クロユリも作戦会議に参加してます
「今回の事件、妙な塩梅やな」
「あぁ、私もそう思う。と言うより……不自然な点しかないから、どう整理すればいいのか分からない、が正直なところか」
鑑識の後処理は部下に任せ、リラックスモードを維持したままの堺が真田に向き合う。そうされて、真田も顎に手をやりつつ……困ったもんだと、嘆息するが。犬塚も真田の言葉には、同意しかないと首を捻らざるを得ない。
「まず、事件現場が立川市内の公園なのもそうですが……そもそも、結川逮捕の瞬間から違和感があったんですよね……」
「うむ。私も気付いていたよ。どうして、あんなにも的確に護送車が配備されていたのか、だろう?」
「えぇ、その通りです。結川確保の連絡さえしていないのに、エステティック・ショーコの駐車場には、連絡するよりも前に護送車が来ていました。まるで、結川の逮捕を見越していたかのように……」
それに、当日の結川の行動にも不自然な点が多すぎる。そもそも、こうして殺人を犯してまで逃げる羽目になるのなら、エステティック・ショーコで潜伏などせずに、サッサと逃げていればよかったのだ。それこそ、藤井が真田と犬塚の相手をしている間であれば、余裕で脱出もできていただろうに。
「そうして、結川を逮捕したまではよかったものの……今度は、狙い澄ましたように本庁とは離れた場所で、結川の逃亡が発生しています。結川の逃走もお膳立てされていたと勘繰るのも、無理はないかと」
「そうやな。とは言え……あいつが立川を選んだのには、なんとなく、分からなくもあらへんで。……おそらくやが、ワシの縄張りでコトを起こしたくなかったんやろ」
「あいつ?」
「んな、決まっとるがな。これを決めたのも、警視総監って奴っちゃ。ここまでビューンとゴリ押しできんのは、お偉いさんの特権やで」
堺の軽やかな口調に、なるほどと犬塚は唸る。考えてみれば、結川逮捕時の護送車手配も警視総監直々の命令だったのだ。そうともなれば、犬塚達が話し込んでいるこの場所……昭和記念公園での事件をお膳立てしていたのも、警視総監ということになりそうか?
「しかし……仮に、警視総監が絡んでいるとして。警察官でもある彼が、どうしてここまで結川の逃走を手助けするのでしょうか?」
「そげな理由、分からへんがな。しかしやな……奴さんが何かに焦ってるのは、間違いなさそうやで。ここにきて、秘蔵の45を出してくるんやから」
「秘蔵の45……?」
「なんや……犬塚、ピンとこぅへんのか? 元・鑑識官が情けない……」
「す、すみません……」
こうなると、元来からお喋りな堺は止まらない。被害者の遺体も含めて、撤収の準備に入っている部下を尻目に、憶測をぶちまけ始める。
「ワシが言った45、っちゅーのは、弾薬が.45ACPの拳銃のことや。んで……多分、凶器はM1917だと思うで」
「M1917……?」
「M1917リボルバーのことだろうな。日本警察でも僅かな期間に導入されていたことがあってな。しかし、今は使われていないはずだが?」
「そうやね。銃創がほんのちょこっと大きいのは、この45口径タイプが使われたからや。……多分やけど、こいつを引っ張り出してきたのは、銃弾の調達が難しいからやと思うな」
弾丸がなければ、拳銃とてただのおもちゃだ。逃走中の状況下で、最大数6発は非常に心許ないと言えるだろう。継続的な利用も不可能ともなれば、利用は自然と消極的にならざるを得ない。
(しかし、たった2ミリの差を見分けるなんて。それこそ、常人には無理な所業なんだがな……)
38口径は約0.9センチ、45口径は約1.1センチ。その差、僅か2ミリほど。ハッキリ言って、誤差レベルの差でしかない。おそらく、堺は傷の大きさだけではなく、様々な要素を鑑みて「傷が大きい」と判じたのだと思うが。いずれにしても、銃創を見ただけで38口径と45口径を見分けるなんて、伝説クラスのベテランでなければ難しい。そこまで考えて……犬塚もようやく堺が言いたいことにも、気づく。
「そういう事ですか……! つまり、堺部長のチームに鑑識をさせたくなかったので、立川で事件を起こした……と? 38口径と45口径の違いに気づかれずに、ただ奪った拳銃で結川が逃走している、という表面上の状況を作り出すために……」
「せやな。ま、この差を見分けられるのは、凝り性のワシくらいなもんやけど。……こっちのみんなも優秀なのは、変わらへんがな」
堺も本庁勤めであるため、稀に鑑識に引っ張り出されたとしても、23区内がせいぜい。しかも、事件現場が立川拘置所にほど近い公園ともなれば、初期捜査は立川市内の警察官が行うのが自然な流れだろう。しかし、今回は気の利くことに、立川市警察が本庁の捜査本部……つまり、真田にも真っ先に一報を入れてくれたそうで。そして……真田は至急案件だったこともあり、ベテランの堺に声を掛けたのだ。
「と、言ってもなぁ……アキラちゃんの勘が頼りになるのは、認めるが。それだけでは、警視総監の関与を決めつけるわけにはいかんぞ」
「せやなー。んじゃから、ここはいっちょ、ワシがカマを掛けたるで」
「キャフ?」
不穏なことを言い出した堺に、犬塚や真田だけではなく、クロユリも不安そうな声を出してしまうが……。
「ワシから直接、鑑識結果を出してやろうやないの。そんでもって、ワシに無駄にコレクションの自慢をした事を、後悔させちゃる……!」
「ア、アキラちゃん? もしかして、それ……ミリオタ談義で負けた事を根に持ってるとか、じゃないよな?」
「そうに決まっとるがな! ワシ以上にチャカに詳しいだなんて、吐かしおってからに。しかも……くぅ〜! M1917をあんなにも堂々と自慢されたら、悔しいがな!」
馬鹿正直に悔しさを爆発させ、キリキリと歯を慣らす堺。そんな彼を前に……真田と犬塚は「あぁ」と嘆息することしかできない。
仲間内では有名な話ではあるが、堺は筋金入りのミリタリーマニアである。日本ではコレクション目的で拳銃を所有することは認められていないため、拳銃を手にするために警察官になったのではないかと、専らの噂だ。
幸いにも、堺は知識をひけらかせれば文句が出ないタイプではあったが……非常に悪いことに、勤め先の本庁には同類の「凝り性」が君臨していた。互いに学歴と知識量が自慢ともなれば、舌鋒も口論も激しく、最終的には真田が割って入るまで応酬が止まらなかったらしい。そして……その時に、「サンプル」として保管されていた秘蔵の拳銃を自慢されたのが、とにかく悔しかったのだそうな。
「ふふふ……! 燃えてきたで……! 奴の足を引っ張れるんやったら、トコトン食らいついてやろううやないの」
「アキラちゃん、程々にな? ま、まぁ……アキラちゃん以上に心強い協力者はいないが……」
「せやろ? ここはドーンと、任せとき! トーヤ達はチャッチャと、結川の坊主を捕まえに行ったらよろし」
「そ、そうだな……。行こうか、犬塚……」
「そうですね。……では、俺達はこれで失礼しますね、堺部長」
「おぅ。犬塚も気張れよ」
そうして、抜かりなく最後にクロユリにもウィンクを寄越す堺であったが。……足元でか細い脅え声が聞こえたのは、気のせいではないだろうなと、犬塚は尚も苦笑いしかできない。