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クロユリ以上に、真っ黒な腹の内(1)

「警視総監、こんな時間に……どうしました?」


 すぐにでも話したいことがある……叔父でもある警視総監・園原英臣に呼ばれ、園原梓は警視総監室を訪れていた。時刻は、夜の10時過ぎ。いくら、緊急とあらば深夜出勤も辞さない警察官の身とは言え……内々の相談で呼び出していい時刻ではない。


「そう、不機嫌そうにするな。……お前のためもあって、作戦会議をしようというのに」

「作戦会議……?」


 私のためならば、睡眠時間を削らせないでちょうだい。それでなくても、夜更かしはお肌に悪いのよ。

 そんな事を、内心で沸々と考えながらも……相手は身内である以上に、警察組織のトップである。不機嫌な態度こそ隠しはしないが、梓は渋々とそれなりに職務を全うしようと、叔父上の話に耳を傾ける。しかし……。


「えっ……? 折角捕まえた、結川を()()()()……ですって……?」

「そうだ」

「なぜ、そんな事を……?」

「うむ? その結川をお前のチームが捕まえれば、名誉挽回もできるだろう? ……ここのところ、真田の所ばかりが()()()()いるようでな。このままでは私の首が挿げ替えられるのも、時間の問題だ」


 警視総監の任期は2〜4年程度とされている。昨年に就任した英臣の任期自体は、その通例から考えれば少なく見積もっても1年はある。しかも、しっかりと実績を残していれば、警視総監を辞した後も大手企業の顧問や役員としての天下りも見込めるのだから……英臣は何が何でも、目立った実績を残さねばならないのだ。それこそ、昨年に警視総監の座を競った、真田以上の実績が喉から手が出る程に欲しい。


「し、しかし……警視総監。結川を逃したのは、いくらなんでも……」

「道理に反する……か? 無論、私もそう思うよ。だが、そうでもしなければ梓の立場も危うい。……梓。お前は、自分がどんな風に噂されているか……知っているか?」

「……」


 キャンペーンマダム(ガールではない)、お飾りの女性キャリア。身内のよしみでのし上がっただけの、ポンコツ課長。英臣は淡々と、偶然耳にした()()()()()()()を梓に告げる。

 いずれも惨憺たる評判ではあるが、当然ながら、梓の耳に直接入ることなかった。それはそうだろう。完全なる陰口であるそれらが、堂々と本人の前で囁かれる訳がない。ましてや、梓は警視総監の身内であり、お気に入りだ。滅多な事を言えば、左遷されるのも目に見えている。そのため……梓を必要以上に刺激しまいと、周囲はただただ彼女のヒステリーを「またか」と受け流していただけ。注意することもなく、声を上げることもなく。自分にとばっちりがなければ、騒がせるだけ、騒がせておけばいいと……認識されているだけだった。


「そんな……! い、いくら何でも……あんまりだわ……!」


 しかし、汚名返上の気概を見せるどころか、被害者ぶって涙を浮かべるのが、梓の為人(ひととなり)である。そんな彼女の様子に……いくら()()()()()()()だからと言えども、呆れて物も言えぬと英臣は重々しげにため息をつく。

 梓を傷つける者を片っ端から地方へ飛ばすことも、英臣であれば可能だが。……そんな事をすれば、警察組織そのものが瓦解するだろうことは、エリートの警視総監には想像も容易い。それでなくとも、本庁勤めの警察官は優秀な人材が多いのだ。それを私情で飛ばしたのでは、職務に差し支える。


(だからこそ、梓の不出来が余計に目立つのだろうが……梓には、愚弟の素質はあまり引き継がれていなようだな……)


 出る杭は打たれると、よく言うが。短い杭は出てみたところで、周囲の杭に頭を並べることさえ、できない。

 そもそも、梓が本庁勤めになったのも、警視総監の人選のよるものだった。本来であれば、勤務成績優良と判断された警察官が本庁勤務となるのだが……勤務にキャリア・ノンキャリアは関係ないものの、梓の勤務成績・態度では間違いなく、本庁採用はないだろう。

 そう……梓には最初から、警察官としての才覚や直感が欠如しているのだ。あるのは個人的な直情と癇癪だけ。梓の母親(思い人)から相談を受けて、英臣もよし来たとばかりに彼女を重用してみたが……ここまで使えない人材だったとは、思いもしなかった。


「梓、とにかく……作戦の内容を話すぞ。いいか?」

「は、はい……そうですね。私が結川を捕まえれば、評価も上がりますものね」


 しかも、彼女には正義感というものもないらしい。演技だったのでは思える速さで、涙を引っ込めると……前のめりに英臣に話を促すのだから、思考回路は警察官のそれではなく、もはや一端の悪党だ。


「結川には逃亡手段と称して、マニラ行きの航空券を持たせてある」

「なるほど! であれば……空港を張ればいいのですね!」

「……そんな訳、あるか。こんな分かりやすい罠に引っかかる程、結川は間抜けではないだろう」

「えっ……」


 やはり、彼女はどこまでも浅はかだ。

 梓の直球な推察に、英臣はいよいよ目眩がするが……グッと堪えて、説明を続ける。どうにかして、彼女を思い通りに動かさなければ自身の地位も危ういのだから、英臣も必死だ。


「航空券は間違いなく、使われないだろうよ。奴の警戒心を引き出すために、いかにも怪しいパスポートも用意してやったし……」

「パスポートを用意……? でも、それって偽造ですよね……?」

「そうだな」

「そ、そうだなって……そんな事をして、大丈夫なのですか⁉︎」

「無論、()()()()()()()()()()、大丈夫ではないな」

「えっ?」

「なに……簡単なことだ。例の協力者がちょうど、組織犯罪対策部の人間だったからな。しっかりと、押収品(空のパスポート)も懐に収めていた」


 組織犯罪対策部は指定暴力団や麻薬の取り締まりはもちろんだが、海外の犯罪組織の取り締まりも職務であり、偽造パスポートを拝む機会も少なくない。褒められた話ではないが、偽造パスポートがどのようにして作成されるのかもそうだが……偽造を見破るための手練手管も、よく心得ている人物でもあろう。

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