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クロユリの天敵は、内情を掘り下げる

「やれやれ。相変わらずだな、園原君は。君も災難だったね」


 角からヒョコッと顔を出し。当たり前の事を言ったのに怒られてしまった、若い職員に慰めの声を掛ける真田。しかしながら、彼の方はまさか真田が近くに()()()()()()と思わなかったのだろう。これまた気の毒になる程に驚愕の表情を浮かべると、飛び上がらんばかりに慄く。


「さっ、真田部長⁉︎」

「シーッ! 声が大きいよ、君。園原君に怒られたいのか?」

「す、すみません……」


 わざとらしく、人差し指を口元に充てながら……真田はまずは本来のご用事を済ませようと、事情を説明する。


「供述調書の更新履歴……ですか。そのくらいでしたら、サーバにアクセスIDも残っているでしょうし、お調べも可能です」

「そうか。それじゃぁ、済まないが……早速、調べてもらえるか? 場合によっては、内部告発に化けるかもしれんが……」

「……」


 気苦労混じりで肩を落とす真田に、幾ばくかの事情をしっかりと嗅ぎ取ったのだろう。保井(やすい)和樹(かずき)と名乗った若い担当者は、真田をシステム管理下の部屋へ招き入れると、自席へと誘導する。


「おや……今日は珍しく、お客様が多い日ですね? しかも、真田部長までお越しとは」

「やぁ、久しぶりだね、能登君」


 保井がキーボードをカタカタと叩いている横から、真田に声をかけてきたのは……能登(のと)芳人(よしひと)。本庁舎のシステム管理課の課長であり、最近はサイバー警察局に参事官としても参加している。

 因みに、真田にしてみれば能登は苦手な分野を補ってくれるありがたい相手であり……家族に持たされたスマートフォンの設定が分からず、四苦八苦していたところに救いの手を差し伸べてくれた恩がある。


「お久しぶりですね。本当に最近はちっとも、飲みに誘ってくださらないのですから……なんて、恨み言は控えるべきですか。()()()を抱えている真田部長に、そんな暇はないですよね」

「アハハ……そうだな。毎日帰りが遅いと、カミさんと娘にもお小言を食らったばかりでね。この間教えてもらった、LINEでやりとりできるようになってから、少しはマトモになったが……」

「それは何よりです。まぁ、それ自体は必須ではないでしょうけれど……真田部長はもう少し、スマホいじった方がいいですよ」

「そうだよなぁ……」


 能登に忌憚なき意見をいただいているところで、保井の確認も終わったらしい。しかし、おずおずと視線を泳がせているのを見る限り……彼としては言いにくい結果となったようだ。


「あの、真田部長。もしかして、なのですけれど。……変更履歴について、お心当たりがあったのでしょうか?」

「それはまた、どうしてかね? 保井君」

「……内部告発に化けると言うのは、まさか……」

「……そう、か。その様子だと……最終更新者は警視総監だったかね?」

「……」


 気のいいおじさん同士の世間話から、一転。真田の指摘に重々しげに頷く保井ではあったが、同時に縋るような視線を向けてくる。この切羽詰まっている様子からしても、彼は何かしらの苦悩を抱えている様子。


「真田部長。実は園原課長からの依頼は私を経由せず、なぜか保井君に直接持ち込まれていましてね。最近はサイバーの方もあり、私が不在がちだったせいもあるのでしょうが……彼が渡された()()を見ても、あまりいい向きの相談事ではなさそうです」

「ほぅ?」

「保井君、構わんよ。警視総監から何か言われても、責任は私が取る。……ここは真田部長に事情を説明した方がいいだろう」

「……はい……」


 力ない返事とは裏腹に、職業柄もあるのだろう……保井は意外な程に、理路整然と淡々に梓からの指令内容を口にする。保井の話では、こうだ。

 梓は情報の出どころを開示することもなく、「結川の移動記録」だという座標情報を収めたUSBメモリを唐突に寄越してきた。その上で、全ての座標を地図アプリにマッピングし、移動経路の傾向を要約して提出するよう、指示を出してきたらしい。


