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クロユリ、現地入りしてます

「これはまた……酷いですね」

「あぁ。まぁ、状況からしても犯人は結川だろうが……」


 真田から呼び出され、指定された()()()()に急行すれば。そこには記念公園の長閑さを台無しにするような、緊迫した空気が充満していた。


「死因は銃創から見ても脳天一発、脳神経の損傷・機能停止によるもの。それで……死亡推定時刻は、昨夜20時〜23時頃。凶器は……言わずもがな、だろうな。きっと、持っていた拳銃を奪われたのだろう。……運が悪いにしても、死に際としてはあんまりだな」

「そうですね……」


 被害者は護送車の運転手であり、警察官。凶器は彼が持っていた拳銃だと見られ、結川はその拳銃を奪い、被害者を殺害し、逃走している……と言うのが、現状の警察の見立てである。


(……しかし、そう易々と拳銃を奪われたりするもんだろうか?)


 被害者の遺体にはブルーシートが掛けられており、犬塚が「国営昭和記念公園」に到着する頃には、あらかたの現場検証も終わった後だった。しかし……状況が不自然なのも気がかりだが、犬塚としては事件現場の()()に妙な違和感を感じずにはいられない。立川拘置所にほど近いのを考えても、結川の移送先がかの拘置所であったことは予想に容易いが……。


「真田部長。そう言えば……どうして、立川なんです?」

「うむ?」

「……結川が逮捕されたのは、銀座です。であれば、都内にもっと相応しい移送先があるのでは? しかも、事件の発生時刻もおかしいですよね。……俺は結川はあの後、一旦は()()()()()()になると思っていたのですが。それがなぜ、深夜の時間に犠牲者が出る羽目になったのでしょうか」


 結川の逮捕時刻は、およそ午後6時頃。しかしながら、昨日の時点で立証が確実とされている罪状は、周藤小春に対する傷害罪だけだ。余罪は大いにあるだろうが、罪状が固まり切っていない以上は、拘置所送りになる前にまずは留置所で取調べを受けるのが普通だろうし、逮捕時刻から考えても、移送は次の日になる方が自然である。それなのに……結川は留置所での取り調べをスキップして、深夜の時間帯を推してまで拘置所に送り届けられる途中だった。


「現場が公園内なのも、おかしいと思いませんか。……結川を拘置所に送るだけであれば、公園を突っ切る必要はありません」

「それもそうだな。確かに同じ拘置所であれば、小菅の方が圧倒的に近いし……ましてや、公園を走る必要はないな」


 そうなのだ。真田の言う小菅には、日本最大級の東京拘置所が存在している。もし、仮に結川が一気に刑事被告人になったとしても、東京拘置所を選ぶのが妥当だろう。それを……わざわざ、立川拘置所へ移動させるとなると、何かの裏を感じざるを得ない。


(……もしかして、この殺人と逃走は仕組まれたものなのか……?)


 ゾワリと迫る嫌な予感に、犬塚は険しい顔で唸ってしまうが。一方で……足元でクフクフと大人しく鼻息を鳴らしているだけだったクロユリが、急にグイグイとリードを引っ張り出した。


「えっ? クロユリ、どうした?」

「キャフ、キャフ……!」


 お嬢様が麻呂眉に皺を寄せ、フスフスと何かを訴えてくる。そうして、彼女の導くままに付いていってみれば……クロユリは近くに()()()()()()()()()護送車(もちろん、重要な証拠品である)の後部座席にヒョイと飛び乗ると、シートの切れ目にグイグイと鼻を突っ込み出した。


「クロユリ……お前、何かに気づいたんだな?」

「ワフ!」


 今度は前足で激しく、シートの裂け目を掘ろうとするクロユリ。そんな彼女を慌てて止めて、犬塚が代わりにシートの隙間に指先を突っ込み、挟まっている何かを引っ張り出せば。それは、小さな金属片のついたゴムバンド……いわゆる、包帯止めだった。


「……そう言えば、結川は怪我をしていたな……」


 見れば、包帯止めには僅かに茶褐色のシミが付いている。その様子に、周藤修哉が「結川はクロユリに思いっきり噛まれていた」と証言していたことも思い出し、もしやと思い至った。エステティック・ショーコに結川が長居していたのは、藤井を頼る目的以上に……怪我の手当が必要だったからではなかろうか、と。

 犬塚が結川を確保した時でさえ、巻かれていた包帯には()()()()()()()。きっとクロユリは冗談抜きで思いっきり、結川に噛み付いたのだろう。本来であれば数針縫うレベルの怪我だったが故に、なかなか止血もされないまま、仕方なしに結川は手負の状態で逃走していた可能性が高い。そして、結川は警察を脅す足掛かりにエステティック・ショーコを利用すると同時に、藤井に怪我の手当をしてもらっていたと見るべきか。


(となると……この包帯止めは、手当の名残か……?)


 もし、この包帯止めの主が結川だった場合。彼はシートの間にわざわざ指を突っ込んだということだろうが……怪我をしている左手も使わなければならなかったとなると、やや強引にシートの隙間をこじ開けたのだろう。その証拠に……隙間の奥が、妙に()()()()()


(明らかに、何かでシートが圧迫されていた形跡がある……。もしかして、ここには何か入っていたのだろうか?)


 小さな金属片を見つめながら、またもウゥムと唸ってしまう犬塚。そんなご主人様を見上げて、クロユリは心配そうにつぶらな瞳をウルウルとさせている。多分だが……クロユリは自分が見つけたものが()()()()()だったのかも知れないと、気を揉んでいる様子。そんな彼女の面差しに、変な心配をさせてしまったようだと悟ると、犬塚は難しい顔を引っ込めて、お嬢様の頭をワシワシと撫でた。


「キュゥゥン……」

「おっと、お嬢様が気に病む事じゃないんだぞ? 貴重な証拠品が見つかったんだ。お手柄だ、クロユリ」

「ワフ……? キャ……キャフ!」


 犬塚に褒められて、悲しそうな表情から一変。クロユリはたちまち、ニコニコと丸顔を緩ませる。尻尾までブルンブルンと振っては、全身で喜びを表現しているが……こちらのお嬢様の鼻もかなり頼りになると、犬塚は勢い、かつての相棒の姿も思い出していた。


(……リッツも褒めると、嬉しそうにしていたっけな……)


 犬は頼りになる上に、賢く……そして、可愛い。クロユリのいじらしさに、しばし緊張感が緩んでしまうが。いずれにしても、シートの不自然な状況は報告が必要だろうと思い直し。早速とばかりに、犬塚は真田に声を掛けた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] クロユリちゃん、頼もしいー! やっぱり犬塚さんにはクロユリちゃんがいないとだなあ、という気持ちになりました。 バディ感があります! そして犬塚さん、さすがの観察眼。 頼りになる! 犬塚さ…
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