡を残したがらなかった理由は不明だが、わざわざそのような事をする時点で……彼女の存在が彼にとって、不都合なのは推して知るべし事柄だ。
(いや……? 私の用事ではなく、アキラちゃんの追及を躱す自信があるとする方が、正しいか……?)
だが一方で、真田の用件が多田見についてだとは、英臣も気づいていない可能性も高い。何せ、真田と犬塚が多田見と現場で接触していたことは、英臣が預かり知らぬ事。多田見がたまたま藤井のオフィスへの案内役をしてくれただけだし、彼女の存在を気にかけていたのは犬塚の方だ。……犬塚が藤井の尋問ついでに、多田見のことを思い出していなければ、ここまでの流れは生まれていない。
「では、単刀直入に言わせてもらいますわ。……警視総監、あんた……わざと結川を逃しはったね?」
真田が注意深く英臣の様子を窺っている横で、思い切ったことを口走る堺。しかして、堺の「非常識」は慣れたものと……英臣はやや眉をピクリと上げこそすれ、冷静なままだ。
「それは単刀直入ではなく、荒唐無稽と言うのだよ、堺。どんな根拠があって、そんな言いがかりを……」
「左様ですか? ほなら……あんさんが持っておったM1917、見せてくださいますか?」
「別に構わんが……」
堺がやや関西弁混じりで詰め寄るが、英臣は余裕の態度を崩さない。堺の要求をアッサリを飲むと、背後の金庫から1丁の拳銃を持ち出して来る。
「……確かに。M1917ですね、これも」
「当たり前だろう。堺にだって、見せたこともあったろうに……」
「……いや、ちゃいますね。ワシが見たいのは、もう1丁の方ですよってに」
「何……?」
「これ、ワシが見せてもらった方やありませんよ。……これ、ブルーイングでっしゃろ? ほほぉ……流石は警視総監やね。こっちもお持ちだったとは」
「……!」
堺が嬉しそうに得物を見つめながら言及している「ブルーイング」とは、鉄の腐食・錆を防ぐための表面処理のことである。しかしながら、M1917には第二次世界大戦前後に表面処理が転換された経緯があり、後期のM1917は「パーカライジング」に切り替わっている。
そして、堺の手元にあるブルーイング処理の拳銃は、青黒い輝きが特徴であるが……堺が「見せてくれ」と英臣に要求しているのはこちらではなく、パーカライジングの艶消しタイプの方だ。そして、そちらの艶消しタイプの方こそ「ミリオタ談義」の際に英臣が得意げに見せつけた、現役の拳銃だった。
(しまった……!)
真田が相手であれば、表面処理の違いにまで気づかなかっただろうが。堺は英臣と同じ筋金入りの「ミリタリーマニア」だ。しかも、非常によろしくない事に……堺は優秀であり、記憶力もズバ抜けている。たった1度のお披露目だったとしても、得意分野の拳銃のディテールを覚えている事くらい、念頭に置いておくべきだった。
「……パーカライジングの方は、今はここにはない。実はメンテナンス中でな」
「さよか。……まぁ、あれは年代物やったし、手入れも必要ですよってに。そら、無理もありまへんね」
「その通りだ」
だが……内心で焦る英臣を他所に、尤もらしい理由を述べたらば、意外にもアッサリと引き下がる堺。そうして、「ええモン、見させてもろたわ」と言いつつ……拳銃を返却すると見せかけて、更に思いもよらぬことを言い出す。
「せやかて……なぁ、警視総監。あんさん、ワシがなんで1917見せてくれって言っとるの……分からへん?」
「ふぅむ……立川の報告書絡みか? 確か、凶器が38口径ではなく、45口径ものかも知れないと……記載されていたな」
「せや。実はな……拳銃の種類はさておき。もう1つ、面白いことが分かっとんねん」
「面白いこと?」
「護送車の後部座席に、妙な物が残っておったのを、犬塚んトコのクロユリちゃんが見つけてくれてな。んで……そいつを鑑識に回すついでに、護送車の後部座席もちぃっと、ひっぺがしたんよ」
「……」
そうして、ニタァと笑顔を浮かべる堺。先程から、真田は状況を窺うのに留めているが……この場合、口出しは無用であることを、彼はよく知ってもいる。
(アキラちゃんのリズムを崩すのは、忍びないし……しばらくはこのまま、任せておこう。しかし……やっぱり、アキラちゃんのお口は頼りになるな)
お喋りが上手な堺は、周りくどい話の進め方をする癖があるが、それが却って相手を程よく焦らせるようで……非常にテンポ良く、相手を追い詰めていくのが特徴だ。彼の尋問には、ある種の強迫観念にも近いリズムがあるようで、堺は相手の口を滑らせるのがとにかく上手い。……この尋問スキルがあれば、刑事課でも十分にやっていけるだろうと、真田はついつい苦笑いしてしまう。
「したらな? 後部座席のシートが器用にへっこんでんねん。しっかも、そげな場所に……指紋がベッタリ残っとたんよ」
「……指紋、だと?」
「せや〜。まずな? 血が付いた包帯の留め具が、出てきよったんよ、後部座席から。ほれ、結川はちょうど、怪我しとったろ? クロユリちゃんにガブリといかれてな。んで……傷の手当て、してもろたんやろね。その留め具が落ちたんだろうと思うけど……それがなーんで、ご丁寧に後部座席の隙間から出てくるんやろね? 手を突っ込まへん限り、あない場所から出てこうへんがな」
タラリと背中を伝う、嫌な汗の感覚。英臣は堺が言わんとしている事をきちんと理解しながらも、上手い言い訳を捻り出すこともできず、黙り込んでしまう。
堺が指摘した「護送車の後部座席」は、例の凶器とダミーの航空券を忍ばせてあった場所だ。もちろん、結川が提案に従わない可能性も考えられたので、殺人事件にならない場合は、回収する手筈も整えていたが。被害者が出た時点で結川が提案に乗ったと考えられるので、後は梓に逮捕させればいいだけと考えていた。しかし……まさか、結川が落とし物をしているなんて。……誤算もいいところだ。