クロユリのご主人様達は、追及する
「ま、待ってください。実は……今、裏口に荷物を積んでいまして。ですから、そちらにはお通しできないのです……」
「おや、そうなのですか?」
お通しできない理由は、荷物ではないだろう。そんな事を考えながらも、藤井の苦し紛れの言い訳に苦笑いしてしまう犬塚と真田。きっと、普段の彼女であればこんなにも墓穴を掘る言い訳なんぞ、しなかったろうに。裏口には余程、隠しておきたい何かがあるらしい。
「そ、そうなのです! それで、そちらの中身が企業秘密の化粧品なもので……できれば、部外者の方にはお見せしたくなくて……」
「左様でしたか。しかし……それはそれで、問題ですね」
「えっ?」
藤井の説明に、さも困ったぞと犬塚が眉根を下げる。しかしながら……当然のこと、これはあくまで困ったフリ。口実を稼ぐ絶好の材料提供に、犬塚は内心で感謝さえしていた。
「ご存知ないのですか? 裏口などの避難経路を塞ぐのは、消防法の勧告対象となります。もちろん、すぐには罰則は発生しませんが、警察と消防は火災事件発生時に連携することもあり、こうした防災の観点から問題がある場合は改善を促さなければならないのです。でしたらば尚のこと、状況を確認させていただかないと」
「……そ、そうでしたの……」
下手な嘘をつくから、付け込まれるのだろうに。犬塚の説明に、これ以上は言い逃れできないと思ったのだろう。しばらくハクハクと口を動かしていたかと思うと……藤井が観念したように、肩をガクリと落とした。
「誠に申し訳、ございません……荷物を積んでいるのは、嘘です……」
「でしょうな」
「……こんな事なら、面会をお断りすればよかったわ……。警察を甘く見たのは、失敗でしたわね」
してやったりと、真田がニコニコと微笑む一方で、こちらはこちらで力なく笑う藤井。そうして、ポツリポツリと犬塚達を裏口へ通さなかった理由を述べ始めた。
「……荷物は積んでいませんが、とあるものを預かってはいるのです。もしかしたら、お気づきかもしれませんが……」
「ここに結川が来ていた……で、間違いありませんか?」
「おっしゃる通りです。……そもそも、発端となった薬物も私が彼経由で入手していたものでしたし……」
藤井の自白に、犬塚は真田の発言の真意を再認識していた。
《無邪気なまでに元気でしたが……気のせいですかね?》
やはり……か。
犬塚は真田が祥子氏に関して、不自然な注釈を加えていたのを思い出し、薬物に手を出し始めたのはオーナーではないと、勘づいていた。それどころか……真田が対面した祥子は不自然な「ハイ状態」であったのだろう。その事から察するに、祥子は体調不良で店に顔を出していないのではなく、薬物依存で店に出られない状態になっていると考えられる。そして……。
(真田部長がUSBの中身が綺麗すぎると感じたのは、祥子氏自身の調査内容が消されていたからか……)
おそらくだが、修哉はターゲットでもある純二郎の情報がなかったことで、USBメモリの中身はそこまで注視しなかったのだろう。ただ、彼も「祥子はヤバい奴だった」とも証言している事から、裏事情は知っていた可能性はある。しかしながら、中に並ぶファイル名も日付順になっており、総数がナンバリングされていたわけでもない。祥子が実は薬物依存だったかもしれないという内容が抜けたところで、気づきもしなかった。
(レストランで押収したパソコンのOSはWindowsだった。であれば、MacOSのパソコンを使っていたのは、周藤兄妹でもない……。やはり、そうなると……)
USBメモリの「汚い部分」を消去したのは、結川の可能性が高いと言えるだろう。何せ、パンドラの箱から出されてから、警察以外でUSBメモリの中身を閲覧したのは結川一味だけだ。
しかも……問題の薬物が結川からもたらされていたのならば。例の歌舞伎町の事件との関連性も捨てきれない。
(結川は地東會の立て直しを計画している……。藤井と結川の関係性は分からないが、この様子からしても……)
彼らの繋がりは、それなりに長い付き合いだとするべきか。
「……オーナーに薬物の取り扱いを勧めたのは、私です。そして……オーナーも必死だったのでしょう。医療用だと注意書きがあれば、問題ないと……彼女もアッサリと計画に乗ってくれましたけれど」
藤井の話では、祥子は宗一郎が特殊な遺言書を作成していたことを、知っていたらしい。もちろん、従姉妹である祥子には最初から相続権はないのだから、無関係な話ではある。だが、彼女は莫大な遺産の相続条件をも知っていたのだ。……相続条件は、クロユリの後見人になること。そして、そのためには……。
「会長に認められるため、オーナーはエステティック・ショーコの立て直しに躍起になっていました。その上で、犬用エステ部門を興そうとしていまして」
「しかし、それでは本末転倒なのでは? 事業を興すには、それこそ資金が必要でしょうに。遺産を得るために、金をかけるなんて馬鹿げています」
「そうですわね。ですが、別に実際に稼働させずともいいのです。オーナーとしては、宗一郎さんに犬好きだとアピールできれば、よかったみたいですよ」
「あぁ、そういう事ですか……」
どこまでも馬鹿げていて、浅はかな話ではあるが。祥子は形だけのアピールをするために、初期投資資金を集めていたそうな。しかしながら、クロユリの後見人になればくっついてくるのは莫大な遺産だけではない。うまくやれば、東家グループ会長の座も十分に狙えるだろう。
万年赤字のお荷物部門……それが、エステティック・ショーコの評判であり、祥子自身の評価の全てだった。そんなエステ部門を立て直し、宗一郎の忘れ形見の後見人に収まってしまえば、全ての汚名を返上できるに違いない。祥子にとってクロユリの後見人になることは、最低を最高にし得る、秘策だったのだ。