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クロユリはご機嫌である

 宗一郎もきっと、ここまでの悲劇を想定していなかったに違いない。敏腕のビジネスパーソンでもあった彼が、ここまでグループのことを見通せていなかったのは、意外ではあるが……生前の宗一郎はクロユリの生活が第一であって、自身がリタイアした後の経営についてはあまり心配していなかった……と考えるべきか?


(いや……そうじゃないだろうな。企業の行く末が気にならないのだったら、エステティック・ショーコの調査に乗り出さないだろうに……)


 そう言えば……上林は宗一郎が残した調査結果の中身は知らなかったとは言え、彼が調査をしていたことは知っていた様子。もしかしたら、宗一郎が誰に調査を依頼していたかを知っているかも知れない。


「ところで……1つ、聞いてもよろしですか?」

「えぇ、もちろん。私で分かる事であれば、お答えしますわ」

「ありがとうございます。先日のエステティック・ショーコの摘発に繋がったのは、宗一郎氏の残した調査結果によるものだったのですが……あいにくと、調査を実施した人物が掴めていないのです。あれだけの内容でしたから、調査した人物が先に摘発、ないし……恐喝を起こす可能性もあったのではないかと思いまして」


 犬塚の疑問が、さも当然に思えたのだろう。上林はさして驚くこともなく、あっさりと宗一郎が調査を依頼した相手を白状する。


「関さんですわ」

「えっ?」

「会長が調査を依頼していたのは、関弁護士……彩華ちゃんのお母様です」

「そうだったのですか? では、関さんも調査内容はご存知だったと……?」

「自動的にそうなりますわね。内容が内容でしたから……おそらく、会長は東家グループの社員をツテに使うことができないと判断されたのでしょう。関さんは東家グループの顧問弁護士ではありますが、外部役員ですので……調査料を別枠でお支払いするのにも、煩雑な手続きをしなくても済みます。あくまで、個人的な依頼とすれば問題ありませんから」


 しかしながら、依頼内容を外部に漏らされるのは、何よりも都合が悪い。そこで、宗一郎は信頼の置ける相手として関を選び、彼女もまた、最後の最後まで調査結果を漏らすことはしなかった。


「ママには、探偵の知り合いがいるの」


 そんな中……横から彩華が意外なことを言い出す。きっと、調査について思うところがあったのだろう。上林の隣に腰掛け、彩華も話に参加するつもりらしい。


「そうなのかい?」

「うん……以前に、私のパパについて調べていたみたいで。ママはパパに仕返しするつもりだったのかも知れない……」


 きっと、その調査も探偵さんにお願いしたんじゃないかな……と、彩華はぼんやりと呟くが。一方で、彼女自身は自分の父親が誰なのかを、知らされていないと言う。


「そうだったのか……。それじゃぁ、彩華ちゃんはずっと関さんが1人で……?」

「うん。私はママしか知らないわ。……だから、子供の頃から留守番ばっかりで寂しかったなぁ……」


 もちろん、彩華も自分の父親が誰なのかを豊華に聞きもしたし、普段の厚遇っぷりから、宗一郎が父親なのではないかと疑りもした。だが……宗一郎が父親なのではないかと彩華が言い募ると、関は烈火の如く激怒したと言う。


「あの関さんが、そんなに……?」

「うん。よく分からないけど……私がその事を話すと、もの凄く怒ったわ。それに……ママは会長から優しくされるのを、ちょっと避けていた気がする。でも、会長はママと私をとっても心配してくれていて。私が会長に甘えていたのは、ユリちゃんが可愛かったのもそうだけど……留守番ばっかりで、寂しかったのもあるの。ママは、それも気に入らなかったみたいだけど」


 彩華の話の合間に……食事を終えたらしいクロユリが、犬塚の足元にちんまりと座っている。きっと、話に混ぜろと言いたいのだろう。ウルウルと犬塚を見つめては、抱っこして頂戴とチョイチョイと足を突いてくる。


「……クゥン……」

「あぁ、分かったよ、分かったから。……抱っこすればいいのか?」

「キュフ!」


 クロユリの再登場で、緊張感が萎んでしまった気がするが。それでも、彩華も話を終わらせないつもりと見えて、最後の最後に、重要な手がかりを口走る。


「あっ、因みにね。ママの知り合いの探偵さんは、多田見さんって言うの。物凄く腕の良い探偵さんなんだって、言ってたわ」

「えっ? 多田見さん、だって……?」


 多田見と言えば、つい最近……同じ苗字の女性と、とある現場で知り合ったばかりだ。もちろん、苗字が同じだけの可能性もあるだろう。しかし……調査内容の現場と出会った場所が一致してもいるし、タダの偶然で片付けられない気がする。


「多田見さんはママの後輩なの。ママの助手をしていた時期があったとかで、今は探偵をやっているんだって。ママも証拠がないと、裁判で負けることもあるらしくて……だから、証拠が必要な時は多田見さんにお願いするみたい」


 探偵と弁護士はできることが大幅に異なる。もちろん、裁判沙汰になる場合は弁護士を頼るのがベストだろうが、彼らとて、必ずしも勝利をもぎ取れるわけではない。勝利を確信できるのは、あくまで証拠が揃っている状態で、法的措置に踏み込める場合に限る。

 一方の探偵には法的な権限は一切ないが、尾行調査や聞き込みなどを行い、証拠を掴むのが主な仕事であり、そもそも裁判に立ち会うことは基本的にない。

 法務に関する手続きや処理をできるのが弁護士であり、調査による証拠の獲得を得意とするのが探偵だ。それぞれできることの範囲と強みが違うが、探偵が証拠を揃えた後に、弁護士による法的措置を取った方が裁判の()()も大幅にアップする。そのため、最近は提携関係にある弁護士と探偵も少なくない。


(もしかして……彩華ちゃんの言う「多田見さん」が同一人物だった場合は、()()()も調査を続行中だったと言うことか……?)


 弁護士と探偵の関係性に想いを馳せつつ……犬塚は気になる内容を、彩華に質問する。彼女の答え次第では、多田見には別方向の証言もお願いしなければならない。


「それで……彩華ちゃんも、その多田見さんに会ったことはあるのか?」

「ウゥン、直接はないけど……ママ宛の電話に出た時に、喋ったことはあるわ」

「そうか。それで……その多田見さん、なんだけど。もしかして、女性だったりしたかな?」

「うん、多田見さんは女性の探偵さんよ。ママも同性だから、お願いしやすいって言ってた」


 純二郎の迷惑行為について、上林の相談に乗っていたはずなのに。意外な話が飛び出したものだから、犬塚も唸らずにはいられない。これは……別枠の調査を真田に相談しておいた方が良さそうだ。

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