「……その位であれば、自分でできるだろうに……。何を考えているのだろうね、園原課長は」

「そういうものか? うーむ……情報があっても私には、できそうにないが……」

「ハハ……最近は地図アプリも便利になっていますから。この程度であれば、特段知識がなくてもできると思いますけれど……とは言え、普段地図アプリを触らない人にしてみれば、ハードルが高いかも知れませんね。それで……どうやら、園原課長も()()()()のタイプだったようで」


 こりゃ、面目ない。梓も同じタイプだったと言い募られ、思わずぺシンとおでこを叩く真田。そんな真田の戯けた調子に、保井が少しばかり安心した表情を見せるが……すぐさま、眉根を下げて続けることには。明らかに重要な情報だというのに、梓は何故か捜査本部への連携を拒んだ挙句に、単独捜査をすると息巻いていたらしい。


「いや……僕は確かに外注の人間ですから、こちらの内情はあまり知らない部分はありますが。……それなりに、長く勤めてますので。園原課長の危うさくらいは存じてます……」


 園原梓という人物を少しでも知っている人間であれば、彼女の単独行動がいかに危険なことであるかは、容易く想像できるというもの。

 誤認逮捕をやらかしそうになったこともあれば、礼状主義を無視して家宅捜査に踏み込んだのだって、記憶に新しい。結川の逃亡を許したという失態をカバーしたいという気概は、分からぬでもないが。判断力に欠ける割には、行動力だけはあることもあり、余計な事をしてくれるな……が、真田の切なる願いだ。


「それはそうと、保井君」

「はい」

「結果について、連絡手段は?」

「園原課長のメール宛にと、指示を受けてます」

「そうか。だったら……そのメール、真田部長と私をBCCに含んで送ってくれ」

「承知しました。……そうですよね。流石に……僕もこれは捜査本部こそに伝えた方がいい内容だと思います。情報の出どころが分からないのが、不気味ですけれど……園原課長の様子からしても、情報源は信頼のおけるデータなのではないかと思いますし……」


 それこそ、理由も事情も聞かされていないので分かりませんけれど……と、保井は力なくため息をつくが。内情を明かすことなく、要求だけゴリ押ししてくる梓の力技を前に、真田もつられてため息をついてしまう。


「いずれにしても……私の相談事は片付いたのだし、後は任せてくれて構わんよ。何かあったら能登君にも適宜、相談するといい」

「は、はい!」

「それに……ふぅ。どうやら……今回ばかりは、警視総監を問い詰めねばならんようだ」

「真田部長……?」

「やはり、今回の件は内部告発に化けそうだな。君が心配することは、何もないさ。……ここから先はそれこそ、我々の仕事だ」


 明日から、ますます忙しくなりそうだ。そんな事を考えながら、「落ち着いたら、みんなで飲みに行こう」と敢えて明るく振る舞い、システム管理室を後にする真田。しかして、最大級の難物に立ち向かうには、1人では心細いと考えつつ。ここは舌鋒も鋭い頼りになる同期を召喚するかと、改めて腹を括るのだった。

【登場人物紹介】

・保井和樹

警視庁本庁のシステム管理課に所属する、内部SE。31歳。身長172センチ、体重68キロ。

刑事ではなくシステムエンジニアとして勤務しているため、直接捜査に関わる事はないが、何かと巻き込まれ易い立ち位置にいるのは否めない。

少しばかり気弱なためか、しっかりと事情を説明されないまま、園原梓の言いなりになる形で極秘捜査に関与してしまっている。


・能登芳人

警視庁本部システム管理課課長にして、サイバー企画課参事官。47歳。身長168センチ、体重80キロ。

本庁舎のサーバ管理やデータ蓄積・分析・整理に長年携わっており、情報戦に滅法強い。

真田や堺とは同期ではないものの、各課で連携する場面が多かったこともあり、何かとつるんでは一緒に飲みに行く仲らしい。


【作者より】

先日は誤字報告をいただきまして、誠にありがとうございました。自分ではなかなか気づけないもので、つくづくありがたい機能だなぁと、感動しております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 警視総監がクロなことにすこしずつ気付く人たちが……!(`・ω・´) そして毎回思うのですが、登場人物たちの設定が細やかですごいです。 全員分つくられているのでしょうか。 以前ウバさんが設定作…
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