表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/97

クロユリの天敵はタッグを組む(1)

 明くる日。保井はきちんと約束を守ってくれたのだろう、真田のメールボックスには結川の足取りと思しき、地図データと傾向分析の結果レポートがご丁寧にも届いていた。受信時刻が23時を過ぎているのを見ても、保井は相当に頑張った……いや、梓が無理を押し通したのか。いずれにしても、出勤直後のコーヒーを飲み下しながら確認するには、ややヘビーな内容だ。


(保井君も可哀想に……。ここまでの内容をまとめるのに、どれだけの時間を持っていかれているのやら)


 保井だって、暇ではなかろうに。本来の業務に加えて、()()()()()()()()()の独断に付き合わされていたら、時間がいくらあっても足りない。

 そんな梓の()()を想像し、ある意味でそんな状況を作り出した警視総監を尋問せねばと、真田はパシンと頬を張る。


(まずは……アキラちゃんに連絡を入れるか。私1人では、警視総監に敵わんかも知れん)


 真田は確かに、現場においては敏腕刑事である。だが、やや優しすぎるキライもあり、頭脳明晰な警視総監を舌鋒で降すことはできないだろう。それが故に、同じく頭脳明晰であり、お喋り上手な堺を頼るのは自然な成り行きかも知れない。それに……。


(アキラちゃんは警視総監の足を引っ張ると、息巻いていたな……)


 動機は不純だが。堺は鑑識に対する態度は勤勉ならば、不正に対する態度は執拗である。面白半分で真田の話に乗っかってくる事も、大いにあるが。基本的には正義感が強い人物でもあるので、捜査に対する姿勢もブレがない。


「アキラちゃん、ちょっといい? 今日はこっち(警視庁本部)に来ているか?」


 心強い味方を斡旋しようと、真田は早速とばかりに堺に電話をかけてみる。すると、いかにも好奇心丸出しのハイテンションで応じてくるのだから、堺は良くも悪くも仕事熱心でもあった。


「あぁ、今日はこっちに来とるで。どないしたん、トーマ」

「実は……園原君が怪しい動きをしていてな。それに警視総監にもやや、不穏な動きが見られる。だから、今日は思い切って、先日の件も絡めて話をしようと思っててな……」

「おっ! いいねぇ、いいねぇ! そなら、一緒に行ったるで。丁度、ワシも奴に聞きたいことがあるし」

「うん? アキラちゃんも聞きたいことがあるのか?」


 面白いことになってきた……と、電話口でも堺がニヤニヤしているのを鮮明に思い浮かべて。真田はついつい、苦笑いをしてしまうものの。堺の目論見としては先日の報告書に絡めて、更に「鎌かけたろ」という事らしい。


「ほな、すぐにそっちに行くわ。今日という今日は、キッチリ警視総監にヤキ入れたるで……!」

「い、いや……。ヤキは入れなくていいんだよ、ヤキは……。とりあえず、穏便に頼むよ」

「トーマは甘いっちゅうねん! やるからには、派手にやらな、あかんで!」

「……そういうものかね……?」


 とは言え、これから真田達がしようとしていることは、警察組織としては非常によろしくない事である。状況によっては本当に内部告発に化けるだろうし、場合によっては最悪の事態もあり得る。


(もし、警視総監が結川を敢えて逃がしていたのだとしたら……。汚職どころの話じゃないな……)


 鮮やかな銀座での逮捕劇に、仕組まれたような立川での逃亡劇。逮捕はともかく、凶悪犯の逃亡幇助ともなれば立派な犯罪行為だ。警察官……それが例え、トップの警視総監であろうとも。犯罪はどこまでも、犯罪。罪の重さに変わりはない。


***

 梓は結川の足取りを追って、青梅へと向かうつもりらしい。朝イチで姪っ子から届いていた報告メール画面をクリックしながら、同じ手で多田見にも情報を横流しする英臣。そうして、ふぅ……とため息をついたところで、新しいメールを受信しているのにも気づき……続け様に開封してみるが。差出人と用向きに、たちまち嫌な予感を募らせる。


(真田が一体、私に何の用だ……? それに、堺も一緒に……だと?)


 メールの趣旨としては、確認したい事があるので本日中にお伺いしたい……と言う、差し障りのないものではあったが。警部クラスの大物2名がやってくるともなれば、軽い用件ではないだろう。


(……返事はするべきだろうが……。しかし、真田はともかく……堺とはできればまだ、話はしたくないな……)


 多田見にすり替えを指示したのは、つい先日。代替品は渡してあるが、追跡ルートの情報は今しがた流したばかりだ。この状況で、例の鑑識結果について根掘り葉掘り聞かれたらば、ボロが出る可能性がある。


(できれば、多田見の任務が完了してからがいいのだが……断ったらば、怪しまれるか……?)


 警視総監ともなれば、多忙なのは当たり前……と、言いたいところだが。先だって自身が多田見にも嘯いていたように、「捜査は別の者が担当している」のだ。今の英臣に主だった任務はない。

 それでなくとも、普段から英臣が警視総監室に篭りがちなのは、本庁勤めの警察官ならば誰もが知っている。しかして警視総監の役割上、それは不自然なことではないではないのだから、誰も咎めもしないし、当然だと割り切ってもいる。警視総監の役目は警察組織の統率であり、采配である。現地調査に彼が自ら出向いたらば、有事の際に対応できる責任者がいなくなってしまう。それが故に……むしろ、警視総監は自室でどっしり構えているくらいの方が丁度いい。


(……まぁ、いい。あいつらがどう騒ぎ立てようと……私の地位は揺るがない)


 しかし……その()()を、警視総監自らが引き起こすべく糸を引いているのだから、お粗末な体たらくではあるが。それでも大した事はないと……英臣は自身の権力に酔うと同時に、深々と椅子に身を預ける。何せ、英臣は警視総監……警察組織のトップなのだ。自らの懲罰など、如何様にもできる自信がある。


 基本的に、警察官の不正はあまり表沙汰になることはなく、処罰も軽い傾向がある。それもそのはず……警察組織の不祥事事件は監察官室……つまりは()()()()にて、事態収拾が速やかに行われるのだ。そう……()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかも、担当の監察官の不正も多く、身内に甘い警察組織において彼らを丸め込むのは、英臣にしてみれば容易い。


(フン……仕方ない。忙しいと言ったところで、堺がしつこく聞いてきそうだし……ここは素直に応じてやるか)


 保身の算段もあることを、思い描きつつ。英臣は真田からのメールに候補時間を添えて、返信をする。そうして、改めてどうせ大した事はないと……再び、フゥと息を吐くが。自身もポンコツだと認めている姪っ子の迷走で、足を掬われようなぞとは、その時の英臣には想像もできないのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